信じられないでしょうけど、天国みたいな地獄です!
最悪だ――――
俺は不覚にも、そう思ってしまった。
だって、相手は
「いっや〜。ユベル氏も隅におっけないでっすな〜。女の子を囲ってそりゃもう人生楽しそうだ〜うん羨ましいよ〜。なのになー、アオちゃんは可哀想だな〜。キャンディーちゃんにまで色目を使ったうえに、しかもその日の夜に他の女性とも。グフッ、グフフフフフッ。こんの〜女泣かせめ(笑)。このっこの〜。ねぇ今どんな気持ち! ねぇ今どんな気持ちぃ!?」
「こんな気持ちだよクソ野郎!」
机の上に置いてあった灰皿を素早く拾い上げウィーアードの後頭部へと全力で振り下ろす。
「……うわぁ」
《グロ……》
ふっ。むしゃくしゃしてやった。反省はしていない。もちろん後悔なんてあるはずもない。むしろ清々しい思いでいっぱいだ。ハレルヤを熱唱したい気分だぜ。
ぽたっ、ぽたっ。と、何とは言わないが地面を何かが濡らすのを無視して、ウィーアードの顔面をアイアンクローして持ち上げる。
ふむ。くたばったか。
ぷらーん。と力無く俺の思うままにぶら下がっているそれを放り投げた。
やれやれ。もう一度言おう。
最悪だ。
よりによってウィーアードに聞かれてしまっては。
さっきのように煽られて、俺の精神が抑えきれなくなってしまう!
くっ! 静まれ! 俺の右腕!
ガッと右腕を掴んだと同時、カラーンと軽い音がなり灰皿が落ちた。
「…………」
なんのことだ? オレハナニモシテイナイゼ?
「うん? きゃ、キャンディーちゃん?」
ふと俺の肩に違和感を感じ振り向くと、キャンディーちゃんがふくれっ面で俺の肩に乗っかっていた。
そして、俺が振り向くとその小さな可愛らしい手で必死にペチペチ叩いて来る。
ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ
なおも必死で叩いて何かを俺に伝えようとしている。のだが。
やばい……くすぐったくて、笑いそうだ……
だが笑ったら、何故だかわからないが、魔王様がこの場に誕生する気がする。
ダメだ……今笑ったら……
《キャンディーちゃんなんで怒ってるのー?》
そりゃあ…………俺がマスターを、ぶっ飛ばした、から?
そう思ったのだが、キャンディーちゃんはミドリに問いかけられた瞬間ピタリと叩くのをやめ。
しばらくの間口をふにゃふにゃさせオロオロした後、ふくれっ面でぷいっとそっぽを向いてしまった。
取り敢えずなでなでしておく。
あ、キャンディーちゃんが笑顔になった。
「喋れないのは不便だな」
《アオちゃんはまだ怒ってるし、ボクが教えるよ》
キャンディーちゃんは笑顔になったものの、はっと何かに気づくと急いで俺の指をぐいぐいと押す。
雰囲気的には『そうじゃないー! 私は怒ってるの!』みたいなのが想像できたのだが、いまいち伝わりづらい。
「ミドリはキャンディーちゃんの声がわかるのか」
《なんとなくねー、それよりマスター》
「うん?」
《アオちゃん放置しすぎじゃない? アオちゃんもう涙目だけど》
俺は零コンマ数秒もかくやという速度でアオの前でジャンピング土下座をした。
「まじごめんなさいでしたぁ! でも誤解なんです」
《ひっく……ましゅたあはぁ、ひっく、いっつも女の子ばっかり見ててぇ……へんたい。節操なし。スケベ。鈍感。すけこましぃ! 変態変態変態へんたあーい!》
「いや、俺そこまで変態じゃ……」
《うるさあい! ばかぁ!》
「はい! すみません!」
アオの涙ながらの訴えに俺は一生抗える気がしない。
俺もしかして、女の子の泣き落としに弱いタイプなのだろうか?
「ユベルちゃん……涙一つで冷静さ失うから、童貞」
「あんたそのセリフパクリだろ! 絶対パクリだろ! やめろよ! それと童貞じゃありません〜。経験ありますぅ〜」
「はぁ! 何処でよ! ぶっ殺してやるわ!」
「誰を! ねぇそれ誰を!」
不穏な言葉だよそれ! もしかしてぶっ殺されるの俺なの。ねぇ俺なの!?
