信じられないでしょうけど、これは強さの一端です!
「あぁー、しんど」
《ますたー大丈夫〜?》
「働きたくねぇー」
もうすでに日はくれた。
放課後だというのに、生徒たちはこぞって図書室やらなんやらで勉強を始めている。
いいことだ。俺もそうしたい。
だが俺に課されたものは労働だ。
今日一日でも、まず答えられない量の質問の海に飲まれ流され、その後は呼ばれるたびになれない場所の廊下をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
授業のヘルプに入ったのが今日だけで計36回。
そのうち授業をそのまま担当したのが18回。
俺の知っている知識を一部一部切り抜いては相手にわかるように説明するという作業の繰り返し。
走り回る肉体の疲労だけでなく、脳の酷使による疲労もひどい。
頭がまだズキズキしている。
今日はこれ以上何も考えたくない気分だ。
「ん? ……はぁ〜」
学校の裏庭の陰で涼んでいたのだが、何やら気配を感じてその方向に意識を向けると。
壁に隠れて何人かの女子が集まっていた。
「ほら、早く行きなよ」「大丈夫。許してくれるって」「あの子いい人そうだしね」
などの声が聞こえてくる。
俺は無意識にクシャと頭をかきため息をついた。
「あ、あの。まだ心の準備ひゃわあ! あ! は、はぁ〜あい。ユベルちゃん。元気〜」
ついにドンッと背中を押され壁から飛び出してきたミルクルさんがわざとらしく話しかけてくる。
つうか、ミルクルさんなら距離がそんなに離れてないから俺が気づいていることくらいわかるだろ。
わざとやってんのか。それとも、本気でわからないほど動転しているのか。
「はぁ」
もう一度息を吐いて、ジロリとミルクルさんを見てからぺしぺしと自分の隣の石を叩く。
きょとんとするミルクルさんを少し眺め、そして視線を外す。
ミルクルさんは気づいたのか、表情を明るくして俺の隣に座った。
「何の用ですか。ミルクルさん」
「あ、あのさ。ユベルちゃん。怒ってる?」
「あぁ。怒ってる」
キッパリと断言する。
ミルクルさんはガーン! と行った表情をした後涙目になり唇を尖らせた。
「なによぅ。ちょっとした悪ふざけでしょ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「何が悪ふざけだ。冗談の度が過ぎてるだろ。あんまり男を騙すようなことはすんな。俺はそうゆうの嫌いなんだよ。「今度デートしてください」とか自分から言っといて「プーッ(笑)。マジできたよこいつー」「ごっめーん。あれ罰ゲームだからぁ。もしかして期待しちゃったぁ?」とかやるのとなんら変わらない。俺は女の子を誘うけど、騙しはしない。許可してもらえれば喜んですっ飛んでいく所存だ。まぁ俺のことは置いていて、俺が言いたいことは一つ」
ぺらぺらと抑揚のない言葉を吐き続ける。
本当は、あまり怒る事ではないのかもしれない。
アオに許嫁ですとか言った時も、今のようなイライラは来なかった。
もしかしたら俺は、ミルクルさんに怒ってるんじゃないのかもしれない。
俺はただ、ミルクルさんに当たっているだけなのかもしれない。
「ふざけんな、だ。そうゆう嘘はつくな。嘘をついたやつはすぐに忘れるのかもしれないけどな。当の本人は、いつだって、いつまでも残り続ける傷を負うんだ。イジメと同じさ。そうゆうことはすんな。ま、それだけだな」
かつての傷が今もなお胸でズキリと痛んだ。
そして、それを自覚した時、まだ別の痛みが俺の胸を襲った。
そうなのだ。俺はただ、イライラするままに、ちょっと状況に似ただけのことで、その時の相手とミルクルさんを重ねて、怒りをぶつけているだけだ。
