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信じられないでしょうけど、本当にあった昔話です!


「今日は、最前線に出ない日だな」


結構久々だ。

ソロで毎日潜ってるもんだから、他プレイヤーからはぼっち教の信者とか言われるし。


「ゴミみたいな噂ばっかりの皆様に囲まれているせいで、俺も頭おかしい奴だって思われてるし……」


この前なんて、女の子をナンパする練習でNPCに声かけてたら、それを勘違いした女性プレイヤーにあれやこれや変な噂たてられたし。

こんなの変じゃないよな? え?


「なぁ。お前もそう思うだろ?」


目の前の椅子に座る、いや、乗っかっている金色の《スライム》に声をかける。


「ま、お前に話しかけている時点で、俺は十分頭おかしい、か……。でもさぁ、お前をテイムしてるってだけで変人扱いしてくる前線プレイヤー達は流石にひどいよなぁ。全国のスライム好きの同志に呪い殺されればいいのに」


はぁ……、会話したいなぁ……実際のところ、ぼっちで間違っちゃいないから。


こっちの世界じゃ、なんだかんだで、現実(リアルとは違うと線を引いてしまっていて。

人と仲良くなろうとしても、どうしても、相手が見ず知らずの赤の他人で、ここで仲良くなったところで、どうせ本当にリアルで会うわけでもない。

そう考えたら、プレイヤーもNPCのように見えてきてしまったのだ。


「せめて、喋ってくれないまでも、鳴き声くらいはシステムに実装されててもいいもんなのに。はぁ…………運営がめんどくさがりやがったなこりゃ。どーせスライムなんてテイムする奴なんかいねぇよってか? ちゃんと仕事しろ。ここにいるわ。スライムの声聞きてぇですよ。ま、あるわけないけど、知ってる声優さんの声とかだと、それはそれでげんなりするけどな」


とかなんとか言っても、今日は前線に行かない休憩の日だ。

スライム達と遊びに行こう。どこにすっかなぁ。あの、見た目だけ完全にお金持ちになれるお金のダンジョンにでも行くか?

ジャラジャラとそこかしこに金貨の山ができている金ピカの海。

小さな金でできた砂浜はなんともゴージャス。

ただのオブジェクトで、拾おうとしてもアイテムボックスに入らないし。

見た目だけでなんの価値もないから換金もできない。ただの見かけダンジョンだ。


「俺は好きだがらいいけどね。んじゃ行こうか」


ガチャリ。俺のプレイヤーホームの扉を開けて、差し込む光に背を向け、未だ椅子の上から動かない金色のスライムに、手を差し伸べる


「ゴールド」


--- --- --- ---


ガバッ!


「―――――はぁ……はぁ……夢、か」


懐かしい夢を見た。

あの後、グリーンが海に突っ込んで、沈みかけてたっけ……


何で、こんなに息切れてんだろ、俺。

別に悪い夢じゃないじゃないか。


目元を手で覆って、そして気づく。

肩が痛い……ずっと手を伸ばしていたのだろうか……


「………………やっぱり…………俺は、まだ……」


わかっていたさ。

大好きだったんだ。そう簡単に割り切れるもんじゃない。


これは嫌な夢を見たからの息切れではない。

届かせたくて、できないことがもどかしくて、そして叶わなかったことによる精神的疲労が、体にのしかかってきているのだ。


アオと一緒にいることが不満なわけじゃない。むしろ、前とは違う楽しさがあっていい。

でも、前より楽しいってわけじゃない。

いや、楽しさが負けているとかじゃなくて。

勝ちとか負けとか関係なくて、その二つを比べることなんてできないんだ。


両方、楽しかったんだ。


バカみたいな、わがままで、子供みたいな願望…………


その二つが欲しい……


俺と、俺のテイムスライム達と、アオと、そして


「………………………………………………ゴールド……」


皆んなといられたら、どれだけ幸せなのだろう。


何が悲しいわけでもない。

なのに、俺のかすれた小さな声は、泣いている子供のそれだった。


--- --- --- ---


《ますたー……えへへ……。…………はっ……う、みゅぅ……あれぇ、ますたー起きて……》


そこまで言って、寝ぼけていた意識が冷や水を浴びせられたように覚醒する。

布団から起き上がって、目元を覆うますたーの指の間から見えるますたーの目が、なんだか、今まで見たことがないものだったから。


笑うますたー。怒るますたー。寂しげなますたー。


そのどれとも違う、


息が詰まり、そのせいでうまく念話が飛ばせなくなる。

何か言って、なんでもいいから、アオが何かして、ますたーからその表情を消してあげたいのに…………何をすればいいのか……わからない……


「………………やっぱり…………俺は、まだ……」


や、やっぱり? まだ?


