信じられないでしょうけど、普通の食堂で大バトルです!
「あ……青?」
「あ、こいつね。俺のスライム」
…………
「ぷっ」
「……おいおい、スライムって……」
「死んだな」
ふぅ。今笑った奴出てこい。
てかバッチリ誰が言ったかちゃんと顔見たからな? 覚えとけ?
「あ、その、お客様……? だ、ダメです……」
俺の後ろの少女がなんか言ってる。
あんたがダメだろうがなんだろうが知ったことか。
「何があったら知らんが。静かにしてくれればそれで俺は構わない。というわけで、静かにしろ」
「ば、バカにすんなよ……クソガキ……俺様が、誰だかわかって言ってんだろうなぁ……」
「え? や、えっと、済まん……誰?」
「…………いいだろう、ぶち殺す!」
おっさんは羽織っていたマントを派手に広げると、胸についている紋章のようなものを輝かせ叫んだ。
「我がゼフォンスの名において命ずる! この場に馳せ参じよ! 我が半身にして、伝霊七獣の一角! ベヒモス!」
「だから静かにしろって……」
俺の言葉は途中で途切れ、最後まで言わせては貰えなかった。
天井を突き破り、派手な誇りを巻き上げながら何か巨大なものが、俺の目の前に落下し、着地する音が響く。
それは、サイとカバを足して掛ける2したようなエネミー。
伝獣クラスのエネミー。日本の伝説にも出てくる化け物。ベヒモスだ。
「な、なぁ…………」
飛び出そうなくらい目を開け白目になり、あんぐりと口を開けて、だらだらと汗が流れ出す。
「そうだ。俺の名はゼフォンス! 王都『ゼウス』にて、レウス陛下を守りし七人の一人! 前線に何度もも参加しているとも!うむ! うむうむうむ! いいぞ。ぶるぶる震えて無様だなぁおい。もっと、もっと恐怖しろ。ほら、泣けよ。泣いて命乞いでもしてみろよぉ! 自分の間違いを後悔しながら、殺してやるぜぇ!」
俺は上を向きながら、ぶるぶる震え、震える指で
「俺が挑発したせいってことは、修繕費って俺持ち?」
天井を指差し、俺は泣きそうになりながら、涙声で後ろの少女に声を投げかけた。
「なっ………………!」
「俺のせい? ねぇ! 嘘でしょ! こんなバカみたいなことで無駄な出費は嫌なんだけど! おーい!」
少女の肩を掴んでゆっさゆっさと揺さぶり叫ぶ。
アオには悪いが、ちょっとこれは。大事なことなのだ。
そしてなぜか少女も今にも泣きそうだ。
この子、一瞬でも気を抜いたら気絶するんじゃないかと思われるぐらい、顔を真っ青にしている。
「……グッ……ガ……こ、この、……クソガキィ………………もういい、死ね。賭け金レイズ! ベット、300万ゴールド! 【 レジェンド・アングラー 】!」
おっさんが叫んでてうっせぇなぁと思ってたら、俺に肩を揺さぶられていた少女もぎゅっと目を強くつぶり、かすれるような声で甲高く叫んだ。
はぁ?
「あぁ? ちょ、おま」
バカァァァァァァン!!
でかいせいか、やけにのろいと感じるベヒモスの拳が、あたりの空気を巻き込みながら振り抜かれ。爆音が場を支配する。
傍観者気取りだった奴らもたまらない。衝撃の余波は食堂全体に渡り、それを食らったら吹き飛ぶわ、吹き飛んでくる椅子やら机やら割れた皿やらが遠慮なく突っ込んでくるわで、とても落ち着ける状況ではなくなった。
「アリスぅ!!」
衝撃に吹き飛ばされながらも、必死にベヒモスの方へ走ろうとしている男がいた。
おそらく、この少女の父親だろう。
「ハハハハハハハッ! ガキがヒーロー気取りでしゃしゃり出るからこういう結果になるんだ! いい勉強になったかボクちゃん。あ。聞こえないよなー、ハッハッハッハッハッ」
「……………………あぁ。よく勉強になったよ……」
流石に、痛ぇなぁ……クッソ!
女の子。アリスちゃんを掴み、巻き添えにしてしまったのは、明らかに俺が悪い。
俺の注意が足りなかった。だから、俺が庇うのは至極当然なことだ。
だがそれは置いといて、痛かったじゃねぇかこのやろー!
お返しだ!