だが今更、引っ込みがつかなくなってしまっている。
ここまで言いたい放題言ってしまったのだ。
当たったことを謝るなんてこと、できるはずがない。
「………………ご、ごめん」
「…………」
絞り出すようなミルクルさんの声に、俺は何も返せなかった。
「私、ちょっと無神経だったかも……」
「いや、俺も言い過ぎた。別に、そんなに怒る事でもなかったよな。わりぃ」
何が言い過ぎただ。何がわりぃだ。
俺って奴は、本当に最低だな。
とは思うが、ミルクルさんにも嘘をついたという非もある。
ここは、どっちもどっち、ということで。
「ミルクルさんが嘘をついたってのは確かにあるが、あぁー、あれだ」
頰をかきながら、小さくなって俯いているミルクルさんに
「俺も言い過ぎた。言わなくていいことも言っちまった。ごめん」
そう言って頭を下げる。
「ミルクルさんも悪かった点もあるし、俺も悪かった。だから、これであいこってことで、どうだ?」
頭を下げ続けたままなので、ミルクルさんの表情は見れない。
俺の態度が急変したのだから、驚愕の表情を浮かべていることだろう。
自分がミルクルさんにあたっていると、途中で気づいたのだ。
引っ込みがつかなかったとはいえ、態度が変わるのは仕方がないだろう。
「許して、くれるの?」
「そもそも、そんなに怒る事でもなかったわけだからな。でも、ほんとに、今後そうゆう嘘はやめるって約束してくれよ?」
「う、うん。約束する」
「そっか。ならよかった」
コクコクと必死でうなづくので、「首取れる首取れる」と言いながら頭を掴んで止めてやった。
「はぁ〜、取り敢えずウィーアードんとこ戻りますかね〜」
頭をかきながら立ち上がる。
ギャラリーが増えてきたからな。
早めにこの場から退散したい。
「……………………ボソッ」
そんなことを考えていたせいで。
何かを呟いたミルクルさんの言葉を聞き逃してしまった。
「ん? ミルクルさん、なんか言った?」
「いんや、なぁ〜んにも?」
「そっか? んじゃ、早く行こうぜ」
「えぇ〜、私あの部屋より保健室の方がいいー」
ボソリと何かミルクルさんが呟いた気が来たんだが……
追求する気にもなれず、なぜ保健室の方がいいのか尋ねてみる。
「何故」
「話があるの。ボソボソ」
「……了解」
ミルクルさんは俺に少し近づくと、耳元で『転生した時の話』と囁いた。
そこにはリアルでの話も介入してくるので、ウィーアードはいない方がいいのだろう。
気兼ねなく話ができるからな。
「んじゃ、行きますかね」
「うん。疲れたしユベルちゃんもベットで休みたいでしょ?」
「気が利いてる、と言いたい気がするんだが……ミルクルさんは部屋の外にいてくれるともっと休めるんだけど?」
「それじゃ話できないでしょ!」
まぁそうなんだけどね。
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保健室に入ると、保険の先生がいた。
あぁ、放課後だからそりゃいるか。
「あら。見ない顔ね。転入生かしら」
うむ……なかなか。
なかなかに大胆な胸元や、色っぽい表情と目尻のほくろ。
足を組んでいるせいでむっちりとした太ももが強調されていて。
一言で表すなら、ボンッキュッボンッである。
まさしく保険の先生に成るべくして生まれて来たようなお人だな。
ふむ。
「どうも。いやぁ。とても綺麗なお姿に少々見惚れてしまいました。あぁ、失礼、申し遅れました。私はユベルと申します。急ですが今日はお暇でしょうか? もし時間が御座いましたら私とお茶でも…………」
すわっ! 敵襲かっ!
