信じられないでしょうけど、ふーんって感じです!
「わ、わからん? 誰だっけ、だと……?」
いや、メリダスさんよ。
そんな信じられない! って顔されましても困るんだがよ。
「いや、待て、確かにど〜っかで聞いた覚えがあるんだけど、どんな奴だ? 印象が薄くて。そんなに関わり合いがあった気がしないんだが。俺の卑怯な手にかかかったやつなんて……」
まぁ、結構いるな。
主にデキウスで。
人差し指を額に当ててウームと考えるポーズを取ってみるが一向に思い出せん。
あ、喉元まで来てる。
あともう少しで思い出せるんだけどなぁ〜。
ほんとほんと。
ゼフォンス、ゼフォンス、誰だっけ……
(あ、アオ。覚えてるか?)
《しらなーい》
(バッサリ行ったなー。とはいえ俺も同じようなものだから強くは言えぬ……)
ダメ元で聞いてみたが、やはりわからないらしい。
かなり陰が薄いんだなゼフォンスってやつ。
てゆうかアオさん。なんか怒ってる?
《怒ってないもーん。アオは大人の女性なので》
真の大人の女性は自分のことを大人の女性とは言わない。
一歳でこんなにも可愛らしい大人がいてたまるかという話である。
《むー》
「いててて。悪かった悪かった。もちろんアオも大好きだから機嫌なおしてくれ」
《べ、別に強制したわけじゃない、けど》
「おー、愛い奴め愛い奴め。うりうり」
アオをパーカーの中から引っ張り出して肩に乗せ、撫でながらメリダスの方へと向き直り真面目な顔へと戻す。
「少なくとも俺の記憶にはない」
「ふざけるなッ!」
「ふざけているわけじゃないさ。少なくとも、俺がお前の兄を卑劣な行為で乏しめだのだとして、その男の名をわざわざ聞いたりするか? そんなことは御構い無しにトンズラするか、それこそ完膚なきまでに叩き潰すか。そのどれにしたって、名前を聞いて覚えておくなんて普通ありえないだろ?」
聞き覚えがある気がしないでもないが、パッと思い出せない時点でその程度だったってことだ。
それに、もし俺が本気で嫌がらせをしたのだとしたら、名前なんて聞かないよ?
二度と関わり合いになりたくないと思わせるまで粘着するからな。
こっちに来てからはした覚えもないが。
「なっ……ほ、本当に、貴様じゃないのか?」
「確証がないんかい……ちなみになんでそれが俺だと思ったの?」
あまりに酷い決めつけの根拠はなんだ。
事と次第によっちゃあ記憶改変とか意識操作あたりを疑いたくなる事案だ。
「あ、兄者が言っていたのだ……エンジン国の宿で、ちょうど貴様の来てるような不気味な服を着た少年に倒されたと。その少年は悪魔のごとき凶悪な外見と姿をしており、ベヒモスの一撃を生身で受け止め、ベヒモスほどの巨体を投げ飛ばすほどの怪力を持ち。ベヒモスを一瞬のうちに葬った化け物のような青色のスライムを連れていた、と。勿論……誰も兄者の言っていることを信じようとはしなかった。ベヒモスを殴り飛ばす少年もさることながら、言うに事欠いてスライムとは、自分の失態を隠そうとするのはいいが言い訳が酷い、とな」
「あー、ストップ。前言撤回。それ俺だ」
ゼフォンスってあいつかぁ!
思い出したわ。そうだそうだ。そう名乗ってた。
うわ懐かし! アレだよな、アリスにいちゃもんつけてうるさかったから俺がぶっ飛ばした奴。
いや、忘れててもおかしくなくね? 別に俺の暗記力がおかしいわけじゃないよ、な?
