信じられないでしょうけど、そう上手くはいかないようです!
――――――クヒ……
「クヒ……クヒヒ……やっと、やっとだよなぁ……」
陽の光の届かず、汚れで暗く深い、清潔感など感じないゴミダメのような場所で、笑いが漏れる。
小さくなるように体育座りをして、全身に毛布のようなものを被り、不気味に笑いを漏らす少年がいた。
その物悲しい雰囲気とは違い、少年から漏れる言葉の感情は明るい。
目は極限まで見開かれ、その周りは薄黒く変色し、口元をだらしなく歪ませて、クツクツと笑う。
「……ようやくだよ……全部ゴミだったんだ……クヒヒヒッ……僕は……強くてニューゲームだ……僕が……選ばれたんだ」
その姿は、狂的を過ぎ、病的とも取れる歪んだものだった。
「やっと僕の価値を、理解しやがって……遅いんだよノロマ……クヒ……」
何かの怒りがスイッチとなったのか、ブワァと立ち上がった少年を中心に風が吹き荒れ、辺りのものが吹き飛ぶ。
「まぁ、いいさ……僕は寛大なんだ、許してやるよ……クヒヒ……クヒヒヒ」
そう言って歩き出そうとし、ヨロリとふらつき、まず寄りかかっていた壁に肩をぶつけ、次にその衝撃で壁に吸い寄せられるように首が動き、少年の側頭部が壁に激突。
今度は逆に壁から拒絶されるかのように弾き飛ばされ、ズザザザーと横たわるように地面に擦り付けられる。
それでも少年は笑い続ける。
「クヒ……クハハ……クヒヒヒヒ……」
そして再び歩き出す少年は、いまやそれは国としては機能せず。
土地の上には異臭を放つゴミの山があちこちで形成され、その場にいる人間達も、捨てられた者や、ある事情で表舞台から消し去られた者や、金目のものを求めゴミをあさりに来た者ぐらいしかいない。
統治されることはなく、いつしかその存在は都合のいいゴミ捨て場のように扱われて来た、無法地帯。
“捨てられた国”『イシュタム』を出るのだった。
そして
「…………ここは、僕の世界なんだ……僕が選ばれたんだ……あいつは、いらない……そうさ……僕の気に入らないあいつは死ぬべきなんだ……そうだそうだ。……クヒッ……なぁ、いつもいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、目障りだったんだよ。……いつだって僕の前に立ちやがって……僕の方が凄いのに……優れているのに! …………ユルセナイ……クヒヒヒ………殺してやるよぉ……コンテは出来ない……全ては僕の思いのまま……お前は死ぬんだよ……クヒ」
怒りに震える声でブツブツと呟きながら。
ガリガリガリと耳障りな音を立て爪を噛み、焦点の合わない目をぎょろぎょろ動かし、ニヤァと笑う。
「なぁ…………『Yuberu』」
それが、王都に到着して数時間、少年が口にした初めての言葉だった。
少年は行動を開始する。
--- --- --- ---
「話すか死。二つに一つだ。どする?」
担任教師をこれでもかとばかりに脅迫する。
まぁ殺すつもりはないんだけどな。
ここはゲームじゃない。一つ一つの命に重みがあるということを、忘れてはいけない。
とはいえ、脅し文句なんてこれぐらいしか思いつかないもんなー、はっはっは〜。
頭の行かれた集団と揶揄される『ソロ集団』達でも、流石にこういうのは不得手なやつばっかだった。
『ミルクル』さんは良くも悪くもストレートだし、『ウラミン』さんなんて言い方が遠回りに遠回りを重ねて、その上で変な軌道修正をかけて方向を捻じ曲げて人を罵倒したりするもんだから、常識人の俺には到底理解できないレベルだったし。
「―――――あ」
「ん? おい、もう少し大きい声出せ」
何かを言ったのか言わなかったのか、判別はできなかったが確かに言葉を発したことを確認したため、もう一度聞き直す。
やれやれ、こんな時に貴重な証言を聞き流すとはな。
俺も少し緊張感がなくなって来ている。
別のことを考えて目の前のことをおろそかにするなど、命知らずもいいところだ。
最近緩んで来ているからな。ここはひとつ、初心に返り、こちらに来たばかりのピリッとした緊張感を張り巡らせよう。
「――――――あ……あぐ」
「……さっさと吐け……それとも、仲間の情報をみすみす相手に渡すくらいなら死んでやるという意思表示かなにかか? なかなかに素晴らしい仲間意識だが、そんなことは俺たちの知ったことじゃない。吐かないのなら容赦はしない。五秒やる。その間に俺たちが有意義と感じる情報を出さなかった場合、首をはねる。……五」
程よい緊張を持ったら、なにやら冷静になりスルスルと言葉が出てくる。
そして冷静になって担任教師を観察するが、何か不自然だ。
俺の言葉に、終始首を横に振るような仕草を取っていた。
情報を出すくらいなら死ぬ、という覚悟はないように見えるし、仲間意識と俺が言った時には絶望にも似た表情をした。
「四」
ふむ、ならばなぜなにも言わないのだろうか。
少なくとも、ブルーベイビーズの証言の通りならば、この男は暗殺者Aと会っているはずだ。
知らないということはあるまい。名前などを明かされてないのだとしても、それならばそれはそれで、伝えようというものもある。
「三」
「―――ま、待って……」
担任教師はヒュー、ヒューと苦しそうな呼吸をしながら、必死に制止の言葉を投げかけてくる。
だがここで甘い顔を見せることなどしない。
殺すと言った言葉が演技である以上、脅せる状態にも枷がある。
少しでも俺がためらうような姿勢を見せれば、察しの良い相手ならそれだけで俺の考えなど見抜いてしまうだろう。
だからこそ、最後まで徹底して演技をすることが重要になるのだ。
「二」
「……わ、わか……あぐ……わかった。い、言う……言うから」
取った!
