信じられないでしょうけど、お別れの嘘です!
「物心ついた時には草原の中で一人で、たった一人で生きてきたので両親の顔すら知らない。時が経ち生活がそれなりに安定したので、自由気ままにテイマーとして生きていたのだが。ある日突然自分の叔父を名乗る男に出会い、少なくなくぶつかりあい、そして今、ここに来た。と」
「そんな子供いませんよ……」
無事ゼウス入国が完了した俺たちは、馬車に揺られながら王都の広い道を進んでいた。
やっと作れた身分証を手に、そんな会話をする。
嘘は言ってない。
ここで意識を取り戻したのは草原の中であるし。
こっちの両親とかいるのかすらわからんので、もちろん顔なんて知らない。
全部没収されちまって最初は金に困ったけど、しばらくして金は集まって生活は安定して。
自由気ままのスライムとの旅をしようと思っていた。
そこでウィーアードと会って、なんやかんやあってここに来た。
ほら、ぜーんぶ本当のことだろう?
どこに嘘が介入していると言うのだね。
初めて聞く奴がどう受け止めるかなんて、そんなこと俺は知らんよ。
とは言え、元々の設定に『ウィーアードの甥』などという新設定をぶち込んでくれたせいで所々に綻びがあった。
「出会ったって、昔からの顔見知りではないのかい? さっきウィーアードさんが仕置きとかなんとかって」
こんな質問が帰って来た時はかなり焦ったね。
「さぁ、覚えてないよ。そんな些細なこと。その時は、生きるのに必死だったから」
「………………そうか、大変だったねぇ……」
本当だよ。金は死活問題だからな。
あんときゃ必死だった。
もしかしたらどっかで会ったかもしれないけど、そんな些細なこと覚えているわけがない。
嘘は言ってない。
なかなかのベストアンサーでは?
「それで通るんだからすごいですね」
「あながち嘘でもないんだぞ?」
「え?」
「え?」
変な静寂ができてしまった。
流石のウィーアードも、あながち嘘でもないと言われれば、さっきの話だ。動揺ぐらいは……
「まさか……本当に私の甥?」
「なわけねぇだろ!」
そこだけはガチの大嘘だよ!
「あぁ、そうだったんですね。あー、ビックリした」
「そのことにびっくりするお前に俺は驚きだよ」
そもそも甥ってお前が作った設定だよね。
「一周回って面白くなって来たわ。お前の頭本当にボケてんの?」
「面白い! 私のボケが!」
「喜ぶんじゃねぇ嫌みだ!」
変な奴はどこにいてもとことん変な奴である。
こいつが一学校を収める男なのだと思うと、その学校が心配でならない。
健全な学校だろうな……色々ブラックじゃないよな。
まぁ入るつもりはないんだけどもね。
ほら別の意味で健全じゃないなら俺は是非学校に入って
「おーけー、悪かった。俺が全面的に悪い、謝るから怒りを鎮めてくれマイスイートハニー」
《……》
《ずるいなー。アオちゃんばっかり。ボクは?》
「え? ……ま、マイスイートハニー?」
《へー。マイスイートハニーは二人いるんだー。へー》
あ、アオさん?
言葉に棘があるよ?
ぼ、暴力に頼るのは良くない。
話し合おうよ。ね? きっと分かり合える。
《これじゃマイスイートハニーが何人いるんだろうねー。わからないなー》
「ミドリまで……そんなにいたらどれだけ幸せか……」
《ん?》
「なんでもないです。ごめんなさい」
くっ。ここは馬車の上……
退路は絶たれている。とゆうか、元より俺に退路などない。
「こうなったら、ウィーアードを潰して馬車を止めてでも」
「あれ! 飛び火しましたよ! 私関係ないのに!」
やかましいわ! ちったぁ役に立ちやがれ。
このままでは、アオにガブられミドリにこんこんと説教される未来が回避できない。
くっ……どうする……考えろ。
いつもなら早々に諦めるところだが、今は設定云々のために頭をフル回転させドーパミンが大両分泌されているはずなのだ。
きっと、できる。
そうだろ! 諦めるな! 可能性を探せ!