小さいのか、それとも発していないのか、ますたーの声をあまり聞き取れなかった。


ぎゅっと丸くなって寝たフリをして、ますたーの言動一つ一つに必死になって耳をすませる。

ますたーの息切れがだんだん激しくなっていって、酷くかすれた呼吸音だけが聞こえてくる。


ますたーは何も言わない。何も言葉を出すことなく、ただ、必死で考えているような、鬼気迫るような顔で、過呼吸を繰り返すだけ。


心配で、怖い。

ますたーが、どうかしちゃって、それにアオが何もできないことがとても怖い。悔しい。

明日の朝、明日、明日の夜、明後日。いつでもいい、ちゃんとますたーはアオに話をしてくれるのだろうか。

私に聞かれていないから、私に心配をかけないように、明日の朝になれば、無理していつもみたいに笑って、何事もなかったように振る舞うんじゃないか。

そして私は、それに対して何も気づかずに、のうのうとますたー、ますたーって……


もしかしたら、昨日も、その前も、ずっと前から、ますたーはこんな風に夜になって、頭を抱えていたのかもしれない。

今、こうやって起きなかったら、ますたーの顔を見ていなかったら、もしかしたらずっと気づかなかったかもしれない。


そう考えると、物凄く悲しくて、情けなくて、悔しく思った。

誰よりも、ますたーのことを何よりも考えている、そんな存在になりたいと思っていたのに……

こんなの……こんなの……


「………………………………………………ゴールド……」


その言葉が聞こえた瞬間、ズキィン! と強い痛みが体の中で走って、吐き出しそうになるくらいの不快感が駆け巡る。

ぽそりと呟かれたますたーの声は、しっかりと脳に響いた。


そのますたーの声。聞いただけで、こっちが泣きそうになってくる。


辛い。苦しい。この痛みは、この気持ち悪さは、一体何?


知りたい。知って、ますたーを元気付けてあげたい。


ゴールド。お金? 違う。いつものゴールドって感じと、なんか違った。

発音? が、ちょっと違った気がする。ほんのちょっとだけど。


ゴールド、さん? 誰か、人の、名前……?


--- --- --- ---


くそ……久しぶりに布団で眠れるとか思ってたのに……ふとんで寝たら寝たで、あんなこと思い出しちまって、夢で見ちまって……

結局アレから寝れなかったじゃねぇか。


顔……洗ってこよ……


ガラガラ……ピシャ……




ざばぁ……


ばちゃ! ばちゃっ!