だってあの状況で名前呼ばれても頭に入ってこねーし、唯一の印象であるベヒモスもアオに簡単にボコされたから印象薄い。
「やはり貴様かッ! おのれ兄者の仇!」
メリダスが腰に携えていた剣を抜き、俺に斬りかかってきたのだが。
《マスターに近づくな。『実験室』支配者権限、第一工程『実験体』》
「なんだこれは! 離せ! 離せぇえ! 許さんッ! 許さんぞぉッ!」
「おいおい。待て待て、取り敢えず落ち着け」
ミドリがアビリティを行使してメリダスの一切の動きを封じる。
これがミドリの結界のルールか。えげつないな……
「そのゼフォンスだが、殺しちゃいないぞ? 仇ってなんだよ。しかも、思い出したけど俺このことに関しては非はないと思うんだが。流石にいい年したおっさんが幼女相手にに怒鳴り散らしてたら止めたくもなるだろう」
アオのことが理由だなんて言えないな。まぁいっか。
結果良ければ全て良しだ。うん、ちょっと違う気がするけど、そんなことは知らん。
「貴様のせいで兄者は、兄者は……テイマーを辞めたのだぞ!」
「だから、そんなこと知らんて。悪いことをして怒られて勝手に凹んで仕事辞めるなんて全部自業自得だ」
「何が悪いことだ! 兄者の侮辱は俺が許さんッ!」
「いや、まだ年端もいかない女の子を相手に発情した上に(アリスのお父様に話は聞いた)、言いがかりで怒鳴り散らして周りの人にも迷惑をかけて、しまいにゃ逆ギレして器物破損のオンパレード。犯罪行為そのものだと思うんですけど」
うん。こう考えるとあのおっさんクズだなー。
二次元ならロリも悪くないが、現実でそれをやっちゃ〜あかんでしょ〜よ。
お巡りさん、こいつです。
しかしメリダスは、さも何を言っているんだこいつは、と言わんばかりの顔をして俺を見上げてくる。
「兄者に見染められたのだ、涙を流して感謝すればいいんだ。何故それがわからない! 貴様は一人の女性の幸せを潰したんだ! わかっているのか! そうか! 貴様さてはその娘に惚れ込んでいたな! 兄者を妬み、不意打ちで兄者を倒したんだ! そうだ、そうに決まってる!」
うわ…………
はぁ……殺害予告に続いて誹謗中傷かよ。
あの兄にしてこの弟か。兄弟揃って、腐ってやがる。
人生に甘ったれた兄とそれを敬愛する弟。吐き気がするよ。
はぁ……理由も知ったし、もうぶっちゃけ話したくなくなってきたな。
魔法陣とか、未知の状態異常を引き起こす力とか、その辺は重要だしここは我慢して
《《もういちどいってみろ》》
いッ!
メリダスの声よりも小さく、されどそれなどゴミのように踏み潰す重みを持った二つの言葉が響き静寂が訪れる。
講堂が何故か白黒に錯覚して見えるほどの、濃密すぎる殺意。
本来は感情の一つでしかないそれが、まごうことなく質量を持ってこの空間を染め上げているのだ。
ズンッとした衝撃は内臓にダメージを与え、思考を塗りつぶすほどの所狭しと充満する殺意の波で耳鳴りがする。
気を抜けば、そのまま意識を刈り取られてしまいそうだ……
そしてその殺意の発生源である粘性生物様たちは。
その一番近くにいる俺にこそダメージが大きいということすら気付かずに逆に徐々に殺意を強くしていく。
《『実験室』支配者権限行使、第二第三工程強制破棄、第四工程『解ぼ》
「よせミドリ。殺す気か」
ミドリが感情を感じさせない声でアビリティ発声を行おうとしたが、BキャンだBキャン。
おや、ミドリの様子が……おめでとう、ミドリはヤンデレに進化した。の現場を黙って見てられるか。
《だって、こいつはマスターのこと》
「わかってる。俺だって覚悟はしてるんだ。必要なら俺も止めようとはしないが、だが、こんな男を相手にお前らが手を汚す必要なんてない。とはいえ、俺のために怒ってくれたんだもんな。ミドリにも悪いと思う。ごめん。アオも、ごめんな」
《ますたーが謝ることなんかじゃない!》