頭をいつもの数倍早く回転させ、流れる汗は地面を打ち、スローモーションのように感じられる空間の中で視線を縦横無尽に振り分ける。
そして、俺の目に希望が入った。
俺の目の前には、荷物の隙間からおずおずとこちらの様子を伺っているキャンディーちゃんがいた。
ちょっと子供っぽくて天然なところもあるが、16歳と年上のお姉さんで、アオやミドリと仲がいい彼女なら、きっと荒ぶる彼女達を止めてくれる。
「きゃ、キャンデーちゃん」
「!」
助けを求めようと名前を呼んだ。
アオとミドリの視線がぐるんとキャンディーちゃんに向けられる。
キャンディーちゃんはしばし俺と見つめあった後。
ぽっと顔を赤らめ、小さな両手で頰を抑えながらそっぽを向いた。
「……あ」
キャンディーーーーーーーちゃーーーーーーん!
終わった。
複数の意味で、今、終わった。
まだあの時諦めていた方がマシだったかもしれない。
そう思えてしまうプレッシャーが、機械のようにギギギとこちらを振り向くスライムちゃんから放たれている。
《へー。キャンディちゃんも、ね。へー》
「誤解だ! 事実無根だ! 弁護士を呼んでくれ!」
「ジャッチ! 被告ユベル。ギルティ!」
「ウィーアード! 貴っ様ぁぁぁぁぁ!」
ここに俺の味方はいないのか!
「だ、だってさ。可愛い女の子とか、ほら、想像しちゃうじゃん? その子がさ、なんだ、好きですなんてさ、男の子の妄想のテンプレじゃん? 特にここ、日本ならいざ知らず異世界ですよ? 夢も見るじゃん。だって異世界だもの。ゲームの時みたいな紛い物じゃない、本物の! ケモミミとか、ポニテとか、巫女服とか……」
「言い残すことは?」
「ウィーアード。てめえはこの手でぶち殺す」
「えぇ! 私!」
だってアオとかもう話聞いてないんだもん。
それと、さっきからくだらんことで介入して来やがって。
夜道と背後には気をつけろよ?
「待った待った待った待った! ぐおおおおおおおお! 噛まないで噛まないでいたたたたたた!」
ぎゃああああ! ミドリ笑ってないで助けて!
あ、コラ、大爆笑ですよこの人。
人が痛がってんのになんてことを。
俺に似ていい性格してるよ全く!
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「着きましたよ」
「何処に?」
「ヤダナァ。由緒正きテイマー達の学校。アダマス従魔士学校です!」
「あーそー。んじゃここまでだな。お疲れさん。んじゃな」
ほれ。アオ、ミドリ。行くぞ。
アオは右肩に乗り、ミドリは頭の上に乗った。
「ちょっと待ってください! 本当に行ってしまうのですか?」
「最初からそう言ってるだろ? 何度言わすんだよ」
「いや、ここまで来てくれたから、なんだかんだで入ってくれるのカナー、なんて」
はぁ……
本当に話を繰り返すのが好きだねぇお前。
それとも、俺の話を聞いていないのか?
後者だとしたらお前らしいとは思うけど、純粋にムカつくはムカつくんだよな。
だから、態度もだんだん悪くなるのかもしれない。
それとも、【 嫌われ者 】の効果だろうか。
「30年も生きて来て、何甘ったれたこと言ってんだお前。お前の勝手な希望的観測に基づいた思い込みなんぞに巻き込むな。不愉快だ」
「………………ですよね」
チッ……なんだよ。
なんか言えよ。ふざけておちゃらけて、お前らしく言い返してみろよ。
なんで何も言わねぇんだよ。
何がですよねだ。お前はそんなしおらしい奴だったのかよ。
調子狂うな。
ふざけんなマジで。なんなんだよお前はよぉ。
「……行こう」
なんかもやもやするが、行ってしまえばどうってことないだろう。
ちらりと視線を向けると、小さく手を挙げかけ、そして下ろしているウィーアードが見えた。
お前の性格。本当にわかんねぇ。
図々しく。相手のことなんて考えずにズカズカ踏み込んで行くタイプなんだろ?