鋭い殺気が約二つ。
俺はダラダラと冷や汗で背中を濡らした。
「あ、いえ。こんな身なりですが取り敢えず少しの間ここの教師なので、同僚の先輩として、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします」
「声が震えてるわよ。モテる男は辛いわね。女の子を侍らせているなら、他の女性によそ見しないことね。いつか刺されるわよ」
「き、肝に命じておきます」
ふぅ。やれやれ。嵐は去ったか。
「いやぁ。美人さんとお話しできて俺は満足ぅぅぎゃぁい!」
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
まさにこのことであろう。
すっかり気を抜いて不用意な発言を繰り返し、隣のミルクルさんにとんでもない力で横っ腹をつねられ奇妙な叫び声をあげてしまった。
ふっ……いてぇよぉ。
睨もうと思った瞬間、ジト目でミルクルさんが俺を睨んでいることに気づき即刻目をそらすことを優先した。
「あなたがこの前噂になってた。へぇ。可愛い教師ちゃんだこと」
「あんまり舐めてると、痛い目見ますよ? お姉さん?」
『逃亡』を発動させ、AGIを底上げし保険の先生の目の前に移動する。
つぅ……と、保険の先生の顔に冷や汗が流れた。
「あら怖い。失礼な発言ごめんなさいね」
「お互い様ですよ」
「ピスケルさんからこの部屋使うってこと聞いてるから、使ってくれて大丈夫よ。保健室は別のところに作るらしいし。それじゃ、邪魔したくないし私は行くわ。ごゆっくり〜」
そう言って手を振ってくるので、反射的に手を振り返した。
「あ」
名前聞くの忘れた。
言葉にするとミルクルさんにまた殴られそうなので、喋らないようにする。
「それじゃ、ベットに腰掛けてゆっくりトークと洒落込みますか」
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うーっわー。
ないわー。あの子のあのプレシャーは可愛くなんかないわー。
ないない。マジでないですわー。
「面白い子が来たみたいでお姉さん嬉しいわ〜」
「お姉さん? はっはっはっ。アビリティで年齢訴訟しているおばはんが何いうてるか」
「ミキャス。いつからいたのかしら」
「ルリリのおばはんが例のユベルくんと話し始めたところからっすかねー」
いつの間にか現れた軽装に身を包み口元を隠した小柄の少女を見る。
つまり盗み聞きか。
相変わらずとはいえ、趣味が悪いわねー。
「なら声かけてくれればよかったのに」
「自分、不器用っすから」
見た目は可愛いのに。
こうゆう性格と喋り方のせいで台無し。
もっと可愛くすればいいのに。
「誰も年齢訴訟なんかしてないわよ人聞き悪いわね。ただアビリティで若さを保ってるだけ」
「騙してる時点で訴訟でしょうが」
「騙してませ〜ん。相手が勝手に勘違いするだけです〜」
「勘違いさせてるのは貴方っすよ。つまり、周り巡って、騙してると同義っす」
かぁ〜、ああ言えばこう言う。
ほんとに口がよく回るわよねぇこの忍者装束。
「そんなに深く考えないの。フケルわよ?」
「自分、まだまだピチピチっすから」
キラキラとした視線で、ドヤ顔が非常にイラっとくる。
「なによぅ。嫌味?」
「そう聞こえたなら、そうなんじゃないっすか? ルリリのおばはんの中では」
「おばはんっていうのやめなさいよ」
「そんなことより。ルリリのおばはんから見て、ユベルくんはどんな感じで?」
露骨に話逸らしにきたわね……別にいいけど。
「強いわ。それも、化物クラスね。隣にいた女の子も。強さが年齢と全く比例してないわ」
「つまり、自分と同類っすね?」
「あんたはただのロリ。二人は完全な子供。そう、子供の、筈なのよ」
全くもって得体が知れない。
あぁ、まったく。まったく。
なんて面白いのかしら。
「すごく、えぇ、すごく面白いわ。ねぇ、貴方もそう思うでしょ? ミキャス」
「……ルリリのおばはんがそうゆう人だから、自分も飽きねえっすよ」
「だからおばはんっていうのやめなさいよ」
さっきはわざと流してあげたのに。
なんでわざわざ自分からぶり返すかな。
やっぱどっか抜けてるわこの子。




