ある結末に 【Schluss】
あらすじが死ぬほど苦手で、苦しいです
貴方といられることが、幸いなのです
二月の冷たい雨の中、私が人生二度目の絶望を味わっているさなかに、男は突然私の前に現れた。
真っ黒な短髪は後ろへ撫でつけ薄気味悪いくらいに整った顔をした男は、その青白い手を伸ばしてきて、あいさつ代わりに晴れやかに笑みながら私に言ったんだ。
『俺と死んでくれないか!』と。
即座に殴ってしまった私は悪くないと思う。
音が聞こえてきそうなほどに照りつける太陽光、ミンミンと騒ぐ求愛の声。
生命そのもの中にいるような錯覚を覚える、そしてその中へわざわざ入っていかなければならないこの季節は本当に地獄だと思う。
墓参りは嫌いだ。
暑いし、それに汗を流して必死に墓石の掃除をしたところで死人は褒めてくれやしない。
隣に立つ男に吐き捨てるように言ってやった。
あの雨の日以来、私に付きまとうこの男は困ったように、きれいに整った片眉を下げて情けない顔をした。それでも男の顔は美しいままなことに、なんだか面白くないように思う私はだいぶ性格がわるいのかもしれない。
そもそも、家族でもないこいつが、ここに来ていること自体おかしいのだ、わざわざスーツを着てくるあたりは律儀なのだが、真夏の午後の太陽光線の下にいるにはあまりにもにつかわしくないのだ。
私なんて立っているだけで滝のような汗が流れてくるというのに、男は暑さを感じさせないいっそ涼しげな態様で私を見下ろしていた。 ちらっと隣で雑巾を絞る男を見やる。汗一つ掻いてない涼しげな面をぜひとも殴ってやりたい。
そこまで考えて、考えることが無駄な気がしてきた。ただでさえ体力と気力を使う季節なのに、変態ストーカー野郎のことまで推し測ってやる義理はない。ていうかそんなことよりも、いまはもっと問題にすべきことがある。
主に服装に関して。
「お前、見た目暑苦しいんだけど」
「文句の多い奴だな、俺は暑くないから大丈夫だ、お前は早く掃除の続きをしなさい」
「だから、掃除しても意味ないだろって言ってんの!あとお前の心配してんじゃなくて、見てるこっちが暑いの!なんでスーツなわけ?」
なんでか私があしらわれた。しかも文句が多いだと?!当然の意見だろう?昨今の世の中は「地球にやさしく」がテーマなんだぞ!クールビズを文字通り超えてスーパークールビズなんだからなっ!時代に逆行するのはやめろってんだ!
男は理解できないとでも言いたげな視線を向けてきた。
「なんだ?脱げってことか?」
「違うわっ!変態か?変態なのか?!見せたい趣味があるのかっ!?」
「そんなアブノーマルな趣味はないな。お前が暑い暑いというから脱げと言っているのかとおもってな、違ったのか?」
「ち・げ・ぇ・わ!なんで一段階上の解釈をするんだよ!もういいっお前なんか猥褻物陳列罪で捕まってしまえ!」
絞っていた雑巾をバケツに叩き込んでしまった。水が大きく跳ねてワンピースに水玉模様をつくる。
あきらかにどこからどうみても私の八つ当たりなのだが、それにしたってこいつの返し方はおかしいだろ。おかしすぎて腹が立つ!しかもなんか『やれやれ』って目でこっち見てきやがるしな!
感情のままに墓石に水をかけ終わると良妻よろしく絞った雑巾を手渡された
「儀式みたいなものだろう?」
蚊の鳴くような声でお礼を言って受け取った私に対して男は感情の見えない顔で答えた。
突然なんだ?儀式?今の会話がか?やめてくれよ、どう考えても暑さで頭やられてる系の会話だろ。
「何が?」
「墓参り、だよ。須美子は死者と話すんだと言っていたぞ?」
「須美子って、母さん?」
「ああ、そう言っていた」
うん、それはそれとして、なんでこいつは母さんを名前で呼ぶんだ。仲良しだったのか?仲良しさんなのか?
