信じられないでしょうけど、悪夢と大切を感じる朝です!
「クヒヒヒヒッ、なにもかも……てめえのせいなんだぜユベルよぉ! ……お前があの時、あんなことをやらなければ、こんなことにはならなかったかもしれないなぁ! くひひひひひひひひ!」
真っ黒の空間でジャックが吠える。
真っ黒の空間のはずなのに、視界はなぜか良好で、あたりの光景が鮮明に理解できる。
そんなジャックの足元には、ナイフの形をした影を全方位に突きつけられ身動きが取れないアオとミドリがいた。
俺は、俺の体は、まるで神経と切り離したかのように感覚がなく、動けない。
全身に影の拘束具が取り付けられているのか、身動き一つ取れないのだ。
「クヒヒっ、なぁ、ユベル……どうする? お前の大切な大切なスライムが、また、再び、もう一度、いや、もう二度、目の前で殺されちゃうぜぇ? クヒヒヒヒヒッ。……っでもそうだなぁ。この前はともかく。今回は事故でもなんでもないのに、ただ殺すんじゃあれだよな。そうだ、この前の代金に一匹はもらうけど、一匹は返してやるよ。なぁ」
ジャックは影を操作し俺の髪を掴みを持ち上げ、いつのまにか俺の目の前まで移動しその歪んだ笑みを俺に向け。
「どっちを選ぶ?」
ジャックはそんなことを言う。
アオか、ミドリを、選べだって?
そんなこと、できるわけないだろ。
二人とも俺の大切な仲間で、大切な家族なんだ。
どっちかを犠牲にしてどっちかを助けるなんて、そんなこと。
「…………ん? くひっ、どうした? ……早くしろよ、僕は、待たされるのは嫌いなんだ……あと3秒間答えなかったら、両方切る。はい、さーん」
そんなこと、俺にはできない。
だが、二人が死ぬところを黙って見ていろと言うのか?
なにもできずに、ただ倒れて。
あの時のように。
「うがあああああああ」
全身に力を込め、ありとあらゆるアビリティをコールする。
そんなことは許せない。許さない!
何故かアビリティの発動は一向に感じ取れないが、そんなこと知ったことか!
なにをしてでも、どんな手段をとってでも、こいつと刺し違えてでも、アオとミドリは殺させない!
動け! 動け! 動け! 動けええええええ!
「クヒヒヒヒヒヒヒヒッ! はい、にー、いーち…………時間切れ、つまんね……まーいーや……さっさと――――」
「悪いが、退場の時間だ」
「――――ッな!」
目の前のジャックが驚愕の声を上げる。
それもそのはずだろう。
聞き覚えのない声が聞こえたと思ったら、ジャックの腹から剣が伸びているのだ。
「なにがあ」
「主人殿に与えた痛みを受けろ外道。とはいえ気分の問題だがね」
「……ッ!」
驚くべきことに、その声は、背後からジャックを貫いた剣から発せられたものだった。
ジャックは声にならない悲鳴をあげたかと思うと、アオとミドリを加えた空間ごと、ガラスのように砕け散り消えて言った。
それに伴い、体の高速が解け自由に動けるようになる。
後に残ったのは、明るいのか暗いのかわからない、酷く曖昧な空間と、言葉を話す剣。
しかし、振り向いた時そこには剣がなく、見覚えのない少年があぐらをかいて頬杖をつきながら俺を見ていた。
「やぁ、主人殿。元気そうで何よりだ。元気そう? 元気そうだな、うん。さっきのは忘れた方がいい。ただの夢だ。この状況もな」
「夢? ……えっと、お前は……」
「まぁこんな夢を見るってこたぁ、俺のことを大切に思ってくれていた証拠だ。いや、嬉しいね。あ、そういえば新しい剣を作ったみたいじゃないか。一足早く、挨拶しに行ったぜ。ま。まだ魂があるだけの器で、眠ってたけどな。あいつは強くなるぜ。なんて言ったって俺が力を与えたからな」
その少年の声は、先ほどまで喋っていた剣と、同じ声だ。
そして、あの剣は。
「しかし、ちゃんと言うことは言っといたぜ。お前より先に作られた最高傑作は存在する、ってな。一番最初に作られたのは、この俺さ。それだけは譲れねぇ。眠っていたが、ちゃんと教育してやったぜ。俺の子供みてえなやつだしな」