そうは言ってもなぁ。さっき俺が全く同じことをしようとして今度は止めようと知るんだから、お前が言うなという話になるし。
《ボクは、いや、ボクもアオちゃんも、マスターのことが大切なんだよ。何度も言ってるだろうけど、マスターがボク達に向ける気持ちにだって、負けないくらいね。だから、たとえ理由がどうあれマスターの敵は許さない。だから謝らないで。ボク達はボク達で決めた通りに動いただけなんだから。勿論、やり過ぎってことはわかるし、マスターの言うことも聞くけど、そこんところちゃんと理解してくれたら嬉しいな》
「アオ。ミドリ。……わかったよ。俺のために怒ってくれてありがとう」
《当然だけど、やっぱりますたーからのありがとうは嬉しいからもっと言って!》
《うん。ところであのおじさん動かなくなっちゃったけど。どうするの?》
ミドリが指す先には、ばったりと白目を剥きながら仰向けにぶっ倒れるメリダスの姿がある。
うーん。アレだけの高密度かつ純粋な殺意を向けられたんだ。
気絶するのは当然だ。
気絶通り越して心臓止まってなきゃいいけど。
……今すべきことは、身柄の拘束とこの怪しげな魔法陣の解析、共に破壊、かな。
「アオはメリダスのテイムエネミーがいないかどうかの警戒。ミドリは魔法陣の解析を頼む」
《らじゃー》
《了解。『実験室』支配者権限行使、第二工程『解析』》
なかなかに面倒なことになったが、これで表面上は解決だろう。
俺の殺害を企てていたのはこのメリダスという男。理由は俺の行いによる兄の失墜の逆恨み。まぁそれもこれで終わりだ。
そう考え、アオの胃袋からエンジン国のダンジョン『迷い妖精の巣』での出土品である、拘束力を強める力を持つ縄を出してもらう。
これで縛って、起きるまでにはここの掃除も終わらせ、そのあとはウィーアードと要相談かなぁ。変な結界のせいで授業に支障が出てなきゃいいが……
この時の俺は忘れていた。
そもそもその結界を張ったのは、誰? 先の戦いで、あの強力な手札となるドッペルを使わなかったのは、何故?
何か成し遂げたような達成感が感覚を鈍らせ、ほんの少しの心の緩みが生んだ。
考え事をしながら、特に警戒をするわけでもなく、縄をかけようとメリダスに近づいたのだ。
俺は知っていたはずだ。
ほんの少しの心の緩み。ほんのちょっと、だが。こと悪意の渦巻く戦いの中において、それは
なによりも愚かしい、自殺行為だ。
《……? ん? ……ッ! マスター、ダメ!》
「あん?」
俺は縄をかけようと、一歩を。
《その魔法陣の中に入っちゃ、ダメ!》
踏み込んだ。
果たしてその警告は、一秒だけ遅かった。
ミドリの言葉が頭の中を雷鳴のように走り抜け、俺は反射的に足元へと視線を送り。
魔法陣の中へと踏み込んでいることを、認識した。
魔法陣から紫色のスパークが放出され、それがスイッチになったかのようにいくつもの複雑に噛み合わさるように作られた魔法陣の数々が共鳴するように光りだす。
(これは、ヤバイ!)
急いで足を退けようとするが、磁石のように地面についたまま離れず、光はドンドン強さを増していく。
間に合わない。
その言葉が脳裏をよぎった瞬間、反射の速度で体が反応した。
今までの経験通り、間に合わないなら、仕方がない。
腹をくくって……
「『食らう前に、ぶっ壊す』!」
『限界破壊』ィイイイ!
『イエスマスター。今回お留守番を言い渡されなんのお役にも立てず体育座りをしていた『限界破壊』の活躍の場ですね。全システムを稼働し一発の攻撃にエネルギーを集約します』
対価に俺のアビリティレベルを喰らいそれを原動力として稼働する高火力ブースター。
ろくに溜まっちゃいないが、やるっきゃねぇ!
カッ! と光が俺を覆い尽くさんと襲いかかってくる中、リミッターを外された筋肉が大絶叫をあげる拳を全力で振り下ろす。
「『反射』ァ!」




