信じられないでしょうけど、これでも我慢してるんです!
「どもー」
軋む木の扉を、軽い声とともに潜る者にその場にいた全員の視線が注がれる。
酒場、とは一括して真昼間から騒がしいものである。
ただ飲みに来る者もいれば、情報提供を求める者、強者を求める者、荒れる者などなど、様々な人間の思惑が渦巻く場所と言っていいだろう。
扉が開けば、昼間のため照明をつけず比較的暗い店の中に光が入り、扉を潜る者は大概注目される。
だが今回は圧倒的に今まで以上に注目されている。
そのことに、本人自身は気がついていないだろう。
何の気なしにちょっとした思いつきで入ったって感じの、スライムを肩に乗せた凶々しいオーラを纏ったフードを被る少年は。
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「……ふぅ。マスター、バーボンロック」
「未成年は帰んな」
「あはは、ダメだったか。我ながらイケボだったと思ったんだけどなぁ。残念残念。悪りーねおっちゃん。別に冷やかしってわけじゃないんだ。ガキでも飲めんのある? あ、あとこいつのぶんも」
ヘラヘラしながら適当に言葉を続け、アオを席に下ろして指差す。
一度言ってみたかったんだよね。マスター、バーボンロック……ってやつ〜
「ここは酒を飲むとこだ。んなもんねぇ」
「んじゃ酒でいいよ」
「いいわけあるか!」
おぉ。ツッコミのセンスあるぜおっちゃん。
まだ全然若いし、頭も固そうな感じじゃない。
ワイルドって感じがプンプンするぜ。
「おっちゃん。人を見た目で判断するとは……はぁ……0点だな……」
真面目な顔ですこし下からマスターを睨む。
マスターは俺に視線を合わせたまま一歩後ずさる。
俺は顎に手を当てたまま、下から威圧する態度は辞めず追い打ちを。
「俺はエルフでな。これでも100超えてんだぜ?」
「嘘つけぇ!」
「うん嘘」
はいバレました。
このおっちゃん検索のアビリティは持ってないけど、『目利』というアビリティを持っていた。
大まかな感じを直感的に読み取れるアビリティか。便利だな。
検索には敵わんけども。
「ガキが一端のテイマー気取ってわけじゃあ……なさそうだな……だが、勿体ねえ。お前には才能がある。その歳で俺を唸らせる奴はそういねぇ。惜しい。実に惜しい。なんでよりにもよって、スライムをテイムしてやがる」
「……チッ……おっとっと。ちゃんとアオちゃんも差別しないで目利してくれよマスター」
やばいやばい。抑えろ抑えろ。
このクソ店主はアオの素晴らしさをわかっていないだけだ。わかろうともしない奴にはいうだけ無駄!
そうだな! わかったな俺!
「少なくとも、この店ん中にいるザコエネミー達よりは比べ物になんないくらい強いよ? こいつ」
あ、抑えきれなかったわ。
いやー、だって、ねぇ。
あんなこと言われたら、ねぇ……つい、無理矢理わからせたくなっちゃうじゃん?
