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信じられないでしょうけど、本当に何もしていないんです!

「んー……はぁ。さて、今日もいい天気だ」


カーテンをシャッと音をあげるように勢いをつけて剥ぎ取ると、窓から清々しい黄金色の光が部屋に差し込んでくる。

起きたての気だるげな感覚が少しづつ遠のいていく感覚が何処か心地いい。

背伸びをし、窓の前で軽くストレッチをする。


「ふぅ」

「……ん……んぅ」


深呼吸をしたところで、女の子の声が密かに俺の耳に届いた。

直接脳に流れ込んでくる声出ないところからして、十中八九


「ミルクルさん。起きたか。おはよ……」


振り向き朝の挨拶をしようと思ったのだが、あいにく彼女はまだ夢の中であった。

まぁ、疲れただろうし(俺も疲れた。主にミルクルさんのせいで)、ゆっくり寝かせてあげるのもいいだろ。


「う……うぅん……」


またも彼女は未だ夢の中にいながら唸り声をあげる。

そして寝返りをうった。

その彼女の表情を見て、俺は、心の臓が掴まれたかのような感覚に陥った。


その表情はとても、苦々しくて、 震えていて、今にも泣き出しそうな、悲しそうな顔だった。


「みん……な…………どこ……? 独りは……独りは、ヤダよ……。みんな…………ヤダ……もう……マニちゃ……ん。ノーズちゃん……ユベル……ちゃん……」


彼女は、俺の想像を上回るレベルで疲れきっていたのだ。

そりゃそうである。考えてみればすぐにわかることだ。

女性が独り、アイテムも、装備も、可愛がっていたテイムエネミー達すら剥奪され。

持っているものは自分の身一つ。気の休まらない、戦いの世界。安心を与えてくれるエネミーは、一人もいない。


そんな状況に陥って、それでも自分を保てる奴はそういない。

俺だって、アオとすぐに合わなかったら、どうなっていたか。


「ミルクルさん……」


このままずっといるという確証はない。

だからこの場で動いていいものか、一瞬躊躇う。


しかし、涙を流す彼女をそのままにしておくわけにもいかないじゃないか。

何処か諦めがちにすっと彼女のベットの脇に腰を下ろし、彼女の目元の雫をぬぐい、そっと彼女の手を握った。


「もう独りじゃねぇよ。俺がいる」


きゅっと、握った手の力が強まった。

彼女の表情が、安らかなものとなり、小さく口角が上がった気がした。


「ふぅ……やれやれ」

《マスター?》

「え?」


ふと俺のベットに目をやると、そこには。

なんの気配も感じさせない青色のスライムちゃんがおり。

無感情の声で俺に語りかけてきていた。


《なに、してるの?》

「え? いや、これは」


アオの言葉が、怖い……

だがふむ。この状況。少し考えてみようか。

寝ている女の子のベットに腰を下ろし、その手を優しく握る男。

ふむ。少し危ないかもしれない。

この場合、寝ているがネックだ。寝ていて抵抗できないという事実があるため、誤解が生じる。


そんな風に思考にふけり、黙ってしまった俺を見てなにを思ったか。

急にぷるぷると震え出し、その震えは少しづつ大きくなっていく。


《や、やっぱりぃ……そ、そそ、そうなんだねぇ》

(なにが!?)

《ますたーの……ますたーのぉ……》


いかん! これは危うい前兆だ!

急いで何か声をかけようと思ったが、一足アオの方が早かった。


《ばかああああああああああああああああああーーー!!》

「ぐふっ!」


シュパーっと、アオはものすごい速度で保健室を出て行ってしまう。

俺ときたら、耳の鼓膜が破れるかと思うほどの衝撃のせいで、すぐにアオを追いかけることができなかった。


「んぁ……あぁ、おはよ〜、ユベルちゃ〜ん」


そして悲劇は連鎖する。


「って! な、なにこの状況! え? えぇ? ユ、ユベルちゃん、ど、どうしたの? そ、その、て、てて、手も。えぇぇ? その、急にっていうか、少し早いっていうか、その、心の、その、準備とか…………ゴニョゴニョ」


なに普通に照れてんだ!

