信じられないでしょうけど、恐怖の別れ? です!
俺が実技講習を行ってから、数週間が経った。
あの日が、俺の教師生活の転機とも言えるものだったようで。
あの日以降、他教師からの信頼はこちらが疑ってしまうほど厚いものとなり、生徒たちからも尊敬の目を向けられるようになった。
それは嬉しいことの反面、やらなければならないことが増えたということに他ならない。
自分の体がそこそこというまで働いたら、そこで切り上げるようにはしているのだが。
それでも疲れは残っていくのだろう。
「ふぅー……疲れた……」
「イヤイヤー、お疲れ様デスユベル氏」
「お、悪いな」
校長室、もといウィーアードのプライベートルームにお邪魔していると、ウィーアードがお茶を淹れてくれた。
啜ってみて中々の苦味と旨味が熱さに溶け、何とも言えないお茶のさっぱりとした感覚が疲れを癒してくれる。
「はぁ。美味いな」
「ユベル氏が持ってきてくれたものですからねー」
「あぁ。あの幽霊ドラゴンはまだ待ってんのかね」
お茶を飲むと、あのダンジョンにいた主人を待つドラゴンのことが思い起こされる。
「それにしてもそれにしてもー、スズッ、はぁー。ユベル氏の授業ときたら。素晴らしいですナーー。もはや学園中の話題。全クラスが授業をぜひ受けたいと申し出ています。私的に教えを呼応としている生徒は数知れず、名の通った貴族の家からも、ぜひ専属のと声をかけてきているではありませんか。中等部どころか高等部。しかも大学院からまで推薦が来ていて。いやー、やれやれ〜。私の目に狂いはありませんでしたねー。何と素晴らしい私! 私も安泰ですかねー」
気色の悪い笑みを浮かべながらどこか独り言のようにまくし立てているウィーアード。
なんだろう……聞き捨てならないことがいくつか混じっていたのだが……
推薦? そんなの聞いてないんですけど。
もみ消しか? もみ消しなのか?
はぁ……別にいいんだけどね。
「あ、突然だけど俺そろそろ辞めるから」
関係ないし。
そう思いながら軽く口にした言葉。
その言葉が及ぼした影響力は、中々に凄まじいものだったようだ。
満面の緩みきった笑みでお茶をすすろうとしたまま、時が止まったかのように動きを止めたウィーアード。
「な、なんだよ……」
――――トサ……
ウィーアードはそんな軽い音を残し倒れた。
「お、おい! ウィーアード!」
何がどうしたというのだ。
回り込むようにウィーアードの元へと駆け寄り。
「あ、大丈夫そうだ」
ウィーアードは口元にお茶をぶちまけ、そのお茶を使い自分の指元に『ユベル』と書いている。
これだけふざけられる余裕があるのなら大丈夫だろう。
「そうゆうわけだ」
「どうゆうわけデスか!!」
「いきなり怒鳴るなよビックリするだろ」
「この時期ですよ! 今まさにこれからという時ですよ! なのに辞めるって! 辞めるって! 馬鹿なんですか!」
「あー、お前に言われると無性に腹がたつな。何でだろ」
怒りで声が震える。
「なぜ辞めるんですか!?」
「前にも言ったろ。俺は今はずっと一つのところにとどまるつもりはないって」
「そうですけど!?」
「あと一つ。居心地が悪くなった」
「は、ハイ?」
ここはウィーアードの城のようなものだ。
そこが居心地が悪いというということは、ウィーアードに対する文句に他ならない。
だが、そこら辺にしっかりの他人の意見を聞くようにするウィーアードのこと。
そこまで怒りを表すことなく、わけがわからないように呆けた顔になる。
「ここ数日。辺な奴らが俺のこと追いかけ回してくんだよ。何が目的なのかよくわかんねえし。誰ともわからん。だが、この学園の誰かっつーことはわかる」