アオをぽんぽんと撫でながら、にっこりと笑って辺りを見渡す。
店の中の空気が、変貌した。
「ま。まだ俺は負けないけどね〜。はっはっは。しばらくはアオに抜かれたくないよマスターとして」
ガタンッ、ガタガタと、所々で椅子が引かれたり倒れたりする。
いいねいいねぇ……この空気、ドキドキするねぇ。
《ますたー……》
「大丈夫。俺がゴールドお前に入れるから、後は適当にぶん殴っちまえば終わりだよ」
「おいクソガキ。てめえ今なんつった?」
はい最初のかませが今、リング入場を終えましたっと。
結構でかいな。
「二メートルある?」
「おいおい勘弁しろよ、二メートルなんて余裕で超えてるぜ?」
「まじで! そうは見えない……スゥ……横に広がっているからか?」
「てめえぶっ殺すぞ!」
口元を押さえて哀れんだ目を向ける。
「堪忍袋の尾が切れた! 面出やがれ!」
「おい! 相手は子供だぞ!」
「あー、俺は構わんよ? んじゃ早速行こうか」
ちょっと太ったお兄さんが外に出たのでそれを追いかける。
そしてそんな俺を店にいた奴らが次々と追いかける。
「こりゃ見ものだ!」
「かわいそーに。ちょっと痛い目にあえっての」
「先越されたぜ〜、俺がいっちょ揉んでやろうと思ってたのによ〜」
「久々のエネミーバトル!」
「そら、どっちが勝つか。賭けた賭けたー」
外部でも賭けをするこの雰囲気……懐かしいな。
こんなとこは変わってないのか。普通賭けすんのは戦う奴同士だけだと思うんだけどね。
「仮にもテイマーを名乗ってんだ。それなりの覚悟あんだろうな」
「テイマー名乗ってるってのより、店の連中一人残らず煽るとかいうプレイングのほうが覚悟いらないか?」
あんまり覚悟とかなかったけど。
入った時にざっと見て強そうな奴はいないことは知ってたし。アオをバカにされてつい言ってしまったというのがでかいから。
「あ、マスター。悪いね騒がせちゃって。お詫びに俺に賭けなよ。大儲けできると思うよ?」
どうせオッズは差がすごいと思うし。
「んじゃアオ。いってらっしゃい。自信もて。お前は俺のエネミーだ。お前は強い」
《う、うん!》
「出番だぜ! カニバリ!!」
「しゅるるるるる」
太め兄さんが背負っていたハンマーを地面に叩きつけると
そのハンマーに巻き付いていた植物のツタのようなものが地面に滑り込み、即石を破壊し地面から飛び出し、真っ赤でグロい花を咲かせ奇妙な叫び声をあげた。
検索。
種族名:《Cannibalism Plant》
個体名:カニバリ
性別:♀
年齢:15
LV:32
職業:無職
称号:【 主人の初めてのテイムエネミー 】
【 成長者 】
HP:3650/3650
ATK:1900
DEF:870
AGI:3000
INT:230
アビリティ
『擬態』『養分貯蓄』『自由根』『分裂』
固有アビリティ
『食事』『消化』『吸収』『胃液』『成長』
金アビリティ
1000ゴールド【 ウィップ 】
4000ゴールド【 ロング・ウィップ 】
2万ゴールド【 アシッド・ボミット 】
カニバリズム・プラント。
花の中に口がある、ぶっちゃけ人食い植物だな。
ラフレシアみたいな花が特徴か。
懐かしい中級エネミーを見た。
「「スタート! battle tha エネミー!!」」
「掛け金レイズ! ベット! 5000ゴールド!」
「へっ! 貧乏人が! 掛け金レイズ! ベット、2万ゴールド」
アオにゴールドが注がれ、弾けるようにカニバリへと突っ込む。
「へへへっ! スライムごときに何ができる? え? カニバリぃ! 食っちまえ!」
カニバリは地面すれすれまで花を落として、アオの三倍くらいの大口を開けた。
そして、アオはそんなこと御構い無しに一直線に走り抜け―――――
「今だアオ! 急ブレーキ!!」
《うん!》
―――――そうなところで俺の指示に従いブレーキをかける。
かなりの速度が出ていた為すぐに止まることはできない。
それを利用して、キキキーッと火花を散らせながら横飛びの要領で地面を蹴る。
すると、スジャァァア! 滑るように半円を描き、カニバリの前から後ろへ移動する。
「『硬質化』発動! 掛け金レイズ! ベット、150ゴールド! 【 ブルスタ・メタアタ 】!」
これは英語って言うか、略されてるんだよな。
