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信じられないでしょうけど、精根尽き果てましたの巻です!

作業開始から二時間。

専用の炉で熱した素材『引き継ぎ玉』を打つ音を、次々と伝っては落ちる汗の音とともに聞いていた。


部屋の中の温度は未だ上昇する一方で汗が止まらない。

サウナなどと形容できる温度は30分経過のあたりでとうに超え去った。

拭っても拭っても止まることを知らず、逆に拭うことで発生する摩擦熱にすら神経を持っていかれるためもはや垂れ流し状態だ。


数秒刻みで軽快な槌を打つ音が響き続けている中。


俺は何もせずただ椅子に座ったまま、ただただ作業を眺め暑さに耐えているだけだった。


それというのも、二時間が経過したにかかわらず、作業は一番初めの素材を剣にするためにインゴット化させるとこまでしか進んでいないからだ。


(ハァ……ハァ……陽炎で視界が歪むな、クソ……砂漠でわかっていたことだが、俺のDEFも寒さと暑さはどうしようもないからな。……水分補給はこまめに取って意識を鮮明に保たねえと、気抜いたらすぐに意識を持っていかれる)


頭に巻いたタオルを絞り、再び頭に巻きつけて少量ずつ水分を補給する。

スライムちゃん二人はミドリ特製の耐熱(クール)ポーションを服用しているため、暑さは大丈夫のようだ。


俺も飲もうかと思ったが、だれでも無い依頼主の俺が、その依頼を受け持った人間の前で自分だけ楽をしようなどと、そんな恥知らずなことはできないと考え直して今に至る。

要するに意地張った。

ただのかっこつけとも言う。


「…………小童……辛いか? 部屋から出るか? 出るなら、完成したら呼んでやる。どうする」

「冗談」


荒くなる呼吸を全力で抑えながら即答する。

頭に巻いたタオルでも吸いきれない汗を垂らしながら、それでも爺さんはニヤリと笑った。

そうだ。熱くなれ。

どうだ。一つのことに夢中に(あつく)なっていることは、こんなにも楽しいだろう!


「ケッ。若造がぁ……やせ我慢しよって」

「ハッ。若さは一種のステータス。若者の体力舐めんな。そっちこそ、もう若くねえんだから、ちゃんと水分取れよ? 暑さで倒れられたら困るぜ爺さん」


吐き捨てるように嫌味を言われたので、鼻で笑い返して言い返してやる。

ここまで場所自体を熱くするにも理由はあるらしい。

なんでも、熱して打つと言う作業の中に、辺りとの冷めた温度差があると微細ながらも剣の完成に誤差が出てくるらしい。


前EGO時代にこの爺さんに言われたことなので、この人の感情論という可能性もなきにしもあらずだが、俺に鍛冶の知識などないし、それで爺さんが魔剣を作り出しているのだから正しいのだろう。


「言いよるわ。……良かろう。もしワシの甘言に乗りここから出て行くような根性無しにはそれ相応の剣を打ってやろうと思うとったが……気が変わったぁ!」


爺さんが今までで一番でかい声を上げ、ガツンッ! と内臓に響く一発を打ち込んだ。

熱されたため赤く、所々黄色にぼんやりと光っているようにも見える水晶玉がグニャリと変形し、縦長の延べ棒のような形をしたインゴットに変化した。


爺さんは一度槌をハーディーログにひっかけ、俺が熱中症対策として渡しといた水をガブガブと豪快にあおり、一瞬で三分の二を飲み干したかと思うと残りを頭と腕にぶっかけた。


「ワシぁ口だけのガキが何より嫌いでの。試させてもらったがその覚悟しかと受け取った。ワシの現役最後となる本気で打つ剣となるやもしれぬなぁ。ここまでワシに言わせたのじゃ、今から逃げたいなどと抜かしてももう遅い。食事、睡眠、休憩などという甘ったれた考えは今すぐ捨てろ。この剣に魂を、全てを捧げろ。この剣ができるまで、生きた心地がすると思うな!」

「くどいぜ爺さん! 死ぬ気上等。それぐらいしてもらわねえとこっちが困る」


『ただの魔剣』なんざ『ひのきのぼう』レベルで求めちゃいないんだよ!

あんたに頼んでんのは、あんたの出来うる『最高の魔剣』だ!