「・・・母さんと墓参りに来てたわけ?」
別に母さんを疑ってるわけじゃないけど、まぁ確認程度に?ね?
男は動揺を見せることもなく答えた。
「いや、須美子が入院しているときに」
「・・・病院に、行ったのか」
「彼女が対象だったからな」
「お前、が。やっぱりお前が」
男は事実を淡々と話し続ける。
わかっていた。わかっていたんだよ、私は。ただ私が孤独になりたくないから、どんな存在でもいいからそばにいてほしいと願ってしまった。
「母さんを、みんなを」
すべてこいつのせいなのに、縋ってしまった。
「連れてったんだっ」
独りになりたくないから。
男は何も言わない。静寂をその眼にためて、私を見下ろしていた。そのことがさらに私を苛立たせるとわかっているくせに、男は言い訳もしない。
「・・・」
「わかってる、あんたが無理やり連れてったわけでも殺したわけでもないことは、理解してる。運命とかそんなやつなんだろ?」
うつむいて静かになったことに気づいたらしく男がこっちの顔を覗き込んできた。男はいかにも不安そうですと言わんばかりにしている。
こいつでもこんな顔するのか、と場違いにもなんだか感心して笑える。おかしいったらありゃしない。
笑いがこみあげてきて私の肩を震わせる。男もこんな状況で笑う変な女だと思ったろうと、覗き込んでくる秀麗な顔を睨むように見返したが、表情は不安げなものから困惑顔に変化していた。
なんでそんな顔するんだ、笑えよ。そう言おうとしたら男が先に口を開いた。
「美樹?どっか痛いのか?」
痛い・・なぜそんなことを聞くのだろうか。別にどこもけがなんてしていないし、正直涙で水分を消費する余裕もないくらいに、夏の炎天下は地獄だ。質問の意図を目で問うと、男は私の頬をそっと手を伸ばし何かをすくい上げた。
「泣いてるぞ?」
「・・・」
思わず右手を頬にあてると、本当だ。濡れてる。慌てて男に背を向けた。熱い温度は頬から無理やりはねのけられた。
こんなところで何もないのに、こんなものを流すことは私の矜持が許さなかった。まして、この男に、見られるなんて死んでもごめんだ。
「雨か」
「は?」
「雨か、そうかそうか、ここだけ局地的雨が降ったんだな!最近多いだろ?一極集中型の大雨!」
「集中し過ぎだろう?」
「そうゆうこともあるだろっ!だけどな、これ以上は断固として濡れるのは拒否する!断固としてだ!不断の決意だからな!はっはーだ!」
「美樹」
「っ、あれ、っかしいなぁ?晴れてるのに・・・」
おかしいなぁ、こんなに晴れてるのにね?雨が止んでくれないんだよ。おかしいね。
「おい、いい加減にしろ」
「あれかな?狐の嫁入りかもし」
「美樹っ」
「・・・」
焦れたような男の大き目な声に私の言葉はすべて遮られた。
ゆっくり振り返ると、男は怖い顔をしている。せっかくおきれいな顔をしてるんだからずっと、この際だから永遠に笑ってればいいのにね。そうしたら、わたしだって少しは心許せるかもしれないのに。
乙女心のわからないやつだなぁ。なんて思ってたら、また頬に手を添えられた、今度は両手で顔を挟むように。そして存外、真剣な目をして男は私に言うんだ。
「別れは悲しいものだ。だから、泣くことをごまかしてはいけない」
こんなストレートにものを言って恥ずかしくないんだろうか、この男は。いや、恥ずかしくないんだろうな。でも私は恥ずかしい。だからものすごく話題転換をしたいけど、そんな雰囲気でもないから辛かったりする。それに、“別れ”そのもののようなこの男に、そんなことを言う権利など存在するのだろうか。私に祖父母と父と母と弟との別れを見届けておきながら、自分にはそれだけしかできないと言ったこの男にそんなことを言う権利なんて
「ないだろ?」
「俺だから言ってるんだ。何度も見てきたからな。いうなれば経験則だ、先人の言葉には従うべきだぞ?」
「なん、だよ・・・それ。ばっかみたいだ。泣いたってみんなは帰ってこないじゃんかっ」
「そりゃそうだろ。泣くのは自分のためにするんだ。死者のためじゃない、残された自分のための行為だ」
「無駄じゃんか」
「無駄じゃない、いましかできないことだ」
そう、嘆くことは自分のための行為だ。自身の不幸を憂い、同情を買いそして満足したら忘れていく。
この男は、私にそんな卑しくも醜い行為を強要するというのか。
・・・いや、違う。
そうじゃない。泣くことは、そんな意味なんて持ってない。
わかってるよ、知ってる。
ただ、ただ、哀しいから、泣くんだよね?