え? 嘘でしょ。

不覚にも、あの、俺に女性恐怖症を叩き込み、それ以降なんとも思わなかった彼女のことを。


可愛いと思ってしまった。


いつものあの変態は鳴りを潜め、頰を真っ赤に染め、口をキュッと一文字に結び、恥ずかしそうにこちらを見上げながら、それでもその潤んだ瞳で目をそらさずに俺をじっと見つめてくる。


やばい……なんだこれ、なんだこれ。

言い訳が思いつかない。なんて言えばいい。

正直にミルクルさんがうなされていたから、と言うのは愚策だ。

だが、それ以外のうまい言い訳が思いつかない。


「ええっと……、起こそうと思って?」


だから、非常に苦しい文章が飛び出してしまった。

起こすために手を握るか? ベットに腰掛ける必要あるか? しかも最後は自信なくて疑問形。

嘘をつくならせめて突き通せよ……


「そ、そう。そうなんだ。なんだ……ちぇ」


だがミルクルさんも動揺していたせいか、なんの疑問もなく俺の言葉を信じてくれたようだ。

いやー、危ない危ない。一件落着っと。


《マスター。なにやってるの?》


もうやだこの流れ!


--- --- --- ---


その後。

死んだ目(目はない)で、こちらもまた無感情なミドリを、アオの二の舞にならぬよう必死で説得し。

その途中で、何故かミルクルさんが臍を曲げ、きゃんきゃん喚きながら俺に関節をかけ。

それを見たミドリが涙交じりに俺に訴え。

俺はとりあえず、いい天気のいい日の始まりに、自らの不運を呪った。


「で? アオちゃんはどこ行ったの?」

「わからん。直ぐに探しにいかないと」


こんな朝っぱらから学校に来ているような殊勝な心がけの生徒はそうそういないだろうし。

生徒の誰かに持ち去られるようなことはないだろう。そもそもアオを持ち去れるような強さを持った生徒すらいないだろう。

問題は先生共だ。ウィーアードとかに見つかったら最悪だ。

一体なにをやられるか、想像したくもない。


「探しに、ね。随分あの子のことが大事なのね」

「当たり前だ。そんなことミルクルさんならわかるだろ?」

「わからないでもないんだけどね。ね、ユベルちゃん」

「なに」


俺がスライムを大切にするなんて今更だ。

好きなんだから当然だろう。


「ゴールドちゃんは、何処?」


ズキリと胸が痛んだ。

反射的に怒鳴ろうとして、ミルクルさんの懇願するような表情を見て止まった。

彼女は、わかっているんだ。

それでも、望みたいんだ。わかる。わかってる。

彼女は何も考えないで言っているわけじゃない。

わかったうえで、それでも、『何処かにいるんじゃないか』って、思いたいんだ。


「……いないよ。あの日、いなくなっちまった」

「……そっか。ごめん」

「ミルクルさんも、なんだろ」

「……うん」


クリケット

彼女がテイムしていた、ケットシーの名前だ。

ケットシーの特性、いや、クリケットの特別スペシャルアビリティと、彼女の特別スペシャルアビリティは、それはもう、チート並の強さだった。

ランキングは常に上位。ただ、殆ど対人特化のため、討伐イベント系のランキングは下の方だ。

だが、クリケットはもういない。

そして相棒を失ったミルクルさんもまた、当時『平和主義という理不尽(バッドイコール)』と呼ばれたミルクルさんは、もういない。


片翼を失った鳥は、飛べないのだ。


「やっぱり、辛いね」

「当たり前だろ」

「ユベルちゃんは冷たいなぁ。だが、それもいい!」

「マゾかよ……。まぁなんだ、その」

「?」


いつもならそのまま罵倒して終わりなのだが。

