信じられないでしょうけど、感動の場面です!
《ますたー。お腹の中がぽかぽかする〜》
「あーそれは、体内に貯まっているステータス上昇値が多すぎるからじゃないか? 早く振り分けないと」
《振り分けないと、どうなるの?》
声を途切れ途切れに、語尾に近づくにつれ小さくなるアオの姿を見て、ぴーんと頭の中で音がなった。
「早く振り分けないと、ステータス上昇値が体内で膨張して爆発しちゃうんだぞ〜」
《えぇぇー! やだぁー!》
「あとで振ってやるからな」
《今! 今やってよぉ〜》
ぐいぐいと控えめにパーカーを引っ張ってくる姿。
愛らしすぎるだろぉ〜! きゅんきゅんしちゃうね。
「イチャつくなら他所でやれ。それとスライム。上昇値がいくら貯まってんのか知らんが、爆発なんかせんから安心しろ」
「んだよ。アオとのふれあいなんだから邪魔するなよなおっさん。妬いてんのか?」
「ふざけろ。化け物坊主」
この会話でわかる通り。俺は先日お邪魔した酒場に来ている。
酒場に戻ってくると、この前以上に人がいて、予想以上に大歓迎された。
マスター以外。
表情変えるどころか目すら合わせずきゅっきゅっグラスを拭いていて、俺なんかガーン無視。
というわけなので、カウンターのマスターの目の前の席にどっかりと座り、アオをカウンターに乗っけた。
ダンジョン攻略してきたって話ししたらこの態度。
客に対してどうかと思うね。大人なんだからけじめをつけろと言いたい。
「マスター……バーボン、ロック」
「ほれ」
なに?
球体の氷がカランッと冷たい音をたてるグラスが、シャーと流れ俺の前で綺麗に止まる。
マスターのこの技術。なんかみんなやるよね。
これどうやってんだろという疑問とともに、すまし顔で酒を流してきたマスターに驚く。
「…………」
「どうした?」
んだこのしたり顔。殴りてー。
くっ! べ、別に、この歳でアルコール摂取して大丈夫なのかとか、体に問題はあるのかとか、予想外の展開とかで不安になってるわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね!
「気持ち悪いぃ……」
自分のツンデレ(笑)は相変わらず気色悪い。
訝しげにマスターを睨んでから、覚悟を決めてグラスを握り傾ける。
「……………………ズズ」
ブゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーー!!!
「ゲホッゲホッ! んだこりゃ、にっがあ!」
ドッ! 酒場の中で笑いが巻き起こった。
「ふはは! 坊主やりやがった!」
「頑固オヤジも形無しだぁ!」
「ハッ! 自業自得だバーロー!」
ゴホッゴホッ! ……あれ? 俺を笑ってる感じじゃないぞ?
どっちかっていうと、マスターの方を……
喉を抑えていた手を放して、目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら視線を上にあげ、俺は全てを悟った。
「〜〜〜ッ!」
急いで口を抑える。
そこには、目を閉じ、少し口角を上げたすまし顔のまま
俺が噴き出した苦い水でびちゃびちゃになり固まっているマスターの姿が。
一言でまとめよう。
滑・稽である!
「あっはっはっはっはっはっは! 自爆ザマぁ!」
「…………う……」
「うるせぇぇぇぇぇーーーーー!」マスターの怒声が店の天井を突き抜け、天高く舞い上がり。
酒場の盛り上がりは気が狂ったかのように爆発した。
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ガチギレしたマスターは、その後怒って在庫確認に行ってしまった。
おい。仕事しろマスター。
「あなたがユベルさんですね?」
「ん? そうだけど。あんたは?」
俺に声をかけた人は、バーテンダーみたいな格好をしている、まだ全然若い感じな黒髪の青年だった。
「申し遅れました。私はネロ。この店のマスターのダメ息子です」
優男って雰囲気があるが、フリードに比べると腹黒いにおいがするぞ。
でもなんか気が合いそうだな。なんだろう、黒髪が一緒だからだろうか。
「それにしても、あの父上をおちょくるとは、噂以上にすごい人ですね」
カウンターを挟んで俺の向かいに立ち。
マスターと同じようにグラスを磨きながらそんな事を言う。
「噂がどんなのかは知らないけど、さっきのは俺のせいじゃないぞ? 完全にマスターの自業自得だったから」
「うっそだぁ。ちゃんと聞いてましたよ? 自爆ザマぁって」
「はっはっは。我慢できなかったんだよ」
お互い実に楽しそうにはっはっはと笑う。
そしてお互いにがっと手を組み合わせる。
「ネロ。あんたとは美味い酒が飲めそうだ」
「私もです。ユベル君」
ぱがぁん!