「減らず口が達者な童よ。この『引き継ぎ玉(そざい)』に加え、見たことも聞いたこともないアイテムの数々。ここまで大きな仕事は初めてだ。どうなるかはワシ自身にもわからん。特に、なんだコレは。《King of sweet》だと? 『王菓子』なんざ聞いたことがないが、一体どこの世界に、菓子物を鍛治の素材に選ぶ奴がいるってんだ」

「ここにいるだろうが。ソレは俺が持つアイテムの中で最上位の魔王の力が宿ったアイテムだ」


それ以外にも、キャンディーちゃんが作ったダンジョンの壁や地面になっていたお菓子や。お菓子の兵隊達のドロップアイテム『ポップライフル』『マーブルソード』『軍服グミ』『イタチョコシールド』等々。

アオが捕食したまま消化せずにとっておいてくれたアイテム達がごまんとある。

これらは全て、『お菓子の魔王』であるキャンディーちゃんの作った、いわば『魔王(キャンディーちゃん)の分身』だ。


素材には親和性はもちろん、『引き継ぎ玉』に負けずとも劣らない魔剣の適正もある。

まぁ、やりにくいって言うならお菓子系統はハブいてもいいよ。


他にもオークションでゲットした《Silver cat of lifeblood》『銀猫の生き血』。

エンジン国ダンジョン『迷い精霊の巣』にて手に入れたドロップアイテムの数々。

魔剣のベースにもできる立派なアイテム達だ。


「必要だと思った奴を使ってくれりゃあいい。こんなアイテムが必要とかがあったら聞くけど?」

「…………それはお主次第じゃ」


そう言って再び槌を持ち、炉に放り込まれ熱された『引き継ぎ玉のインゴット』を叩き始めた。

俺次第? その言葉に疑問を持つ。

ゲーム時代だと、色々とアイテムを要求して、それを渡し剣を打ってもらう流れなんだが……


(ゲームと違う分岐ルートか…………腕がなる)


どうやらここからはカンニング不可能の未知の領域らしい。

いいだろう……EGOプレイヤーにとってこの瞬間こそプレイヤー魂の一番の見せ場。

未知の領域へのチャレンジと、妥協一つ許されない完璧なエンド。


あの時とは違う目的の為に……掴み取ってやる。


「童」

「なんだ」


インゴットを叩きながらされる呼びかけに応えた。

一分一秒を無駄にしない、その無駄が全て剣に現れる。

かつての経験をもとに俺は脳みそを回す。


「この剣は、まだ何も持っていない。命が灯っていない、ただの鈍じゃ。ワシが剣の本質(そこ)に穴を作る。その穴に、魂を吹き込むのはお主じゃ。望みを言い、目的を与え、命を創る。お主にとってこの剣はなんじゃ。なにをなし、なにとなる。お主は剣に、なにを求める」

「守る力。負けない力。最強なんかじゃなくていい。持ち主を何よりも思い、なによりも持ち主の友であり、持ち主を置いて死ぬことなく、持ち主とともに成長し、持ち主とともに生き、持ち主とともに死ぬような。何よりも持ち主を、『守る剣』」