「追いかけられてる? ユベル氏なら簡単に暴けるのでは?」
「おいおい、あんまり俺をかいかぶるなよ。俺は、一つに特化した戦闘タイプだぞ? 確かにスキルで多様に及ぶことができるが、そんなもん、器用貧乏の出来損ないでしかないんだよ」
隠密・追跡に少しでも長けた存在ならば、俺はそれを振り払うことなど出来ないのだ。
出来るのだとすれば、全力でAGIを強化して逃げることぐらいだ。
だがそれも、この学園という狭い箱庭の中で、俺よりも知り尽くしているだろう地理の中では、手も足も出ない。
「『看破』も『検索』も『探知』まで、ぜーんぶ対象外さ。限界を破壊して、ギリギリ何らかの反応を一瞬示したか示してないかっつーくらいだからな」
「そんな輩が……では私自ら……」
「やめとけやめとけ。お前なら何とかなるかもしれんが、相手が何目的にしてんのかわかんねぇんだ。攻撃できない呪いがかかってんなら、対処できないだろう。逃げることは出来てもな」
「だからこそ、鉄砲玉としては優秀デスよ?」
「でもやめとけって。何も危害を加えてきたわけじゃないんだ。付け回されるのは確かに気分は良くないが、それだけだ」
何も罪に問われることをしたわけではない。
ストーカーといったものもあるかもしれんが、まさか俺に限ってそんなことはあるまい。
俺をストーカーするような女性がいるなら、ぜひこちらから出向きたいほどだ。
「では、本当に?」
「あぁ、入学したばかりのミルクルさんを置いていくことになるが、彼女はここにいればまぁ安全だろう。お前がいるしな」
「本当によろしいので?」
「あぁ、久しぶりに会ったのは嬉しいが、基本的に俺たちは『ソロ』なんだ。その生き方は変わらない。ここで彼女は彼女なりの生き方を送ればいい。直ぐに俺のようにどこかに旅立つもいいし、このまま卒業まで過ごして偉業を残すもいい。彼女の自由だ」
「彼女を一人にできない、そう言ったのは貴方デスが? まさか、ご自分の言った事を、その責任を負わないおつもりで? 私に、責任をおったのなら成しとげよと、言った貴方が?」
そして初めて、ウィーアードは俺に非難がましい目を送ってくる。
確かに、それを言われると俺にここに残るか、彼女を連れていくかのどちらかを選ばなければならないだろう。
「それは俺も思う。けど、この数週間で彼女はだいぶ安定したし、俺という存在があるということがわかれば、今までのように孤独感に苛まれることもないだろう。それに、彼女だって『ソロ』だ。いつか別れる日がくる。それが今日明日になったってだけだ」
「ミルクルさんが、本気でそう思うと」
「あぁ、ミルクルさんがどんな目的でソロ活動してたかは知らんが、それでも理由があるんだろう。それに、俺ももう、旅に出なくちゃならん目的があるんだ」
「世界を回りたいと言っていた、アレですか?」
「確かにそれもある。他にも小さなものはいくつかあるが、他に、別々の場所でこちらにきてしまった知り合いのプレイヤー達を探すっていう目的もできたんだ。何もしないわけにはいかないんだよ」
目的ができてしまったのだ。
ここにずっといてはいけない理由が。
何も今でなくてもいいのかもしれない、でも、この数週間ずっとそう思い続けできたんだ。
それでも、今、ミルクルさんの様に孤独感に苛まれ苦しんでいる友達がいるのかもしれない。
そう思ったら、もう、ここで何もしないのは嫌なんだ。
バカばっかりで、頭おかしくていかれててバカでバカでどうしようもない奴らだったが。
俺だってそいつらの一員だ。そんな、バカで愉快で、とても楽しい奴らの一員だ。
俺はもう、我慢の限界だ。
たとえいないんだとしても。
もしかしてを考えて、俺は探しにいく。