「もう、遅いよ」
だって、もう何も残ってないの。悲しみを感じるための縁すら残ってない。頬を挟んでいた手を引き離す。顔を上げる気力すら私には残っていなかった。
「朝起きて、顔洗って、歯を磨いて、ご飯食べて、いつもの、日常の生活を繰り返してると思い知るんだ・・・今まで皆いた空間に誰も、誰もいないんだよ」
悲しいなんて形容詞じゃ足りない。
苦しいし辛いし痛いし胸のあたりをかきむしってもまだ足りないくらいだよ。この胸の痛みがいつかなくなることなんてあるものか。
「あんたは見届けるだけだから、いいよね」
「そうだ。だから残された人のことなんて考える必要はなかったんだ、今までは」
そこで初めて男のほうを向く。男は、じっとこちらを見つめていた。
だまって男の言葉の続きを待つ。
「本当なら俺の仕事はもう終わってる。ここでこうしてお前と話す必要なんてものは何もないんだ」
「じゃあなんでまだいるんだよ」
「・・初めてだったんだ」
「なにが」
「あんなにも心惹かれるものに出会ったのが初めてだったんだよ・・お前の泣かない強さに、俺はどうしようもなく惹かれたんだ。そして同じくらい泣かせてやりたいとも思った」
「・・ドSか?」
「そうじゃない、わかってるのにわざわざ茶化すんじゃない。悪い癖だぞ」
男は私の頬を優しくなぜた。いや、どうやら頬を伝う涙をぬぐったらしい。
そして、そっと本当に小さく笑った。
悲しげにつらそうに、笑った。
「壊れそうになりながら、必死に一人で立とうとするお前を支えたいとも思ったし、座り込んでもいいんだと教えてやりたいとも思った。だから、俺はお前の前に現れたんだ」
「第一声に死ぬほど引いたんだけど」
「あれは俺も反省してる。声なんてかけたのが初めてだったから緊張してたんだ」
はにかんでいる男の頬はその生来の白さ故か色づいたらすぐわかる。まぁ図体でかい男が頬染めたってなんにもかわいくないけどね。
「・・・連れてってくれないんだよね?」
「俺たちは、お前たちが思ってるような存在じゃないからな。見届けて報告するだけの仕事だ」
「すとーかー」
「・・それに、連れていけたとしてもしないからな」
「意地悪」
「目の前でこうやって泣いたり笑ったりしてくれることを望んだんだ」
私の言葉全てを無視して、男は言葉を紡ぐ。私も男も目を合わせたままその底にある感情を盗み見る。
「なぁ、美樹。俺と一緒に生きてくれないか?そうすればお前は独りじゃなくなる。俺は須美子たちと違ってお前を独りにはしない、絶対に」
男の中に孤独を見て取ったのは偶然ではないのだろう。私よりも寂しい孤独を男は抱えてるんだろう。
長い間一人ぼっちだったのは、私じゃなくてこいつだ。そしてそんなことにも気づけないこいつは、
可笑しくて、可哀想で、可愛い奴だ。
それでもこの時の私は、唐突過ぎるこいつの会話についていくのに精一杯で、深く考えられなかったんだ。
「・・・」
「たとえその状態にしたのが俺だとしても、な」
「趣味悪いし、性格も歪んでんじゃん」
「ああ、だけど、そんな俺でいいならお前と一緒にいたい」
「・・・つーかさ、そんなのの前にさもっというべきことあるんじゃないの?」
「ん?・・・まぁ、とりあえず子どもは三人くらい欲しいかな?」
「違うっ!誰が具体的構想を示せとか言った!そうじゃなくてっ!その・・だから・・」
「なんだ?」
「その・・・そもそも、私はお前の名前も知らないんだよっ」
「・・ああ!」
「ああって、だからっ、そんな状態で言われても唐突過ぎるというか、なんていうか」
「そうだな、悪い。忘れてた、そうだな大切なことだった。俺の名まえは・・・」