「『反射』ぁ!!」
「あ? あぁぁぁぁぁぁぁ! うぉぉぉ、ベヒモス! よ、避けろぉ!」
腰を落とす感じで受け止めたベヒモスの拳を、俺の『反射』アビリティをまとわせた拳で吹き飛ばす。
その場でパニックに陥っていた全員が、さらなるとんでもない驚愕に、目を向いた。
ベヒモスは腕を激しく後ろに弾かれ、不動で有名なベヒモスが、あっさりと背中を地面につけたからだ。
その後ろで余裕をぶっこいていたおっさん、ゼフォンスとかいったか? は、押しつぶされそうになりながら、なんとか生きてた。
ベヒモスがマスターに純情でよかったな。
難易度が高くて、ちゃんと躾けないと言うことを聞かない『イフリート』や『クラーケン』とは大違いだ。
強さはイフリート達にとても及ばないけど。
「ば、ば、ば、ば、ば、化け物……」
「ベヒモスだって十分化け物だよ。お互い様だ」
アオごと包み込むようにかばった少女(ほぼ同じ身長だったため、完全には包めなかったが)は無事なようだ。
そのかわり、少し赤くなりながら、虚ろな目で俺を見ている。
あまりの状況に混乱し、熱を出してしまったのだろう。
《う……ん……ますたー?》
あ。
「悪い……起こしちゃったな」
《え? なに、これ、って! お、女の子!》
「ちょっとミスって。変なことに首突っ込んじゃって」
《ますたーのばかぁ! 私が寝てる間に、お、女の子と、その、抱き合ったりなんか!》
「壮絶な勘違いだっ! なにが言いたいのかよくわからんが、とにかくそれは勘違いだ! ちゃんと話すから! 今は場をかき乱さないで!」
アオは時々こうやって感情的になることがある。
悔しいなぁ……大好きなエネミーなのに、……俺はこいつの気持ちをわかってやれない時がある。
全てをわかってやれる、などと自惚れるつもりはない。
でも、全てをわかってやりたいと思っている。
「えっと、アリスちゃん?」
《名前聴き出してる!》
「もう許して! 話が進まないから! で、話戻すけど、おーい! 大丈夫かー! 聞こえますかー! もしもーし」
ぺちぺちと叩いても、ぽーっとした顔のまま変化がない。
えっと……生きてる、よね?
胸に触って心臓の音を確かめるわけにもいかないし、脈を取るのも面倒なので、息をしているかどうかで判断しようと思う。
すーっ、と顔を近づけていくと、次第にアリスちゃんの顔が赤くなっていくように見える。
影のせい? それとも遠目からはわからないくらい赤かったのか?
《わー! わー! ますたー! なにしようとしてるのーーー!》
「え? ちょ、アオ? な、なに? って危なぁ!」
《はーなーれーなーさーいーって、あれれれ?》
アオが俺とアリスちゃんの顔の間に飛び込み、アリスちゃんの顔をぷにょんと蹴って、音とは裏腹に凄まじい勢いで俺の顔面に突っ込んできた。
避けられたのは半分運。次やられて避けられるかと聞かれれば、怪しいと言わざるを得ない。
凄え……俺がしゃがむ速度とほぼ同じだったぞ。
そんなにステータス上昇されてないが、アビリティ効果か。なにを使ったんだろう。
「あ」
気づけば、ベヒモスが復活し、俺のすぐ後ろで攻撃の予備動作に移っていた。
俺に突っ込み避けられ、そのままの勢いでぽーんと飛んだアオは当然、ベヒモスの方に向かう。
図らずして、アオが先手を取った形である。
「ナイス! 賭け金レイズ! ベット、1500……うっそ……」
この世界。
ゲームシステムがないから、ゲーム上の時の鉄則『スタート battle the エネミー』の宣言なしではPVPは成立しない、というものも勿論ない。
正式な戦いとして、お互いが了承しあって始めた酒場での戦いと違い、山賊の時もそうだったが、今回のようになにも言わずに戦いを始めることが可能なのだ。
ゲームシステムがないこととは即ち、常識・ルールの一部が欠如した状態であるとも言える。
今、俺の目の前で起こったのも、それと言っていいだろう。
アオがベヒモスを、食った。
食ったとしか表現のしようがない。
俺がゴールドを注ごうと思った瞬間には、アオの体にピシリと亀裂が走り。
にたりと三日月状に口が避け。
バツンッ! 千切れるような音とともに、ベヒモスの頭とその辺りの一部がごっそりと消えた。
その食った瞬間は見ることができなかった。
ゴールドを注がない攻撃、『アビリティ攻撃』だろう。
これが、アオの。
フード・ファイターの、力か。
レベルが5000も上のエネミーをあっさりと。
いや、『雑魚ノ反逆』のせいで、ステータスは上級エネミーのレベル6000並みなんだっけ?