は、はははっ、なにが子供だよ……お前、好きな女の子すらいなかったはずなのに……
「主人殿…………いや、なんでもない。そんなに汗流してどうした?」
「うるさい」
「主人殿が俺の主人で、本当に良かったと思うぜ。俺のガキはちょっと変なやつかも知れんが、嫌にならず相手したってくれ。ま、主人殿なら大丈夫か」
少年はカラカラと楽しそうに笑った後、持っていた徳利を取り出して、おちょこの中に何かを継いだ後地面に叩きつけた。
そして立ち上がり、踵を返して俺に背中を向けた。
「あ、おい」
「忘れ物は置いていく。せいぜい必要になったら、取りに来てくれ。俺はここまでだ。んじゃあな。主人殿」
俺は歩き去る少年に手を伸ばし、追いかけようとしたところでカツンとつま先に何かがぶつかりそこに視線を落とす。
そこには何かが注がれたおちょこがあり、気がついて前に向き直った時もうすでに少年の姿はどこにもなかった。
そして……
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「…………」
遮られ入室を制限された太陽の光が主張を強め、俺の目元を照らしていた。
眩しさに目を手で覆ってから、ため息のような深呼吸をする。
「なんつー夢を見てんだか……」
夢の中でまでジャックと顔を合わせた上に、二人の命を握られどちらを助けるか選択させられるなんて。
「……悪夢だ」
いや、悪夢だったのは途中までか。
途中から、少し、いい夢を見れた。
夢だとわかってる。妄想だ。空想だ。ありもしない姿を想像で作り出したに過ぎない。
そんな姿を作り出し、あまつさえあんなことを言わせるなど、自己弁護もいいとこだ。
俺は許されたがっているだけなのだから……自分を罰してもらい、許されたと思いたいだけ。
他力本願で、自分ではなにをすればいいのかわからないと言い訳をして逃げ続けて、ああ思ってほしい、ああ言って欲しいという願望の表れ。
それでも純粋に嬉しかった。
ただただ単純に、あいつと面と向かって話せたような気になれた。
それだけで、いい夢だと言える。
たとえ自分が嫌いだろうと、俺が作り出した幻想だろうと、嬉しいと感じたのだから、それでいい。
「現実主義者なのか、空想家なのか、どっちだっつーの」
いや、現実を理解した上で開き直っているだけなのだから余計にタチが悪いかもな。
失笑が漏れた。
俺と一緒にアオの中から吐き出された魔剣を鞘の上から撫でる。
お前には先輩がいるんだぞ。
べらぼうに慌ただしくて、落ち着きがなくて、人の言うことこれっぽっちも聞かなくて、興奮してよく俺の装備を焦がしたやんちゃ者で、そして、戦闘になれば戦陣へ我先にと飛び出して俺たちを引っ張ってくれた勇敢な先輩が。
ずっと前に爺さんと当時の俺が、二人で作った、俺達以外誰も知らない魔剣。
この世界にはない、『魔匠』の能力で作られた特殊な魔剣だ。
「さて……体力も戻ったし、ミルクルさんを探しにでも行くか」
剣にひとしきり語りかけてから、それを手に持ちベットから起き上がる。
その揺れに気づいたのか、パーカーの中から青色の塊と緑色の塊がウニョ〜と這い出てきた。
《おはよぉ》
《朝早いよぉ〜マスター》
「ははっ、気にせず寝ててもいいんだぞ? 何かあったら起こしてやるからさ」
《ぬぐぐぐ……マスターが甘やかしてくれるせいで、ダメになる……》
《みどりちゃん。起きなきゃダメだよ》
お、久しぶりにアオがなんかお姉さん風吹かせてるな。
実際お姉さんだけど、普段の立ち位置がしっかりした妹に至れるつくせりでぐでんぐでんの姉みたいな感じだからな。
ミドリって朝弱かったっけ?
なんかミドリの弱点がどんどん露見している気がする。
まぁ身体的なステータスに数値を振ってないからそうなっても自然なのか?
