信じられないでしょうけど、助けられたんです!
死ぬ思いで口にした白いナニカを、器一杯分腹に収めるのに実に数十分の時間がかかった。
一口それを含んだ瞬間から舌が痺れてくれたことに涙を流したいほど感謝したい。
舌だけではなく口の中全体がビリビリ軽いアレルギー反応みたいなことになったが、今生きていられるのは間違いなくそのおかげだろう。
ミルクルさんの料理は思っていた以上に食べ物ではなかった。
食べ物ではないかなり粗悪ななにかを食べるという覚悟を、まるで嘲笑うかのような圧倒的暴力。
口に含むたびに咀嚼したくないと脳が叫ぶのだ。
何度吐き戻しそうになったかわからない。
少なくとも4回ほど、意識は飛んだ。
「…………ご、ごちそう……さま、でした……ッ!」
「お粗末様でした!」
口元を押さえ胃の中で渦巻く宇宙を必死で静める。
とてもいい笑顔でミルクルさんが笑いかけてくるが、その整った顔立ちの満面の笑顔に、今は殺意しかわかない。
一体なにしくさってくれてんだこのクソアマは……
そうだ……学園生活で忘れかけてたが……この女は基本、地雷だった……
《……た、食べきっ、た……》
《マスター……ど、どうしようアオちゃん。感動しちゃってるボクがいる》
そしてアオとミドリの戦慄したかのような呟きが脳の中に入ってくる。
そうなのだ。
ミルクルさんの料理は俺に出される器一杯分しか用意されていなかったのだ。
いや、正確に言えば、用意されていたものを慣れきった様子でアオが『胃袋』に収納し、ミルクルさんは元々食べる気がなかったらしく、残ったものが俺が食す分だけであったというわけだ。
このスライム二人。
自分たちはサラリと危機を回避し、俺の反応を若干楽しんでいるようだった。
つまり、ミルクルさんの宇宙的料理センスのことを知ってやがった。
その上で助けてくれなかったのだ。
そこに二人からの怒りを感じた。
ちょっと泣きそうである。
「水、ください……」
「はいどうぞ」
手を伸ばして水を求める。
気にしないようにしているが、ちょっと舌の感覚が戻ってきたのか、にゅるっとした食感が――――
「――――ウプ」
だめだよせ俺!
気をそらすんだ!
なぜ自ら傷口に塩を塗るようなことを。
は、早く水を!
そう思って涙目になりながらミルクルさんを見るが……
「な、なんか顔色悪いし、えっと……その、ほら、は、早く口を開けなさいよ。べ、別に、水くらい自分で飲めるっていうなら構わないけど? まだ、体調戻ってないみたいだし? 今だけは特別っていうか、なんていうか、だから、飲ませて、あげる、わよ」
みずぅーーーーーーーーーーーーーー!
なんでもいいから早く水をッ!
こちとらあんたの一秒のクールタイムすら無い無限に等しいアーン地獄をようやく終えた身なんだよッ!?
水のあーんとかわけわからんからその水の入ったコップを大人しくこちらに寄越せ!
ちょっとでも動いたらリバースしそうなせいで激しい動きができないんだ、早く!
真っ青になり、今にもぽろりと涙が溢れるんじゃ無いかと思えるほどに涙目になりながら、小さな身じろぎしかしない俺を見て、ミルクルさんはなにを思ったか。
一気に真っ赤になり、俺から目をそらし、コップを凝視し始める。
約数センチ。
水が遠くなっただけでこれほどの絶望を覚えたことが未だかつてあっただろうか。
あっ…………も、…………む……り――――
《ま、ますたー!》
それはダメだと言わんばかりにアオが俺の顔に飛びついて来た。
そして何事か考える前に『胃袋』から水をジャーと出し始める。
それを理解した瞬間、アオを抱え上げ一心不乱にアオに貪りつく。
《んむっ!》
アオの驚愕の声が聞こえてきたが、今は気にならない。
俺はしばらく、夢中になってアオの水を貪っていた。
--- --- --- ---
「変態」
「あんたにだけは言われたく無い!」
俺が落ち着きアオを解放してから、数分が立ちミルクルさんが俺を罵倒してきた。
とうのアオは、隅っこで丸くなりじっとしている。
「ふん! ユベルちゃんのバカ」
「なんでミルクルさんにそこまで言われにゃあかんのだ……あー、アオ〜、ご、ごめんな〜」
《だ、だだだだだだいじょぶ! だいじょぶだから! ミドリちゃんとミルクちゃんとお話ししてて! アオ、今、いそがしい!》
「お、おう。そっか」
まぁ、栄養補給(あれだけは食事とは絶対に呼ばん)も終わったし、聞きたいことも多いから、好都合、なのかな?