《どう……てい?》
《なにそれ?》
「あぁ、お前らは知らないでいいことだよ」
まだまだ二人にはピュアでいて欲しいからね。
「エッチなことしたことない人を童貞っていうのよ。そうじゃないってことはつまり、そういうことよ……」
「おいちょっと待とうか。なに言っちゃってんの?」
ピュアでいて欲しいって言ってんだろうが。オイ。マジでフザケンナヨ。
どうすんだよ。この部屋めちゃくちゃ寒いんだけど。
ミドリは放心
キャンディーちゃんは笑顔のまま凍りつき
アオなんて捕食者モードだ
「ねぇ、ユベルちゃん?」
「ひゃ、ひゃい!」
ろれつが回らない。
何故かって? ミルクルさんが怖いからだ!
にっこり。まさに一点の曇りもない、文句のつけようのない『貼り付けた』笑み。
目元に影が差し、それはもう、大変お恐ろしゅうございます。
そして、一歩、また一歩とその笑顔のまま俺に近づいてくるのだ。
ミドリは、さぁー……と砂になっていくし。
キャンディーちゃんは、いつの間にか『魔王化』し、前髪で顔を隠しながらにじり寄ってきている。
アオさんは、その、確認したくもない。見たら多分俺、死ぬ。
「慎重に答えて欲しいの。ほら、ちょっとお茶目さんなところを見せてくれるのもいいけど……ちょっと手加減できそうにな」
「嘘! 嘘です! ごめんなさい見栄張りましたぁ! だってしょうがないじゃん! 男の子だもの! それぐらいの見栄はるよ!」
なんでアオの誤解を解きにきたのに、女性陣全員に土下座しなきゃならんくなったのだろう。
だが、理屈よりも体が先に動いていた。
本能が叫ぶのだ『土下座せよ!』と。
初めての経験である。
《ほんとう?》
その場の空気がぶっ壊れるレベルで安定地に戻った。
まさしく、地獄が一瞬で天国に変化したが如く。
その、0から百万億へなどの超級転換がもし、地球上で行われていたら、多分、天変地異が起きてる。
それぐらいオンオフが激しかった。
「マジでマジで。あぁ、言ってて涙出てきた……」
《よかったぁ〜》
「なにが! ねぇ! なにが!」
人の童貞を心から喜んでるよこの人達。なんて奴らだ。
はっはぁ〜ん。泣かせたいんだな!
「はぁ……」
《ますたー》
「な、なんでしょう……」
《取り敢えず、怒り続けるのも疲れるし、怒り続けてると、ますたーが、可哀想だし、別に構ってもらえなくて寂しかったわけじゃないけど、だから、少しだけ話聞いてあげる》
「お、おぉ。ありがとう」
はぁー。なんだかんだでアオもわかってくれたみたいだ。
死ぬ思いをしたが、アオが機嫌を直してくれたなら、べつにいっか。
《あ、でも、その前に一言》
ぴょこん! と俺の肩に飛び乗り(キャンディーちゃんは飛行でアオちゃんの突進を回避)、そしてフードの方へと移動する。
その際、アオが俺の耳元付近を通った際。
「………………ばか」
耳元で、ほんのかすかに、『声』が、聞こえた気がした。
--- --- --- ---
「………と、ゆうわけで、誤解だったんだよアオ。いい加減信じてくれよ」
《ぶぅ……手ぇ握ってた》
「それは、その、なんとなくで」
《ふぅーーーん。なんとなく。なんとなくで手を握っちゃうんだー。ふぅーーーーーん》
怒れるアオちゃんは怖いなぁ……
《まぁまぁ。それぐらいにしてあげなよアオちゃん》
《ミドリちゃんはいいの〜? それで》
《マスターってそうゆう人だもん。しょうがないよ》
ちょっとミドリさん。フォローしてるの、乏しめてんの? どっち?