「………………ハァーーーー……引きませんよねェー」
「ははっ。そりゃあな」
「ハァー、これからだというのに……なぜこう幸せの時に限ってそうゆうこと言うんですかねー……キャンディーちゃんも泣きますよ」
「そりゃまいったな。泣かれたら覚悟が薄れそうだ」
「よし、今すぐキャンディーちゃん連れてきましょう」
「おいコラやめろマジで」
キャンディーちゃんにさめざめと泣かれてみろ、すがるような目でいかないでと訴えられてみろ。
抗えるか? 多分無理だと思う。
なんだかんだ言ってもキャンディーちゃんは泣き止んでくれなくて、分かった行かないからと言うと明るい笑顔で泣き止む未来が見える。
ミルクルさんも、言ったら怒るんだろうなぁ。
そう思うと怖いな……
「それではユベル氏は、キャンディーちゃんに別れの挨拶もせずに去るおつもりだったので?」
「うぐ」
確かにそれもそうだ。
そうなんだけどぉ……
「ヘタレてますね〜」
「うっさい! わかったよ! ちゃんと話しするよ! いーだろう! いーよいーよ、俺には確固たる覚悟があるんだ! その覚悟、見せてやんよ!」
どんと胸を叩く。
胸を叩いた右拳が激痛を訴えるがそんなことは無視して、足をふみならす。
でもどっちからいこう。
キャンディーちゃんからかな、うん。
もし、泣かれてもう少しいることになったら、怪我しないし。
キャンディーちゃんは怒っても攻撃してこないだろう。
ミルクルさんだと、下手打った時に殺されかねんからな。
いま、アオとミドリと遊んでいるであろうキャンディーちゃんのいる隣の部屋へ歩を進める。
「うぬ……ぐぬ……ええい。ままよ!」
《あ、ますたー。どしたの?》
《マスター。飴ちょうだーい》
「へ? あれ?」
扉を開けた先にキャンディーちゃんはいなかった。
どこに行ったのか聞いてみたところ。
《なんかさっきすごい勢いで厨房に向かって行ったけど?》
《そうそう、扉の近くを飛んでたら、なんか扉に耳つけ始めて、そうしたらキャンディーちゃん大慌て。急いで行っちゃった》
《そんで、私たちも話聞こうと思って扉の方に向かったらますたーが扉開けちゃって》
《なんの話ししてたの?》
これはなんたることか。
話をキャンディーちゃんに聞かれていたとは。
思いもよらぬ展開に戦慄し、冷や汗を流していると。
後ろにいたウィーアードが手を合わせチーンと効果音を出しながら「御愁傷様デース」と言った。
ちょっとまとうよぉ〜。
泣いてるとかじゃないよね……もし血迷って呪いのお菓子とか作ってたらどうしよう。
俺殺られるかもしれん。
向かったという厨房へ行くべきか、この場から速やかに去るべきか。
だらだらだらだらと汗を流しながら立ち尽くしていると。
お早いお戻りで、キャンディーちゃんはぴゅーと飛んで戻ってきた。
泣いてなかったことに安心するが、別の心配がこみ上げてくる。
彼女は背中に、体の大きさの問題で隠しきれていない袋を隠しており。
俺を見つけると俺の方に飛んできて。
なにやら赤くなりモジモジしながらその袋を俺に差し出してきた
(お、落ち着け…………)
このお菓子が入っているであろう袋。
可愛らしく装飾された袋の中に、得体の知れない何かが詰められているのかと思うと泣けてくる。
さよならの印にお菓子を、とかいう微笑ましい展開なら嬉しいことこの上ないのだが。
キャンディーちゃんの性格上、悲しむべき場面で、このどこか嬉しそうな表情である。
何かがおかしいと考えて、仕方がないだろう。
だが
「う、うん。ありがとう」
どうぞどうぞとばかりにキラキラした目で差し出してくる袋を、受け取らないわけにも行かないじゃないか。
俺は震える手で袋を受け取ったのだった。