「そうだな。まず始めに此処はどことか聞いてみるか……あ、いや。まずはミルクルさん。料理のこと知ってたってことは、俺が寝てた時に小屋に入ってきた二人のうち一人はあんただろう? もう一人のあの子は誰だ?」
これは聞いておきたい。
「ふぅん。わっかんないんだぁ」
しかしミルクルさんは意味ありげな笑みを浮かべるだけだった。
「なんだよ」
「んーん。でもぉ、私が教えちゃうのはその子に可哀想だから、教えてあげな〜い」
「なっ!」
なんでだよ!
なにか隠す意味があるのかもしれないが、ミルクルさんの態度が変に嫌みったらしいので何故か妙に引っかかる。
「はい。もうこの話題はいいでしょ。私は教える気は無い。教えなくてもユベルちゃんや私に何ら危害はない。教えてあげる理由がないわね。で、此処がどこかって質問だけど」
露骨に話をそらしに来たな。
先程俺がやられたように、ミルクルさんの視線や息遣いにそれとなく気を配ってみるが、特に違和感がないというか、違和感がなさすぎて違和感がすごいというか、わかるのに、理解すればするほどわからなくなるような。
……ちっ、『幻覚』の効果か……面倒臭いな。
とはいえここで不用意に『看破』を使用すれば、いつかの更衣室事件と同じことになる。
服のサイズが云々と、またややこしいことになるだろう。
ゴタゴタのせいでなんだかんだと時間を奪われているからな。
今は少しでも時間が惜しい。
そんなことをしている暇はないのだ。
「あぁ」
だからここはあえて、ミルクルさんの話題転換に乗ってやる。
それを察したのか、ミルクルさんは嬉しそうにいやらしい笑みを浮かべ、コクリとうなづいてから話を進めた。
「ここは、ゲームの時にまだアップデートされてなかった未開拓地域って言っていいのかな? そんなとこだから、詳しいことは私にもよくわかってない。外は山のど真ん中だよ。この小屋が何の目的で建てられたものかは知らないけど、大きな山のど真ん中の一部を整備してそこに建てられてる。この山を降りた先にある街で話を聞いた限りだと、武器王国『ガイア』、私たちプレイヤーからは『鍛冶都市』って呼ばれてた国の近くの山っぽいわね。隣の山がゲームでもダンジョンになってた鉱山だと思う」
「…………はぁ?」
ま、待ってくれ。
言ってる意味がわからない。
ここが、鍛冶都市『ガイア』の、近く?
お、おいおい。冗談はよしてくれ。
王都からどれだけ離れてると思ってるんだよ。
まさか、そんな
「ま、マジで?」
「マジマジ」
「う、嘘だろ? 王都からどうやってこんなところまで……」
まさか、ぶっ倒れている俺を運んでこんなところまで?
いや、そもそも何でこんなところにまで来る必要があったんだ?
ジャックの奴が何かしたのか?