俺に遠慮して、伸ばそうとした手を下ろすやつなんかじゃないだろう。
お前だったら、全速力で気持ち悪いポーズを取りながら俺の前に立って、「だが回り込まれてしまった。ウィーアードさんからは逃げられない」とかやってふざけるだろ。
「チッ」
俺もこんな性格じゃないだろう。
本当だったら、もっとふざけてるはずなんだ。
『逃げられない』ネタが思いつくくらいには、おちゃらけてるはずなのに。
クッソ。気持ちが悪い。
もういい。さっさと行――――
「……ミドリ?」
《ダメだよ》
いきなり頭の上からポフポフされて、声をかけるとそんな言葉が返って来た。
「ダメって」
《意味のある嘘をつくなら別にいいよ。誰も不幸にならない嘘なら、それが悪いものだなんて思わない。ますたーこの前言ってたよね。嘘自体は悪いことじゃない、悪いのは、嘘をつく『ことで誰かを不幸にさせる』ことだって。ますたーの今自分についてる嘘は、本当に誰も不幸にならない?》
頭の中に、ミドリが喋れるようになって数日後の出来事を思い出す。
確かに、言った。
『皆んなさ。言うんだよ。『嘘はいけないよ』ってさ。でも俺自身、『嘘自体』は悪いことじゃないんだと思ってるんだ。人を幸せにする嘘だっていくらでもある。なのに嘘を全否定ってのはやっぱおかしいだろ? 悪いのは、『嘘をつく事』であって、それで誰かを『貶める・悲しませる・苦しめる』という事柄自体だと思う。簡単にまとめると、嘘をつく事が悪いんじゃない。嘘をついて相手を悲しませるというこの自体が悪いのだ、とこういう事だ。他人を不幸にさせてまでつく嘘を、人それぞれだとは思うが、俺は嫌いなんだよな』
「誰かが不幸になる嘘、ね」
俺の行動は嘘なのだろうか。
本心ではこの学校に入りたいと思っているのか?
いや、そんなはずはないんだが。
「ミドリからだと、どう見える?」
《ますたーはきっと後悔する》
そっか。でも、確かにもやもやするんだけど、自覚がないんだ。
一体俺は何を後悔するんだ?
《だってますたー。ウィーアードさんのこと好きだもん》
「ブフォ!」
はぁ!
「BLは勘弁してください!」
《そ、そうじゃないよ! 友達として! 友達になれたらっていう気持ちがますたーにはあるはずなんだよ。なのにここでこんな別れ方したら、絶対後悔する》
あぁ、そういうことね。
てっきりミドリが腐の道に進んでしまったのかと。全く脅かすな。
そんで、友達か。
《ウィーアードさんがどうかはよくわからないけど、多分、ますたーと友達になりたいって思ってるからこそ、呼び止められないんだと思うよ?》
「どういうことだ」
《だって拒絶されるのが怖いから》
俺の違和感って、まさかそういうことか?
あくまで憶測に過ぎないが、最初はどう思われようがいいからこそあんなにズカズカ自分を出せたが、今は友達になりたいから、でも嫌われるのが怖いから自分が出せないと?
それにしても、俺がこいつを友達ねぇ。
信用すらできない相手を友達とは、なんとも歪だなおい。
……まぁいいや。
確かに何かモヤモヤは残ってるんだ。
そんなものが残ったまま、気持ち悪いままにしておくなんて俺らしくはない。
でも自分でもわからないんだ。
なら
俺のことをよく見てくれている天使の言葉を信じてみたって、いいんじゃないか?
「おい。ウィーアード」
「な、なにかなボーイ」
だがなんと言おう。
そうだな……これがいい。
「この学校で一番強い奴を今すぐ連れてこい。俺に勝てたら、俺がこの学校に入学してやる」
「…………………二言はないですね?」
「あぁ」
これは挑戦状だ。
そして、確認でもある。
「ワカリマシタ! そして! 連れて来る必要はありませんよー! この学院を取り締まり、その全てを握る最強の男、私、このウィーアード。どこからでも受けて立ちましょう」
本気ならば、受けると思った。
自分の寿命を削ってでも戦うか否か。
その確認に、こいつは戦うと言った。
ならば俺も全力でやるべし。
「ルールは、マスター介入あり・エネミー交代制なしのPVP。使用するエネミーは一体。賭け金は上限なし。アビリティの使用は可。アイテムの使用は不可。これでどうだ」
「いいでしょう。場所は学校の特訓練場で良いとして、私が負けたら?」
おっと考えてなかったな。
「普通に俺はこの学校に入学しない」
わけのわからんアビリティを持っている相手。
確かに戦ってみたい。
久々の、強敵との戦いだ。どれだけレベルアップできるかな。
「のと、あとお前の全財産よこせ。あ、俺も悪魔じゃないから、もちろん金だけでいいよ」
全財産とか言って、地位とか渡されても扱いに困るしな。
「覚悟はいいですね? 私は、控えめに言って悪魔ですよ?」
「売れない漫才師の間違いだろ」
軽口を叩きながら、俺は学校の門をくぐった。