しゅー……
俺とネロは仲良くマスターに殴られカウンターに埋まった。
「いててて」
《ますたー大丈夫? 痛くない?》
「う〜ん。ちょっと、痛い、かなぁ?」
少しジンジンするけど、回復するしすぐに治るけども。
それでも、アオにそれを素直に言うのはなんか悔しい気がして、気がついたら疑問形みたいになっていた。
《うんしょ。うんしょ》
「なにしてんの?」
いきなり腕をよじ登り始めたので、ひょいっとつまみ肩に乗せる。
すると目的は肩の上ではないのか、俺の髪を引っ張らないように気をつけながら頭の上に登り始めた。
俺と言う名の山に登頂したアオは、スリスリと動く。
《痛いの痛いの〜、と〜んでけ》
「たった今この瞬間俺の中から痛みという概念が跡形もなく消え去りましたっと」
どうしよう。一緒に意識も飛んでいきそうです。
「いたたた。すみません父が」
「いやいや、いいっていいって。こんな幸せな気持ちになれたんだ。むしろお礼を言いたいね」
ポワァーン。
もし誰かが今の俺に題名をつけるのなら。
それはきっと、『幸せ』だろう。
「あ、マスターといえば、あの苦い水なんていう飲み物なの?」
まさか、あんな強烈な飲み物がこの世界にあったとは……
一体、どんな。
「あぁアレですね。アレはパインフールという飲み物です。知りませんか?」
聞いたことあるぞそのアイテム。罰ゲームとして人気があったアイテムだ。
飲んだことはなかったけど……まさかアレほど苦いとは。
パイン? まるっきり的外れな名前じゃないか。
流石、ネット上で「あれは飲み物じゃねえ!」と叩かれまくっていたネタアイテムだけはある。
クソ、マスターには一杯食わされたよ。二重の意味で。
「ユベル君は旅をしてるんですよね。この国は初めてですか?」
「いや、初めてというか…………まぁ、初めてだな」
来たことは何度もある。
だがそれはあくまでゲームの時だ。
ゲーシムシステムがなくなった今、彼ら元NPCを縛るものはなにもない。
自由に、ゲーム時代とはまた違った変化を遂げていることだろう。
ゲーム時代の知識でヒャッハー! が出来ないのは少し残念だが、嬉しくも思う。
何度も見て、悪くいえば飽きるほど見ていた国が、また違った姿で俺を待っている。
ワクワクしなかったら嘘ってもんだ。
「なにか困ったことがあったらいつでも言ってくださいね。あ、でもダンジョンは果たしましたし、すぐに旅立ってしまうのですか?」
「ううん。もう少し居ようかと思ってる。んじゃ早速困ってるからいくつか聞いていい?」
「どうぞ」
「この国でさ。安くて、静かで、部屋がしっかりとしてる宿って、ある?」
俺にとってそれがベストなんだけど。
都合よすぎるかね?