そう確信し内心でガッツポーズをしながらも、言葉を発すまでは油断はできないと自分を律する。
「一」
カウントは続けるものの、まずは情報を得ることができるだろうと半ば確信していた。
しかし、あまりに苦しそうな担任教師に不信感が湧き、何かの状態異常でもかけられているのではないかと『検索』を発動し、調べようとした次の瞬間。
「名前は……メリ――」
担任教師が暗殺者Aの名前を出すと思われたのだが、それは途中で止まり。
「あ? おい……」
そのかわり
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
言葉の続きは喉が張り裂けんばかりの絶叫となって、部屋に響いた。
「――――なッ!」
「ヒノデ、下がりなさい! ユベル氏!」
「今してる!」
叫び出した担任教師の口を抑えようとしたのだが、担任教師の影が俺から肉体を守るかのように俺を弾き飛ばしたのだ。
肉体を守るように、俺たちを牽制する黒く、ウネウネとした担任教師の『影』。
突然の状況にうろたえ影に襲われそうになったヒノデさんを、『察知』を発動させていたウィーアードがかばい、俺に投げかける。
かく言う俺も、さっきから『検索』を発動し担任教師のステータスを確認しているのだが
「……ない」
「はい?」
疑問符を浮かべるヒノデさんを尻目に、ウィーアードはわかっていたのか驚きはない。
「ないんだよ。自律行動する影どころか、この男にはろくにアビリティがない。コレは、こいつの力じゃないんだ」
「まー、わかってましたけどね。ゴーグン君のステータスは鑑定球で見たことがありましたが、こんなことができるアビリティはありませんでした」
最近になって手に入れたと言う線はあるから、俺に検索させたんだろうけど。
そもそも、今尚絶叫をあげる担任教師が、自分の意思で発動させているとは到底思えない。
アビリティは暴発することはそこそこあれど、ここまで使用者を傷つけるものはあまりない。
それこそ、何か大きな代償を支払うアビリティならわかるが、この程度のアビリティでここまでの苦しみようは異常だ。
「ヤバイな……こう言う状況も想像していなかったわけじゃないけど、クッソ……」
正直、この影単体なら、相手をするぐらい分けないと思う。
だが問題は、この声量だ!
「ちっくしょ!」
『逃亡』と『超逃亡』を発動し全力でダッシュし扉に手をかけるが、いつのまにか数十本に分裂し触手のように変化した影の数本が俺の邪魔をする。
速度だけなら振り切ることは余裕だろうが、扉を開けようとする時は少なくとも1秒はタイムが落ちる。
しかも隙だらけの状態になるため、それを避けるために途中で止まり影から退避する。
俺のATKでは、ゴブリンの時のように速度を保ったまま扉を蹴破ることはできない。
そして、この瞬間にも、この声は学園外に漏れている筈だ。
つまり、暗殺者Aに現状がバレる。
できるならこの男を黙らせたいが、俺のような一発屋や、ウィーアードのような特殊特化型では戦えない。貴重な情報源なだけではなく一命だ、アオなら戦闘力として文句ないが、今度は逆にオーバーキルとなる。
(どうすっかな)
『検索』によれば男のステータスには、状態異常:『恐怖』としか書かれていない。
恐怖はおそらく俺たちの威圧の効果だろう。
まさかとは思うが……
「ウィーアード、わかってるよな」
「ええ」
「ここは俺がなんとしてでも食い止める。お前は生徒をなんとかしてくれ。ここから、出れるか?」
「勿論デスとも。私とキャンディーちゃん、のみデスがね」
その予想通りの返事に内心のみで舌打ちを一つ。
そして考えていたことをそのまま話す。
「なら行け。安心しろ、お前が心配してるヒノデさんなら、俺が守るよ」
「フム……ユベル氏、言ってて恥ずかしくなりませんか?」
「しばくぞ! んなこと言ってる場合じゃねえんだからさっさと行けぇ!」
ウィーアードのケツに蹴りをかまし……そうとし、スルリと物理法則を無視した謎現象で避けられた。
「怖い怖い。では、行ってきます……っと」
「へいへい。いってらっしゃい……っと」
ウィーアードはそう言い駆け出し、邪魔をする触手ごと扉を、開けることなくすり抜けた。
見ていて気持ちが悪くなるほどのびっくり芸だ。
触手がわけわかんなくてオロオロしてやがる。
「さて、これで生徒たちについてはあいつがなんとかするだろ。ヒノデさん」
「はい」
「こいつはここで足止めする。ヒノデさんは影の攻撃範囲にできるだけ入んないように注意しながら、影の隙を見つけたら外に出てくれ。ウィーアードだけじゃ手が回らない可能性がある。全部の影を使わないと対処できないくらい追い詰めるから、頼む」
俺の言葉に当初ヒノデさんは『自分も戦える!』と言いたげだったが、それをわかった上で黙殺する。
別に戦うなとは言っていない。むしろその逆だ。
ただ、俺が言いたいのはヒノデさんの『戦う場所が違う』ということだけだ。
それがわかってくれたのかそうでないのか、とりあえず俺の言葉をうなづいてくれたので良しとする。
さて、と自分の中で一区切りをつけ、一度の短い呼吸とともに気持ちを切り替え影をオーラのように纏う担任教師に向き直る。
(アオ、ミドリ。俺は少し深く見る。いつでも動けるように準備しといてくれ)
《ラジャー》
《了解》
(いい子だ。『限界破壊』!)
『検索』と『看破』の限界を破壊し男を見る。
テレビのチャンネルが切り替わるように視界に映し出される情報が変化した。