「ふぅ」


井戸から水を汲むっていうのが初めての体験だが、結構機械的なんだな。こう、力の法則とか、ちゃんと考えられて作られてる。

現実世界での井戸も、こんなんなのだろうか。


「お? オメは朝も早ぇだなユベル。あんれ、アオはどこにいるだ? 家の中だべか? ずっと一緒にいるオメ達が離れてるたぁ、珍しいだな」


後ろから、薪木だろうか、木を肩に担いだ魔族のおっちゃんが声をかけてきた。


「え? …………あ……」


…………気づかなかった。

まさか、アオがいないことにも気がつかないなんて……俺、重症すぎるだろ……マジか……


口をキュと一文字に縛り、前髪で顔を隠すように俯く。

ぴちょん……と、前髪から垂れた雫が一粒、桶の中に落ちて波紋を拡がらせた。


「ど、どうしたんだべユベル!」

「……へ? いやぁ、なんでもねぇよ」

「そ、そうかぁ? それならいいんだべども……ほ、ほれ、タオルだ。顔ぐらい拭くべ。濡れたままだと、風邪引いちまうだよ」

「す、すまん。サンキュ」


俺のことを思って、あえて聞かないで笑ってくれることが、とても暖かい。

リアルでも、こんな、友達はいなかった。

俺のことを本当に思ってくれる人が、こっちでは、沢山いる。


友達も、沢山できたのだ。


俺は、この世界で生きて行くと決めた。


向こうに、何も言わず置いてきてしまった俺の大切な人たち。

確かに現実世界(リアル)では、何もない。

でも、前EGO(むこう)には、大切な人たちがいた。

彼ら彼女ら。もう、きっぱり割り切って、忘れるべきなのだろうか。


「いや、覚えておこう……何も忘れる必要なんてないだろ……ずっと心の中にしまっておく。なんたって、大切な思い出なんだから」

「ん? なんか言ったべか?」


誰にも聞こえないように、ほとんど息を吐くような感じで呟いたのに、それでも、僅かながら聞き取る魔族の聴力よ……。恐るべし……


「いんや。なんにも。んじゃねおっさん。顔洗ったら目覚めたよ。…………あんがと」

「あん? だからなんて? 声小さすぎて聞こえねぇべ!」

「うるっせぇなぁ! 朝早く起きすぎだ! しっかり寝ることも大事なんだぞ! 寝なさすぎるのも、寝すぎるのも、どっちも体に良くないんだからな! ちゃんとしっかり寝ろって、そう言ったんだよ!」

「な、長いだな……ゆ、ユベルだって、朝早いべ!」

「俺は寝られなかっただけだっての! いつもはもっと寝てる!」


んだよ、俺はまったくこれだから。

礼もまともに言えねぇのか、コミ障め。


取り敢えず、アオのところに行こう。アオを起こして、そして


ちゃんと話をしよう。


--- --- --- ---


し、自然に、自然に……


「アオ! お、起きてるか!」


声が裏返ったぁ!


《お、起きてるよ! ま、ますたー!》

「おぉー。アオが、起きてるなんて、珍しいじゃないかー、あは、あははは〜」

《そ、ソウダネー。メズラシイヨネー》


なんか、アオも様子がおかしいな。

まさか!


俺の緊張が移ってるのか?


よくあるよね。相手が緊張してたりして、なんか話しかけてくると、なんだかこっちも緊張しちゃう時。


「あ、あのなぁ、アオ……」

《う、うん……》

「俺、実は、ずっと前から……」


何かなぁこのムードっ!

告白シチュエーションかよ!


こっからは違う。普通なら、「好きでした」と続くところだが。

今回の場合は「アオとは別の、スライムをテイムしていたんだ」と続く。


いや、でもまてよ。この世界じゃ、アオが初なんだぞ?

実際称号ではそうなって……いやいや、なんか最後に『?』がついていたはずだ。


まてまて、おい、どういうことだ?

ちょ、ちょい、タンマ。

え? なんて言えばいいの? 前からテイムしていた?

いつテイムしたんだよって話だし。じゃあなんで今いないんだって話になるよな。


こことは別のEGOの世界ですって言うのか? アオに意味が理解できる気ないだろ!


えーっと、えーっとぉ……!


「結婚してください」

《ふぇぇぇえ!》

「すまん! 緊張しすぎてわけわからんことを!」


ぬわぁぁあ……頭ん中こんがらがって、思考放棄してついムードにあったセリフを……


そもそもなんで俺こんなに緊張してんだ?

前ならめっちゃ軽く言えた話題だったのに。


《ますたー》

「えぇっとぉ……」

《隠さないで…………お願い……》


消え入るような声だった。

女の子の、悲しそうな声だった。


「アオ、お前……」


なにか、感づいているのだろうか。

誰に言ってもいいような話じゃないが、かなり伏せたなら、ネロには物凄くアバウトに話した。


だが、アオにすると思うと、それとは別の、よくわからない感情が俺の中で渦巻く。


でも、アオにここまで悲しそうな声を出させてまで知りたいと思っていることを、教えない。


そんなこと、何よりも俺自身が許せない。


「ごく…………信じられないかもしれないし、よくわからないかもしれない。でも、お前にわかりやすいように頑張って全部、できるだけ細かく、説明するから」


すぅ……と息を吸って、くっと止める。


「聞いてくれ、アオ」


そう言って俺は、昔の世界のことを、話し始めた。


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