今朝のあの一件があったせいか、すっと続きの言葉が抜け出た。


「元気出せよ」


ぽん、と。

ミルクルさんの頭に手を置いて、ぽんぽんと何度か叩く。

同じ背丈だからちょっとカッコつかないし、なんでこんなことをしたのか自分でもわからない。

だが


「うん」


作ったものではない、ミルクルさんの自然の笑顔を引きずり出せた。

ただそれだけで、自分のやったことが正しいことなのだと理解できたのだ。


「クリケットさん第二号をテイムしに行くのも悪くないかもな」

「私エネミー相手だと無力なんだけど……」

「エネミーバトルをエネミーにやらせてるからそうなるんだ。そんなんだからエネミーをテイムするのに苦労するんだよ。まったく。前のデータだって、最初にテイムしたケットシーであるクリケット以外、使えるエネミー一体もいなかったじゃねぇか。バトルはクリケットにやらせるし、対人戦はミルクルさんが出来るにしても、エネミー相手じゃ無力って流石に偏りすぎだ。テイマーがテイムできないとかどんな雑魚職だよ。しかも、一体テイムするのにミルクルさん何回死ぬ? 最も少なくて十回は死に戻りするだろ。こっちじゃそんなのは通用しないぞ。死んだことがないから確証はないが、ここまでリアルなら多分死んだら……」

「ぐわーーーー! 相変わらずユベルちゃんの説教長いワァー! しょうがないじゃん! 発現したスキルだってそうゆうのばっかなんだし。だから私まだ一体もエネミー、テイムできてないんだよぉ〜!」


自業自得、と言いたいところだが。

俺の特別スペシャルはスライムを強くするものであるが、彼女の特別スペシャルはそういう系ではないし、こっちでは俺のように有効活用はできないだろう。

あくまで性能の違いだ。そんな理不尽なことで、自業自得というのはどうだろう。

仕方がないことだ。自分ではどうしようもないことなのだから。


「今度、テイムするの手伝うよ」

「本当! やっぱユベルちゃんは優しいわぁ〜。初めて会った時も狩りに誘ってくれたっけ?」

「うぐぅ……」


と、トラウマが……


「ま、まぁ、その話は今はやめとこうか。さて、『探知』発ど……」


バゴォォォォオオン!


「……は?」


スキルを発動させようとした瞬間、俺たちの歩いていた廊下の前方、ちょうど曲がり角になるところの壁が突如爆音を上げながら消し飛んだ。


「ミドリ!」

《うん!》


ミドリが即座に『捕食』のアビリティを発動し飛んでくる岩を捕食。


「ミルクルさん! 伏せろ!」


俺はミルクルさんを地面に強引に押し倒し、庇う形で前に立ち盾になる。

派手な土煙で見えづらいがパラパラと石が落ちる音とともに、ヒュンヒュンと次々岩の塊が吹っ飛んでくる。


「やりすぎだ!」

「おかしいだろ! なんなんだよお前のアビリティ!」

「おい、誰かいるぞ!」

「早く逃げないと!」

「馬鹿野郎! 逃げきれる訳ないだろ! 謝るんだよ!」

「でも! あ、ちょっと!」


土煙の奥には何人もの人がいるらしい。騒がしいものだ。

だが、そんなことを気にしている暇はない。『探知』を発動し飛んでくる岩を対処する。


「よっと」


ぱしっと右手でキャッチ。


「ほっ」


ぱしっと左手でキャッチ。

そして、キャッチしたものを落とす暇なくもう一個石が吹っ飛んでくる。


「よいしょお!」


顔で受ける形で首を動かし、目を強く閉じ衝撃に耐える。

ぱきょ。

乾いた音を上げ、粉々になったのは石の方だった。


…………


「始めっからこうしときゃよかった」


俺の体で受ければ万事解決じゃね?