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夏の日差しはその大部分を、今夏の少年の集大成である緑の葉のカーテンでカットされている。それでもクーラーを入れない縁側は暑くて仕方ないが、少年は自身の仕事に大変満足し、わざわざそこに陣取り座り込んでいる。
母親などは呆れてさっさと少年を置いてスーパーに行ってしまい、少年の偉業を称えてくれたのは、同じように暑い中隣に座ってくれている祖母だけであった。
蝉の声をBGMに、いつものように学校のことや弟妹のことをつらつら話していると、突然祖母が自分たちの家のことについて話し始めた。秘密だよ?と前置きをして。
『うちの家はねぇ、昔から短命な人が多いんだけどねぇ。まぁ辛うじてここまでつながってきてることが奇跡ってくらいなの』
『ふーん』
『なんでかわかる?』
『わかんない!なんで?』
『ふふ、それはね、可笑しくて可哀想で可愛い私の死神様がね、愛してくださってるからなのよ』
大切な宝物を見せてくれるように祖母は、膝の上の少年の頭をその細く節ばった指でなでてくれる。母親にされたら勢いよく振り払うだろう行為も、祖母にされると抵抗する気は全く起きない。ソーダ味のアイスを咥えながらぼんやりとそんなことを思った。
『・・・?』
『あらあら、わからないかしらねぇ。でも、そうね。分かんなくていいのかもしれないわね』
『ふーん』
少年は祖母のことが大好きだった。穏やかでお茶目で、それでいて苛烈な祖母はいつだって少年にとって、自分のことを信じ愛してくれる絶対的存在だったから。
『ねぇ、一樹ちゃん。おばあちゃんねお願いがあるのよ』
『なに?』
『私が死んだら、あの人にこれを渡してほしいの』
『手紙?』
『そう、あの人が行ってしまう前にね、絶対に渡してほしいのよ。お願いできる?』
『んーガンバル!』
『ありがとう、お願いよ?』
少年は祖母のお願いを叶えると誓った。
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縁側、少年と祖父がお茶をすすりながらゆったりと過ごしている。が、如何やら祖父のほうはいささか不機嫌なようだ。
それでも少年は気にした様子もなく、祖母との思い出を祖父に語りきった。その顔はとても満足げでいっそ清々しいほどである。
「ってわけだよ、じーちゃん」
「たくっ、だからって故人を偲んでる人の前で頭を鷲掴みにするやつがあるか!このアホ孫が!」
少年は、この家で行われていた祖母の葬儀の終わりごろ、お手洗いに行こうと席を立とうとした祖父の頭をつかんで座らせるという暴挙を犯していた。
参加者の多くが驚き、少年の母親たちが慌てて少年を叱りつけたが、少年は祖父が座るまで頭を押さえ続けた。結局、そのまま葬儀は終わり、祖母は真っ白な骨になった。
なんだかみんな、ぽっかり空いた穴を埋めようがなくて座りが悪いみたいな感じだって叔父は笑って言っていた。少年もよくわからないがそんな気がした。だから、いつもは一番ふわふわしてる祖父が最近は一番地に足ついてる気がして、安心する。
祖母の骨みたいに白い雲と青い空をぼんやりながめながら、少年は祖父といた。
「だってさー、すっげぇいい笑顔だったんだよ、ばーちゃん。だからさぁじーちゃん逃がしたらおれめっちゃ怒られるって思っちゃったんだよ」
「ああ、わかってる。わかってるがな、タイミングとかあるだろうが」
「そんなの、いわれないとわかんないだろ?そもそも、じーちゃんが普段、疑われるような行動しかとらないのが悪い!」
仕舞いにはなぜか祖父への責任転嫁までやってのけたのだから、この少年もなかなか図太い。
その様に祖父は毒気を抜かれたようで、疲れたように笑ってしまっていた。