「…………ならば必要なのは、コイツ、コイツ、そして……コイツじゃ」


爺さんは三つのアイテム。

食した者の寿命を延ばす、キャンディーちゃんがウィーアードの為に編み出し、作り出したお菓子『王菓子』。

ありとあらゆる難病を直すと言われる、それそのものが生命を持った血液『銀猫の生き血』。

そして、もう一つ。爺さんが指定した、俺が真っ先に素材として出して爺さんの目を丸くさせた『素材』を持って。


獰猛に笑い、槌を振り上げた。


--- --- --- ---


「ハァ…………ハァ…………」

「ヒューッ……ヒューッ……」


槌の音が止んだ時。

爺さんは全身から汗を流し、肩で息をし。

俺はその場で座ることすらできずに地面に倒れた。


「ハァ…………か、……完成じゃ……ワシの打った剣の中で、まごうことなき、最高傑作じゃ」


爺さんは槌を置き、全身で息をしながら、そう言い切った。

その言葉がなにより待ち遠しかった。

そうか……完成(でき)たのか。よかった。


「ハァ……この程度で、へばるとは……若者の体力というやつも、聞いて呆れる……」

「ヒューッ。ヒューッ」


言い返すだけの体力がないどころの話ではない。

喉が焼けたのか、全身がふわふわとした感覚に包まれ、なり続ける心音と自由にできない呼吸でグラグラ揺れる。


それでも


「……う……せ……爺さ……の……体力が、お……かしぃ……だけ……だ」


ガラガラで音量もごく僅か。

そんな言葉でも、言い返してやらなければ気が済まなかった。

何時間が経過したかわからないが、完成まで死ぬ気で食らいついたのだ。

最後の最後で、情けないところは見せたくなかった。


「……童、名は」


しかし、限界だ。

今のが正真正銘、俺の体に残っていた最後の力。

絞りに絞って、絞り出した、最後の一滴。

もう出せるものはないほど出し切ったのだ。

なので、もうこれで勘弁してほしい。


《あー、あー「ユベル。名前はユベルだ。おっと、剣に名前は刻むなよ? それは俺の剣じゃない。俺が剣に求めたことは、そうじゃないからな」だって》


ミドリに頼んで、代わりに伝えてもらった。

アオはあまり他の人と念話をするのは好きじゃないからな。


「んなことはわかっている。……正直、最初は気に食わんかったが……その為にアレだけできるのじゃ……ちと癪じゃが、許してやる」

《「恩にきる。剣をどうするか考えた時に、あんたしか思いつかなかったんだ」》


隠すつもりもなかったが、そっか、バレてたのか。

それでも認めて打ってくれたのだろう。ありがたい。


そう。ガイアで俺がどうしても果たしたかった目的はこれだ。

この国に来たら、この爺さんに剣を打ってもらおうと、ずっと考えていた。

飯屋でミルクルさんとあることに気づきすぐに行動に移そうと思ったが、その前にやりたいことがあるとミルクルさんに無理を言って時間をもらったのだ。


「……お主の要望は全て聞き入れたつもりじゃ……あとは、使い手次第じゃな」

《「…………剣の名前は」》

「……そうじゃのう……魔剣…………いや、この剣はまだ『生きとらん』。持ち主に出会い初めて息を始める。まだ生まれておらぬのに、名前をつけるのは気がひけるでな。…………剣にとって生き方を決める大切な物だ。誰でもない、共に生きる主人に、名前をつけてもらうがいいさ」


生きてない。納得だ。

どうりでさっきから『鑑定』しても鑑定結果が出ないわけだな。

どんな名前がつくのか、今から楽しみだ。


その剣を同時作業で作った専用の鞘に収め、アオが受け取り『胃袋』に収納した。


「…………ふぅ。アレだけこき使って、意識を保ってることは評価してやる…………ワシの腕を継いでみんか?」

《「嬉しいお誘い痛み入るが、断らせてもらうよ。俺は一つの国にとどまるつもりはない」》


爺さんの剣を継ぐ、か。

このイベントは、『俺が発見』し、初めてイベントクリアしたのが『俺』という、なかなかに思い出深いもので。

なにより、この爺さんには感謝しても仕切れない、恩があるのだ。

勿論、そのことを爺さんは知らないし、知る必要もないが。


それでも、そう思ってもらえたのなら、少しは恩が返せただろうか。


断らなければ、もっと恩が返せたかもしれないがな。

すまん。やらなきゃいけないことが多すぎるし、今は連れもいるんだ。


「……そうか……ならば近いうちにまた来い…………その時は、主の得物ぐらい打ってやる」

《「本当か? ありがたい。なら、三日後くらいでどうだ。それくらいじゃないと、とてもじゃないがついていけない」》

「三日後か……人生最高傑作を打ち終わった後に、その話を持ってくるとは。お主さては、人のことを考えておらんな? 少しは老骨を労らんか」

「……はは」

《「おぉ、確かに老人だもんなぁ。こりゃ悪かった。ははっ、あんたが労わるべき老人だって? 冗談はよしてくれよ。ついにボケたか?」》


年相応とは言え似合わねえぞ爺さん。

おっとミドリ、睨まないの。

俺と爺さんはこれぐらいの軽口が言い合える仲でいいんだよ。

今日初対面とは言え、そういう人だからな。


「……ふ、フハハハ。口の悪い上に礼儀知らずときたか。小童め」

《「あぁ、あと爺さん。一ついいか?」》

「……言うてみい」

《「休業するつもりだと思うから言うけどな。店はアオとミドリの分体お置いてくから、なにも心配しなくていいぞ。俺の依頼のためにHPがえらいことになってるからな。それくらいはさせてくれ。回復薬もいっしょに置いていくから飲んでくれな」》


アオに念話を送り収納して置いた回復薬を10本ほど取り出して地面に並べていく。

ついでに、ミルクルさんにつけてあるブルーベイビーを通して、ミルクルさんに先に帰ることを伝えた。


さて、そろそろお暇するかね。


《「ちゃんと休んでくれよな。三日後といったが、別に……」》

「三日もありゃあ十分じゃ! 減らず口叩く暇があったらさっさと帰れ! 休ませろ!」

《「はははっ、悪かったな。んじゃ、また来るよ、爺さん」》


それを言い残しミドリが俺のパーカーの中へと滑り込み、アオが大口を開けて俺を加える。

生き物は『胃袋』に収納できないため、俺をくわえたままモゴモゴとした状態だが。

それでもピクリとも動けない俺を運ぶのはこれが一番効率がいい。

今やアオのAGIは俺の速度ドーピングした状態に近い数字を叩き出しているからな。

本気で走ればものの数分で例の木の小屋に着くことだろう。


なんのデメリットもない。

せいぜい、息苦しいのとアオの唾液まみれ状態と青色に支配される視界状況とアオ一人だけを走らせるという罪悪感に耐えなければならないぐらいだ。


つまり、俺一人試練を乗り越えればいいだけだ。


(ふっ……スライムちゃんのことを心から愛している俺にとって、もはやこの空間はご褒美とも言える。なぁに、大したことはない。素数を数えている間に終わるさ)


その後、何事もなく俺たちは小屋に着き、俺は無事アオの中から吐き出された。

そう、何事もなかった。何事もなかったのだ。

それでいい。


一度誤ってアオに飲み込まれかけ本気で死を覚悟したのは、一生の秘密とし墓場まで持っていくと心に決めた。


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