ステータスはレベル1300越えのせいで確認できなかったが。
『目利』アビリティ結構使えるなぁ。大体のレベルが理解できる。マスターに使ってもらっておいてよかったよ。
「アオ!」
《ますたー。私、強くなってたよ! あんな大きなの、見た時、全然怖くなかったの! なんか、この程度、みたいな感じで、その……これでますたーのこと、守れるかな》
守る。
それが、アオが見つけた、やりたいことなのだという。
でも嬉しかった。そう、嬉しかったのだ。
一人でこの世界に来て、楽しく生きようって思ってもぼっちで、前の世界の人は誰もいなくて。
まるで俺だけが取り残されたような気になって、心のどこかで不安だった、寂しがっていた。
直ぐにアオをテイムしに行ったのも、それが原因だったのかもしれない。
助ける。育てる。守る。
そればっかりを考えていた俺は、初めて、俺を守ってくれるという存在を得た。
そのことが、たまらなく嬉しかったのだ。
「お前が守ってくれるって思うだけで、それだけで俺は助けられてるし、お前自身も守ってくれている」
《……? どういうこと?》
「さあな」
今、いたずらが成功したみたいな顔をしているに違いない。
アオに守ってもらうとは、俺が守ると聞けていた身としては、少し情けないような気持ちになるが。
それはそれとして、日本人としての俺の部分がそのことを喜んで許容し、アオもそれを望んでいる。
ならば、俺がそれを邪魔する理由はない。
だからこそ俺は迷わず、アオに『守護』のアビリティを渡した。
「う、嘘だ……」
「嘘じゃない。この世界は、エネミーバトルが、金が全てだ。どちらにせよ敗者には、なにをする権利もない。逃げも、言い訳も、懇願も。敗者はただ、勝者の下で黙っているしかないんだ」
これだけは変わらない。
システムではない、世界のルールだ。
ゼフォンスは、絶望したような顔で、地面に手をついた。
「アリス!」
「……あ、お父さん」
アリスちゃんがようやく元に戻ってくれたよ。
何故か、いきなり俺の手を弾くようにして飛び上がり、父親の元へ行く。
そ、そこまで嫌がられるとは…………地味にショック……
《へぇ〜〜。ますたー。女の子を抱っこできなくて、そんなに残念なんだ〜。ふぅぅ〜〜〜ん》
「違うわ! 誤解を生むからやめて! 確かに落ち込んだけどそうじゃないから!」
俺がアオと喋っていると、周りの人たちの視線が冷たい。
あー。アオの声、みんなには届いてないのか。
つまり俺は、喋れないスライム相手に勝手に想像で補いながら会話をする、寂しい妄想家だと思われているというわけだ。
つら!
「ありがとうございます。娘を助けていただき、本当にありがとうございます!」
「そんな。礼を言われるようなことはなにも。ただ俺は、アオの安眠を邪魔されたくなかっただけですから」
「それなら、その子を連れて、この場を離れればよかっただけのことです。それをわかっていながらしなかった。あなたは、私の娘を助けてくださった」
「んー……………………いえ、俺が飯、食べてないだけですよ」
深々と頭を下げられたので。
俺は少し考えてから、そう言って、アリスちゃんのお父さんの顔を上げさせる。
《え? ますたーさっき》
「大食いのアオがほとんど食っちゃったからな。あんまり食ってないんだ」
《ふえぇ! そうだっけ?》
「そうそう」
アオには悪いが、度々俺をからかってくるし、お返しだ。
あんまり、無闇に助けるというのは好きじゃない。
その後が面倒くさいからな。
流石に、助けたからといって、馬車の時のようにゴールドを要求することなど出来るわけがない。
なぜなら。
「そうなのですか! では、こちらで食事をなさって言ってください」
「え? あー、いや、でもぉ」
「遠慮なさらず。恩人なんですから」
「そうですか。では……」
ふっと息を吐き、言葉を続ける。
「修理費やあれやこれや合計で、いくらでしょうか?」
俺のせいもあり、店は半壊し、食堂なんてもうめちゃくちゃですからね。
顔面蒼白、真っ青になり震える声で、泣きそうになりながらプレイヤーバンクを握りしめ絞り出す。
最後まで決められない。
開き直ろう。
それが俺。