「ああ、もうわかった。俺が悪かった。・・それにしても一樹は本当にばーちゃんっ子だな」
「ええー?じーちゃんは違うのか?」
「俺はばーちゃんいなかったからなぁ」
「ちっがーう、ばーちゃん好きじゃなかったのかってこと!」
「ああ、美樹か?そうだな、俺は今も美樹一筋だ。今も昔もこれからもな」
「・・・ふーん、まぁいいや。はいこれ、ばーちゃんから」
「なんだ?」
少年のポケットから祖父へと受け渡されたものは一通の手紙だった。
淡い水色の封筒に収められた手紙を、祖父は少年から受け取り、手紙と少年を代わる代わるみる。
「これ、どうしたんだ?」
「これがさっき言った、ばーちゃんがじーちゃんに渡してほしいって言ってたやつ。一時退院したときあっただろ?あんとき預かったんだ」
祖父は、妻が死ぬまで孫と一緒に内緒にしていた手紙の存在に困惑しているようだ。
そんな祖父とは違い、少年はどこまでもマイペースを崩さない。
「・・・そうか、これは読んでも?」
「つーか、それじーちゃん宛てのやつだし。俺中見てないから知らないよ」
「そうか」
「ああ、でも」
「でも?」
「ばーちゃんさ、最初で最後のラブレターなのって恥ずかしそうにしてたよ」
「・・・」
「・・・じーちゃん、顔真っ赤」
「やかましい」
老人は頬の紅潮を紛らわすように慌てて、でも破かないように慎重に手紙を開封する。
少年はそんな祖父を面白そうに見ていた。
手紙はこう始まった。
私の、可笑しくて可哀想で可愛い最愛の死神さんへ
「これ、は」
「ばーちゃんさ、これ書いてるときいろんなこと話してくれたんだ」
「・・・」
「自分が独りになったこととか、その原因とか、じーちゃんとのなれ初めとか」
「寂しそうな顔してたろ?」
「んー、まぁそうかもね。でも、それよりもさ、なんかずっとあったかい顔してたよ」
「・・・」
「たぶんだけど、ばーちゃんにとっては全部全部大切な記憶なんだよ、きっと。だからさ、寂しいとかよりも愛しいが勝ってあんな感じの顔してたんだよね」
「・・そう・・か」
「うん」
老人は再び手紙の文字を追う。
あなたとともに生きて長い年月が経ちました。
辛いことも悲しいことも、たくさんありました。もちろんそれ以上にうれしいこと楽しいこともありましたね。
はじめてあなたに会ったとき、私はねあなたに殺されようと思ってたんですよ。
もうこのまま消えてなくなろうって、
でもね、あなたったら突拍子もなくいきなり「俺と死んでくれ」なんて言い出して、普通俺と生きてくれとかでしょうに。
あなたときたら、馬鹿みたいに正直で、素直で純真で、それから優しくて。失った悲しみなんて、どっかへ吹き飛んでしまいました。いろんなことがあって、子どもたちや孫が生まれて、孤独なんて何のことかわからなくなりました。
あなたが約束してくれたとおりにね、幸せでした。
私は先に行きますが、あなたにはもう少し現世にとどまる時間があるんですから、一樹達のことを頼みますよ。
仕方ないですから、私は三途の川わたる手前くらいであなたのことを待っててあげます。
だって『病めるときも健やかなるときも、死して2人魂となるときもともにあること』を誓いましたからね。
ああ、本当にいろんなことがありましたね。
でも、あなたは約束してくれたとおり、私は一度たりとも寂しいなんて感じませんでしたよ。
私の死神さん、長い間一緒にいてくれてありがとうございます。
では黄泉の旅路にてお待ちしてます。
それまでさようなら、愛してます。
美樹
「・・・」
老人はそっと手紙をしまう。
少年はその様を静かに見守っていた。
「なぁ、じーちゃん」
「なんだ?」
「ばーちゃんってじーちゃんにとってどんな人だった?」