「ユベルさんは、少し節度を持つべきだと思いますよ」
「か、返す言葉もない」
ぷんぷんと、ほおを膨らまし俺を叱るキャンディーちゃん。
魔王化しているおかげで会話が可能だ。
つい女性を見るとナンパしようとするこのクセ。どうにかせんとなぁ。
「ま、まぁ、相手をちゃんと褒めてあげるというのは、悪いことではないですしね。ちゃんと節度を持つなら、その、ちゃんと相手の変化にも気づいてあげてですね」
「あぁ、キャンディーちゃん可愛い髪飾りつけてるね。似合ってるよ。白いワンピースもいいけど、妖精状態の時のドレスとかにも合うかも」
「え、えへへ。そうですか?」
ぽんぽんとキャンディーちゃんの頭を撫でる。
素直に照れるこの小さな女の子が、あの無限のお菓子工場を創り出したお菓子の魔王とは、到底思えないものだ。
《いくらキャンディーちゃんでも、ますたーはあげないからね!》
「う……うん。わかってるよ」
《あ、あわわわ。そんな落ち込まないで。ごめんね。しょ、しょうがない。ちょっとますたーあげるから元気出して》
「ほんとう!」
俺は食用肉かなにかか?
ぐきゅう〜〜
「あ」
肉のことを考えたそばからこれだよ。
誰のともわからぬ腹の虫の雄叫びが部屋中に響き渡った。
「はははっ。朝飯食ってなかったもんな。そんじゃ取り敢えず、飯にしようぜ」
「はーーいママーー! 私大・復・活! 今日の献立はナニー? 私特に嫌いなものはございませんよー? ユベル氏は嫌いなものとかありますか? ダメですよ、ちゃんと我慢して食べなきゃ」
「誰がママだ。あぁ、俺お前のこと嫌いだから我慢して食べてやろう」
「え?」
「ほら、ダメなんだろ? 嫌いな物も我慢して食べなきゃいけないんだろ? ほら肉を差し出せよ。オラ」
「まさかユベル氏に食人の気があったとは。 いや〜、でも私のんけですし〜。あ、のんきじゃないですよ? のんけですよ?」
《おじさんにますたーはあげないよ!》
アオが何やらウィーアードの顔面を押して俺から遠ざけようとする。
こらこら。そんなばっちいものに触っちゃいけません。ぽいしなさい。
「さてと、バカやってないで何しようかな」
チャーハンはさすがにな……調理室で物は借りるとして。
「おいウィーアード。調理室にケチャップ、トマトのソースはあるか?」
「ありますよ。ま、食べ物の味付けするものは名前からして少ないですがね」
「……それは調味料じゃねぇ。超微量だ」
「ナイスツッコミー!」
「失せろ」
では、チャレンジ企画。
オムライスを作って見るか。
「あ」
いざ、調理場へ。と足を運ぼうとして、はたと気づき後ろを振り返る。
その視線の先には
「な、なによ」
ミルクルさんがいた。
そう。俺と同じ異世界人で、しかも女性の、ミルクルさんが!
「ミルクルさん。もしかして、料理できる?」
「できない」
はっ。そうだった。彼女は女性であって女性でない。
彼女に女の子らしさを求めた俺が悪かった。
彼女に料理? 彼女に似合う言葉は料理なんかではなく、それは錬金術か何かであろう。
部屋全体が紫色の蒸気で包まれ、中をかき混ぜるグツグツ煮える鍋の中には混沌としたダークマターなどなど、容易に想像できる。
「バカにしやがってええええ!」
「してないしてない! いやあーー! 首がー! もげるー!」
な、なんでわかったんだこの女!
『読心』アビリティを覚えたのか……ま、彼女結婚できなさそうだし『独身』を獲得したならわかるよ。
俺を絞める力が強まった。
首が背中の方を向きそうだ。
く、くそぅ……せめて、もっとミルクルさんに胸が、あれば……堪能できたものを
まだ成長を遂げてないのだろうか。縮む前もまな板だった気もするが。
「ぐっ……は、あばらが……あばらが」
「ッ!! ぺったんこで……」
あ! やべ口に出た!
謝らないと! 謝らないと! あぁ、声が出ねぇ!
「悪かったなあ! それと、まだ成長するわ!」
ゴキィ。
俺の意識は真っ暗にブラックアウトした。