「まぁいいや。たっく危ねぇな。なんだぁ? 教師か?」


この時間帯だからまだいいとして、生徒が廊下を歩いてでもいたら大惨事だ。

気をつけるように注意ぐらいはしねぇと。


「すみませーん! 大丈夫ですかー!」

「大丈夫じゃねえよクソッタレ! いってぇなぁ! 何のつもりだ! ぶっ飛ばすぞ!」


土煙の中から出てきたのは、三人の男子と二人の女子だった。

見た目からして生徒だろう。

どうやらこんな時間に来るほどの殊勝な心がけのやつはいたようだ。

だが、それはそれ。これはこれである。

本当は全然痛くないが、相手が生徒ならこうゆう時、相手を傷つけてしまったという自責の念は結構心に残る。

それを利用させてもらおう。


「ご、ごめん。こんな時間に他の生徒がいるなんて知らなくて」

「はぁ?」


あぁこいつらもしかして、俺たちのこと生徒だと思ってんのか。

ま、見た目的には完全に六歳だから、そうにしか見えないんだろうけどな。


「どこか怪我したか! ごめんな! 直ぐに治療するから! メリッサ!」

「う、うん!」


あー、頭にキンキンするからそんなに喚くな!

パニック起こしてるみたいだな。

大方、発現したてのアビリティを試してみて、暴発でもしたか?

はあ……たく。



「来るな」



ドンっと、少し強めに殺気を放つと、廊下の空気が完全に凍りついた。

少年少女たちはその場に立ち尽くし、ガタガタと震えている。

ちょっと手荒すぎるだろうが、パニックを治すにはこれが一番手っ取り早い。


「解除」


少年少女たちは揃って膝や尻餅をつき、だらだらと冷や汗をかきながら過呼吸になっている。


「ユベルちゃん」

《マスター》

「はい……」


「《やりすぎ》」

「……すみません」


さすがにこの状況を見ると自分がやりすぎたことくらいわかる。

二人の言葉には、謝ることくらいしかできない。


「おい、お前ら」

「「「「「はい!」」」」」

「お前らには言いたいことと聞きたいこと、色々あるんだが、取り敢えず今俺たちは非常に急いでいる。後で呼び出すからな」


五人組はお互いに向き合い、震えながらも何かを決心したかのようにうなづきあっていた。


「「「「「わかりました」」」」」


全く面倒臭い。

本来ならこの場で懇々と説教をしてやりたいところだが、今は緊急事態だ。

まぁ、呼び出すとか言ってるけど、反省してるみたいだし、放置でもいいかな。


「よし。ミルクルさん。ミドリ。行こう」

「居場所はわかったの?」

「『探知』でバッチリだ」


アオは拗ねると長いからなぁ。

廊下を走りながらどうやって宥めたもんかと考える。


《飴を上げれば機嫌直すと思う!》


自信満々に言うミドリ。

うん。それは君がやってくれて嬉しいことだよね。

ミドリが拗ねた時に使わせてもらうとしよう。


「てゆうか。アオちゃんどうして拗ねちゃったの?」

「……さ、さあ〜」


ミルクルさんの手を握ってたらブチギレた。以上である。

俺とミルクルさんが仲良くしてたから怒ったのだろう。

そこまでミルクルさんのことが嫌いなのだろうか。

まぁ昨日の一件もあるし、ミルクルさんが苦手になってしまったのかもしれない。


でもそんなことを言ったらミルクルさん、俺のせいじゃないのにどうせ騒ぎながら俺に攻撃して来るんだ。

言えるはずがない。

俺は少し青くなりながらシラを切ったのだった。


--- --- --- ---


「さてっと……」

「さっきからユベルちゃん変よ? さっさと行けばいいのに」

「わ、わかってるよ」


木製の扉の前で腕を組みながら延々うろちょろしていれば、まぁそう言われるのもわかるんだが。

でも、この扉の先でアオがまだ怒ってたら、どうすればいいかシュミレーションしているのだ。

そこんとこをわかってほしい。

繊細な男心というやつを。


「ごくっ」


本当に緊張した時、唾を飲み込む音が聞こえるのだという。

そんなどうでもいいことを考えながら押す形式の木製扉を押し開け。


「――――ッ」


俺は言葉が詰まった。


そこには、プンプンといった様子のアオ――――――と。

ジトォと、お菓子でできたミニチュアの家からこちらを覗き込む可愛らしいお菓子の妖精。

ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべるびっくり回避人間が。


そう、何やらすげー不機嫌なキャンディーちゃんと、何やらすんげー楽しそうなウィーアードがいたのだった。

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