祖父は空を仰いだ。その横顔を少年はじっと見つめる。
ポツリ、と祖父は答えた。
「・・・そーだな、嵐みたいな人だったよ」
「ふーん」
「急にどうした?」
「おんなじ質問をさ、ばーちゃんにしたんだよ。そしたらばーちゃんさ、『私の可愛い死神さんよ』って。ばーちゃんの冗談かと思ってたけどさ、でもばーちゃんウソとかいわねぇし、だからさ、きっとそうなんだろうっておもうんだ」
祖父は、仰いでいた顔を少年に向ける。穏やかで静かな長い年月を生きた老木のような気配がそこにあった。それでも少年は恐れることもなく祖父に思ったことを告げる。
「じーちゃんは死神なんだろ?」
「・・・」
「それで、魂連れてく対象のばーちゃんに惚れちゃってさ、一緒になっちゃったんだろ?」
「・・」
「・・まぁ答えなくてもいいけど。なんてゆうの?別に真実暴きたいーとかじゃないんだよ。ただ、じーちゃんはやろうと思えばさ、今からでもばーちゃんとこ行ってばーちゃん迎えに行けるんだろ?だったらさ、早く行ったらいいんじゃねぇかなって思うんだ。ほら、ばーちゃん人一倍寂しがり屋だからさ」
少年はむっすりと黙りこくってしまった祖父に朗らかに笑いかけている。少年は祖母が寂しがり屋だということを知っている。そして祖父はそんな祖母のために心尽くしていたことも知っているのだ。
「だからさ、俺たちのこととか気にしないでさ」
「一樹」
「・・なに?」
「お前は美樹に似て本当にやさしい子だよ」
「ばーちゃんのほうがやさしいよ」
「いいや、お前も負けてないぞ?だからな、そんな無理しないでもいい。手紙にもあるだろう?俺はお前が成人して就職して結婚するまでいてやるから、だからな一樹」
老人は少年の頭を優しくかき混ぜる。
「そんな顔して泣くんじゃない」
「ちっがう、これはっ雨なんだ、よっ」
「・・・ははっそうか、雨か!」
「そうっ」
少年をみて、老人は優しく微笑んだ。
「今年の夏は、きちんと墓参りに行こうな」
「ばーちゃん、三辻屋の団子がいいって言ってた」
「そうだな、それもって行こうか」
「うん」
それから、十年して、祖父は老衰で逝った。
穏やかな死に顔で、おれはじーちゃんがばーちゃんに会えたことを確信したんだ。
今日、おれは子供たちを連れて墓参りに来ている。
まだまだ目が離せないやんちゃ坊主たちだ。
なぁ、じーちゃん、ばーちゃん。見えてるか?
短命だった血筋もばーちゃん以降は大往生ばっかりで、日本の高齢社会に歯止めかけるどころか、日本経済にとどめさしにかかってるからな!
ま、いいさ。
世の中こんなもんだよな?
また、来年の夏も来るよ。
こんどはちび共ももう少し大きくなってるから、じーちゃんの面白話とばーちゃんの武勇伝でも話してやるか。
じゃあ、また来年!
少年だった彼は子らの手を引いて去っていく。
その背中を墓石が見送っていた。
○○○
「俺の名前はな、美樹」
「うん」
「ないんだ」
「ないの?」
「ああ」
「そっか、でもないと不便よね?」
「そうだな」
「じゃあ私がつけてあげるよ」
「え?」
「なんだよその顔!みてろ!さいっこうにいい名前付けてやんだからね!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「まっかせなさい!いーい?あんたの名前は」
・
・
・
昔、一人ぼっちになった少女がいた。
少女は、ずっと一人ぼっちだった死神に出会った。
2人は結ばれ、一人ぼっちじゃなくなった。
2人は永久に分かれることなく今も幸せにつながっている。
FIN
ちなみに、タイトルの単語はドイツ語で終わりという意味です。
正直、あらすじ同様タイトルにも苦しみます。