ブルースター・メタルアタック。そんな感じだった気がする。
こう言えばわかるだろう。突撃せし青き流星。
STRに補正がかかる突進技だな
それにプラスして、『硬質化』アビリティも使ってアオは今カッチカチだ。
そんなものに補正がかかった状態で突進されたらどうなるだろうか。
「じゅるぁ!」
「当然こうなる」
俺の足元でぴくぴく痙攣する植物がちょっと涙を誘う。
「な、な、な、な、な」
「お疲れアオ。かっこよかったぞ〜」
《ますたー! アオできた〜! 褒めて〜》
「おーよしよしよしよしよし。可愛い奴めー! このっこのっこの〜」
飛び込んできたアオを抱きかかえて撫で繰り回す。
《うにゅ〜》
「ここか? ここがいいのか?」
《う〜みゅ〜》
「ま、待て! イカサマだ!」
お兄さんの言葉虚しく、賭け皿に乗せられたゴールドと、俺が使用した倍額のゴールドがアオの体から飛び出し俺のプレイヤーバンクに収納される。
「俺の勝ちだ」
「……あ、あぁ……うぉぉ……クソッ!」
あんれま。地面がボコン。
怪力だこと。
チラリと観客に視線を送ると、皆んな口を開けて呆然としていた。
「俺の勝ち。俺に賭けてた人よかったね〜。ぼろ儲け」
俺がそう言った瞬間、数人がガッツポーズを取りながら雄叫びをあげた。
これだけかよ。オッズの低さが見えるぜ。
「あ。あと、一言言わせてもらう。今後スライムをバカにしたら、ぶっ飛ばす」
ビシッ! 誰を指すでもなく人差し指を突き出して、言っておく。
その場にいた全員が反射で「はい」と答えた。
「うむよろしい。俺はこれからダンジョンに行くから、来る人はまた会うかもな。あ、そういや聞くの忘れてた。なぁマスター」
「な、なんだ?」
「この国のダンジョンって、今どのくらいまで進んでる?」
「確か、14階だったと思うが……」
「うぇ! マジ? ―――――……ま、いいや。んじゃな」
ぼそっと呟いた言葉は多分聞こえてないだろう。
と思ったらマスターに話しかけられた。
聞こえちゃった?
「おいクソ坊主」
「なんだクソ店主」
「……なんで俺のアビリティのことを知ってやがる」
「…………さぁな」
あ、そういやちょっと周りが見えなくなって目利とか口走っちゃったね。
失敗失敗。山賊の時もそうだか、もう何年も言われ続けてるんだから、そろそろ慣れないもんかね。
ニヤリと含むような笑いを見せてから、扉を潜った。
「アオ。情報もゴールドも得られたし。幸先いいスタートだな」
《うん!》
アオがいつもより元気だ。そんなに嬉しかったかね。初勝利は。
「それにしても14階ねぇ……」
この国、大丈夫かい……
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酒場には、当初よりの賑やかさが、と言うか騒がしさが増していた。
「ふははは! 大儲けだー! 飲め飲めー!」
「スゲーぜありゃあ! 見たかよあのスライムの速度!」
「いやいや、あの突進だろ! あれで150ゴールドアビリティだ!」
「ありえねぇ! スライムじゃねぇんじゃねぇの!」
「と、思うだろ? バッチリスライムだぜあれはよぉ!」
旅人や冒険者が多い酒場では、強い奴や珍しい奴は格好の肴である。
「やーん。かっこよかったわぁーあの子ー」
「あれ本当にガキかよ! エルフってマジなんじゃねぇの?」
色々な憶測が飛び交う。
もはや酒場一帯全ての話題だ。それほどまでのインパクトを、少年とスライムは残していった。
「な訳ないじゃない! 耳だって髪の色だって、全然エルフじゃなかったでしょう!」
「変化系アビリティで偽装してるとか?」
「人間に化けようとするエルフなんて聞いたことないわ!」
「それだったらあんな強いスライム見たことも聞いたこともねぇよ!」
そんな明るさとは裏腹に、カウンターに座っている一人の男と、グラスを吹き続けるマスターは、何やら真剣面持ちで話をしていた。
「なぁ聞いたか?」
「あぁ、『まだそこかよ……』だ、そうだ」
「……スライム使い、か」
そこでようやく、マスターの顔に笑みが映った。
「嬉しそうだな。お前が笑うのはいつぶりだ?」
「お前こそ。つい聞き耳を立ててしまうくらい注目していたのか?」
「お互い様だ」
「あぁ」
謎のスライムと、不思議な威圧感を放つ少年。
「面白い奴が、来たじゃないか」