いや、これはミドリ個人の個性だと思う。
《ふわぁ……ねむ》
(しっかりしてる子の時折見せるギャップっていいよね。……もやしっ子…………いや。属性風に……もやしっ娘、か。なんということだ! 俺は今新たな属性を作り上げてしまった! 病弱っ娘の派生版みたいだな)
《……マスター?》
うーん。これ本人に言ったら怒られそうだから黙っとこ。
「ミルクルさん帰ってこなかったみたいだ。宿にでも泊まったのか。アオ、なんか聞いてる?」
《んーん》
「そっか。全く、単独行動にはホウレンソウが常識だろうに。それにしてもアオ。ミドリも。二人ともそんなに分体作れるわけじゃないのに、昨日の剣もそうだけど、本当に良かったのか?」
分体一体を作り出すのに、スライムは自分のステータスを分体に分け与える。
今ミルクルさんにつけている分体にはレベル30ぐらいだから、今のアオはレベル30を引かれた状態のステータスとなっているし、分体を戻せばステータスが帰ってくるにしても、昨日のは……
《いいよ。ますたーのお願いだもん。アオにできることならなんでもする》
《そーそ。代わりにボク達のお願いを聞いてくれればそれでおあいこだし、気にしなくていいよ。家族なんだから。でしょ?》
一切の躊躇なく二人は即答した。
こんな俺には勿体なさすぎるいい子達だ。
涙が出てくる。
「ありがとうな。二人とも。家族なんだから、二人もなんでも言ってくれよな」
《……本当になんでもしそうなところがちょっと怖いよね。変なこと言えない》
《まぁまぁアオちゃん。なんでもって言ってるんだから、お言葉に甘えようじゃないの。うーん、そだなぁ》
どんな難易度のお願いだって今の俺ならできる!
今、なにが相手でも負ける気がしない。
《じゃあ、二度とボク達以外の女の子をナンパしない》
前言撤回。
ミドリには勝てる気がしなくなってきた。
「み、ミドリさん? あの……」
《ますたー!》
「どした?」
ミドリの恐ろしい一言にどう返せばいいのか悩んでいたらアオが唐突に叫んだ。
《大変! 消えちゃった!》
「消えた? なにが?」
《ミルクちゃんにつけといたアオの分体が、たった今消えちゃったの!》
その言葉にゾッと背筋が凍った。
ミルクルさんにつけておいたブルーベイビーが消えたということは、何者かと戦闘をしている可能性が高い。
しかも、単体とは言えそれなりに強いブルーベイビーを消す相手だ。
ミルクルさんに限ってとは思うが、分体がなくなったことから、誰かを気にかける余裕はないということだろう。
「アオ! 分体が消えた場所に案内してくれ!」
《えっと、えっと、場所が》
《『実験室』国内の全地点を荒く区分けした地図のコピーを送るよアオちゃん。簡単な目印なんかもあるけど、どう、説明できる? キツかったらもう少し範囲を狭めて細かくするけど》
《ううん。ありがとうみどりちゃん。これで大丈夫》
流石、頼りになるうちのスライムちゃん達だよ。
「よし、アオ。道案内を頼む。ミドリは予めゴールドを振り込んどくからいつでも動けるように補助する準備を」
《うん》
《了解》
「よし、行くぞ!」
二人を抱え上げ、AGIフルブーストダッシュで小屋を飛び出し、即座に『ジャンプ』を全力で使用し森をかなりの速度で抜けて行く。
『通信』『念話』の思念伝達で効率よく移動しながらも情報はしっかり頭に入ってくる。
少しでも気を抜けば、膝が折れそうなほど足が悲鳴を上げている。
それもそのはずだろう。
昨日、初めて立ち上がることすらできないような経験をしたのだ。
いくら『回復』のおかげで少しは歩けるようになったとは言え、こんな動きは1日も経たずにすんもんじゃない。
「……けど、んな甘えたことは言ってらんないよなぁ」
ガクガク震える足を叱責して、再び地面を蹴り上げた。
ミルクルさんになにかあったのだとしたら、行かないわけにはいかないだろ!
やれやれ、トラブルを持ってこないと気が済まないのかね、あの人は。