ここまで避難しなければいけなくなるほどの、なにかを。
「覚えてないのね。ウィーアードさんよ。ユベルちゃんを私たちごとここまで飛ばしたのは」
「ウィーアード? あいつ、転移系の、能力を持ってたのか?」
『検索』した結果には、それらしきものはなかったはずだが。
検索を妨害して見られなかったアビリティか。
「本人は、『逃神ノ闇』の力とキャンディーちゃんの『お菓子の魔王』の力を混ぜたオリジナルアビリティだって言ってたよ。創作アビリティ『運命は帰還する』。任意の対象を自分の指定した場所へと転移させるアビリティ、だと思う。ユベルちゃんがあのクズにやられた後、すぐに私とウィーアードさんが駆けつけて。ユベルちゃんを逃がそうって私が言ったら、アビリティを発動して灰色の膜みたいなもので私たちを包んで、次に膜がはれたときには、もうこの小屋にいたわ」
あ、あいつ。
まさか、自分を囮にして俺たちを逃したってのか!?
友達の行動を知り少し胸が熱くなったが、次の瞬間には冷水を被ったかのように熱が冷めていく。
ジャックはかなり強くなっていた。
ウィーアードが逃げることに徹すれば余裕だろうが、あの場所はあいつが管理する学園だ。
あいつに性格から考えると、生徒たちへと危険が降りかかろうとしている状況で、それを見捨てて逃げるようなことはできない。
あいつはただでさえ呪いで戦うことに制限がかかっているのに。
相手はよりにもよってあの人間殺し。
最悪のシーンが一瞬脳裏をよぎり背筋が凍った。
「そ、その後どうしたんだ? 王都ではなにがあったんだ? ウィーアードはどうなったんだ? 無事、だよな? 無事なんだよな? なぁ!」
衝動的にベッドの脇の椅子に座るミルクルさんは肩を掴んで、思った以上に低い声が出た。
そんな俺の言葉を、まるで否定するかのようにミルクルさんは苦々しい顔をして目をそらす。
その姿を目にして、フッと全身から力が抜けた。
俺は、俺の、せいで、ウィーアードが、そんな、俺が、失敗したから、俺の、せいで
「ウィーアードさんが今どうなっているのか。わからないわ。王都は三日前ぐらいから国への出入りがすごく厳しくなって。かなり厳重に警備されてろくに国に入れないどころか、国の中から人も出なくなって情報も完全に遮断されてるの」
ウィーアードの状況がわからない、というところでなんとか気を持ち直す。
悪い方向へと思考が向きそうになるが、そのたびに頭を横に降る。
というか、入国が難しいって、なんだよそれ。
情報も入らず、直接確かめに行こうにも入国できないんじゃ話にならん。
いや、でも行くべきだ。
今すぐ王都に戻ろう。
ウィーアードの、友達の命が危ないかもしれないんだ。
入国が厳しかろうがなんだろうが行かなきゃ始まらないってもんだ。
例え国と揉めてでも、俺はウィーアードの安否を確かめに行く。
「あー、ユベルちゃん? 決意してるとこ悪いんだけど」
「え?」
「ウィーアードさんなら大丈夫。ちゃんと生きてるよ。それに、命の危機的なこともなさそうだね」
ミルクルさんが笑顔でそんなことを言うのでぽかんとしてしまう。
え、いやだって、さっき情報は入らないって……
「情報はないんだけど、ウィーアードさんが転移の膜の中にコレを入れててくれたの」
そして差し出されたものは、水色にすんだ栞のようなものだった。
「ッ! これは!」
「そ。ユベルちゃん自作のウィーアードさんの簡易『カード』。流石ユベルちゃん。ウィーアードさんにも持たせてたんだね」
因みに前言ったことがあるかもしれないが、『カード』とは『検索球』と同じように、自分のステータスを確認するための魔法道具のことだ。
俺は『合成』の力を使って、その性能に似せたものを作ることが出来る。
とはいえ表示できるのはたった一つ、それも数値化できない『HP』だけの、紛い物だけどな。
一度使用者と認識した存在の体調を、数値ではなく色で判断できるのだ。
万全なら『青色』、やや元気なら『水色』、軽い異常なら『黄色』、危険だと『桃色』、命に関わる危険だと『赤色』だ。
その中で、ウィーアードに渡したこのカードの色が、『水色』と言うことは。
「ウィーアードさんは、今も元気に生きてる」
その言葉に、今度こそいい意味で全身から力が抜けた。