「ありますよ」
マジでか。
「ここから少し行ったところに、『虎の子休憩所』っていう宿があります。あとで地図書きますね」
地図まで書いてくれるのか。至れり尽くせりだな。
「ま、なんてうまい話はないか。いくらだ?」
「お友達価格でいいですよ?」
苦笑いでため息まじりにいう俺と、正反対にいい笑顔で言うネロ。
全くいい性格してるよ。
ま、これが基本で。情報で生きている人たちもいるぐらいだし。
金を取るってのは至極真っ当なことなのだ。
「全部聞き終えてから総額を支払うよ。この国のダンジョンってあそこしかないの?」
「ええ。この国にあるダンジョンは『迷い精霊の巣』のみです」
『迷い精霊の巣』ってのが、俺が潜っていたダンジョンの名前ね。プレイヤーたちが『暗記ゲー』と失礼にも勝手に呼んでいたダンジョンの本名である。
んじゃ次に
「遺跡まんじゅうって何処で売ってる?」
「はぁ。この国なら何処でも売ってまけど」
「一番美味いとこで」
一番美味いとこ。
俺には、あそこと決めた店があるのだが、はたして
「僕のオススメは『足立家』の遺跡まんじゅうですかね」
「だよね! やっぱり『黄文家』より『足立家』だよね!」
「……っ! わかってくれますか!」
「わかるとも! 『黄文家』は確かに一見『足立家』のまんじゅうに似せられているように見えるし、あんこ以外にもレパートリーが多い。だが、遺跡まんじゅうの美味しさはなんだ?」
「「あのシンプルな、程よい甘さのあんことまんじゅうの弾力のあるもちもち食感。この二つがかけ合わさって『遺跡まんじゅう』だ!」」
ソウルシャウトはハモリにハモり、無意識に拳を打ち合っていた。
「素晴らしい」
「この話ができたのは、ネロを含めてまだ三人だけだ」
じーん。
「本当に初めてなんですか?」
「色々あってな。遺跡まんじゅうだけは、どんなマニアと語りあっても負ける気がしない」
どんだけ好きなんだよと言う話だが。
和菓子が大好きであった俺は、それなりに和菓子に舌が肥えていた。
そんな俺の舌を唸らせたお菓子である。
好きにならないわけがない。
「他には何か?」
「あぁ、んじゃアイテムの換金場所は何処か教えてくれ」
「地図に書いておきますね」
「よろしく頼むよ」
質問はそれで終わりだ。
その旨を伝えると、紙とペンを取り出したネロは、慣れた手つきでしゅばばばっと書いていく。
ものの数分で書きあがった国の地図は、普通に販売していてもおかしくないレベルであったと言っておこう。
金を払い、ネロに挨拶してから俺は宿を目指した。
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「おぉぉ、感動だな」
初めて俺は、宿の部屋というものをこの目で見た。
この宿に来るのは初めてだし、この世界で宿に泊まること自体これが初めてだ。
だが、ゲーム時代では幾度となく宿に泊まった。
だが、このような感動を味わったことは一度としてない。ただベットに寝転がって、ログアウトするくらいだ。
ファンタジーの宿というものは、やはり違う。
わかるだろうか?
この、木張りで、少し古い木の匂いがして、木で作られた洋風な机と椅子があり、ところどころ黒ずんでいて、そんなに広くはなく、木目が滑らかに一直線で歪みがない、小さな部屋。
でかいベットがスペースをほぼ占領している、そんな部屋。
ホテルのようにコテコテとした感じではない。
旅館のように厳かな感じではない。
ファンタジーの、宿なのだ。
「はは……かっけぇ、憧れだったんだよなぁ、ほら、触っても、ギシギシいうんだぜ、感触がある。すげえな、窓から入る光が幻想的なんてもんじゃねぇぞ。日本じゃとてもとても味わえる感動じゃない。ファンタジーの木ってこんなに爽やかな匂いがするんだな。ここにいるだけで心地いいよ」
《ますたー、楽しそう》
「まあな。ほら、ベットに乗りなされ」
アオをベットに下ろして俺も腰掛ける。
ちょっと硬い感じを受ける。
日本との違いが、どうしても俺の中のワクワクを掻き立てる。
一つ一つが、楽しくってしょうがない。
「アオ。そろそろ夕方だから。時間になったら下で飯……」
アオは、すー……すー……と規則正しい寝息を立てて、膨らんだりしぼんだりしていた。
「寝ちまったか」
小声で呟きながら、その青い体をよしよしと撫でる。
早いな……でも、疲れたもんな。特にダンジョンでは、お前が一番頑張ったと思う。
《うみゅぅ〜。ますたー……》
「寝言を念話で……微笑ましいな」
どうせならぐっすり寝かせてやろう。
片手でよしよしとなでなでしながら、もう片方の手でアオのステータススクロールを取り出し、ステータス上昇値を振り分けていく。
レベルアップボーナスの、アビリティ取得やアビリティレベルアップなども忘れない。
じっと、静かな部屋の中で
起きるまでずっと、俺はアオを撫で続けた。




