最強鈍感少女
「きゃあ~! 遅刻ちこくぅ~!」
なんて言いながら走っているけれど、私は少しも遅刻してなどいない。
むしろ、のんびり歩いて登校しても、余裕で授業開始の三十分前に席に着けるような時間帯だ。
それでも私は走る。全力疾走だ。
何故かって? それは、今この瞬間を、一分一秒たりとも無駄にしたくないからだ。
この時は、もう二度と戻ってこない。
この青春は、今この時しか味わえない。
何ものにも代えられない、かけがえのないこの瞬間を、決して無駄にしたくはない。
だから私は走るのだ。
だって、遅刻遅刻言いながらパンをくわえて走るなんて、めちゃくちゃ青春っぽいじゃないか! パンはさっき犬にあげちゃったけど。
私の名前は野歌凜子。
この春入学したばかりの、今まさに青春真っ盛り、純情純粋一六歳だ。
「いよーおし! 今日も一日、がんばるぞぉ~!」
そう叫んで、地面を思い切り蹴ってジャンプした。両手を振り上げて、なんか青春っぽいポーズで、ほんの一瞬だけ空中に浮かぶ。
雲一つない青空が、目の前いっぱいに広がっている。
私の人生は、今始まったばかりだ。
わくわくする。どきどきする。この感覚。う~ん、たまらないッ!
「うん! 今日も良いことありそうだ!」
私はガッツポーズしながら高らかに声を張り上げた。
学校に着いた。
下駄箱には何やら二枚折りになった紙切れが入っていた。
きっとラブレターに違いない。私は胸を高鳴らせた。
紙を広げると、そこには大きな字で二文字だけ『死ね』と書かれていた。
これはきっと、『死ぬほど君を愛してる。一目見た時から僕の心は君に夢中でした。きみのことを思うだけで胸が張り裂けそうで食事も喉を通らない程だった。僕をこんなにも苦しめる罪深い天使に愛の言葉を捧げよう。好きだ! 僕と付き合ってください! P.S.そういえばスケルトンって、透けとるんって意味だよね』の略に違いない。
手紙の主は、他の人が見ても分からないように、私だけに秘密のメッセージを残したのだ。まったくもう、照れ屋さんだなあ!
それにしても、ひどく乱れた文字だ。それに、名前も書き忘れている。それどころか、住所も電話番号もメールアドレスも記されていない。
私への恋心で、それらがなければ連絡も取れないというような単純なことすら頭から吹っ飛んでしまったのだろう。もう、あわてんぼうさんめッ!
教室に着いた。
「おっはよ~っす!」
勢いよく声を張り上げて、ドアを思い切り開けた。
私に挨拶を返す者も、こちらを見る者も一人もいない。
ふっふっふ。この私から迸るオーラを、だれも直視することができないと見える。そうかそうか、そんなに私は眩しいか!
ずかずかと大股で教室に踏み込み、ふんぞり返って自分の席へ行く。
ああ、気分が良い。なんと誇らしいのだろう。
私の机の中には大量の土が詰め込まれていた。
ありがたい。丁度ガーデニングをやってみようかと思っていたところだったのだ。この絶妙な湿り具合。まさに園芸にはもってこいではないか。
私がガーデニングに興味を持っているということは、まだ誰にも話したことはないのだか、随分と気の利いた人もいるものだ。
昼食の時間だ。
何もかかっていない私の弁当のご飯を憂えてくれたのか、クラスの女子たちがわざわざ消しゴムを机と摩擦させて即席のふりかけを作ってトッピングしてくれた。ありがたく頂いた。
休み時間も終わり、私達は五時間目の授業を受けていた。
五時間目は英語の授業だった。
禿げた先生が何やら異国の言葉を呟いている。一体何語なのだろう。私にはとても理解できない。
ああ、今日ももうすぐ一日が終わるなあ。
今日も楽しい、有意義な一日だったなあ。
その時だった。
「全員大人しく手を上げて我々の指示に従え! さもなくば撃つぞ!」
教室中にだみ声の怒声が響き渡った。
その場にいた全員が声のした方を向いた。
そこには、真っ黒な覆面で顔を覆われた、イカついデカい銃を引っさげた男がいた。
一瞬の沈黙の後に、生徒たちの悲鳴。
英語教師は唖然として、漫画みたいにチョークを落とした。
壁の向こうからも悲鳴が聞こえることから、隣の教室でも同じことが起きているんだと思う。恐らくは学校中で。
この学校は、テロリストに占拠された。
パニクって教室から逃げ出そうとした美好ちゃんが撃たれた。私の弁当にふりかけをかけてくれた人だ。
テロリストは容赦なかった。
美好ちゃんは頭を打ち抜かれて、即死した。
酷い……。
「おいそこ! 動くなと言っているだろう! こいつみたいになりたいのか!」
許さない……。
「おい! 聞こえてんのか!」
「許さないッ!!」
私は駆け出した。
「っ!」
テロリストがこちらに銃口を向ける。
私は手ごろな位置にいた田中君を手に取ると、自分の身体の前にかざして、銃弾を防いだ。
田中君は私の手の中でびっくんびっくん跳ねまわって、動かなくなった。
田中君がすり減って無くならないうちに一気に距離を詰め、相手の足を払った。
「うごっ!?」
テロリストがバランスを崩した隙に、銃を奪う。
私は、テロリストの額に銃口を向けた。
「よくも私の友達を……美好ちゃんの敵だッ!」
私はテロリストを殺した。
教室の外へ出ると、他にも同じような格好をしたテロリストがたくさんいた。
私は撃った。撃った。撃った。
邪悪なるテロリストどもを殺しまくった。生徒も何人か流れ弾に当たったような気がするが、細かいことは気にしない方がいいよねっ!
トリガーハッピーだ。意味はよくわかんない。
辺り一面に散らばる屍の山を踏みつける。
鮮血と硝煙の中で踊る。
触れるものは例外なく命を散らす、殺戮の演武だ。
殺す殺す殺す。私の前に立ちふさがるものは全て殺す。どいつもこいつも、皆殺しだ。
「ふ……ふはははははははいひひひひひひひあっひゃひゃひゃひゃひゃ!」
私は全身に真っ赤なシャワーを浴びながら高笑いした。
「あひゃひゃ! 臓物! 脳漿! ぶちまけろッ!」
私は、私以外に動くものがいなくなるまで踊り続けた。
それから三日間、しぶとく生き残った残党どもと、私が学校中を駆け回って人員を集め、結成された部隊との激しい攻防が続いた。
私が部隊の隊長を務めた。教員たちは全員死んだ。
復讐の鬼と化した私は、自ら先陣を切って突っ込んでいき、次々と敵を葬っていった。
捕虜として捕えたテロリストを拷問して吐かせたところ、どうやらこいつらは、この学校に眠る重大な秘密の何かを手に入れるために、こんなことをしているらしい。
それが一体何なのかは、結局最後まで言うことはなかった。
敵ながらあっぱれだ。
細かいことは省略するが、それからなんやかんやあって、私達は崩れ落ちた学校の一角で、瓦礫に埋もれて奇跡的に生き残っていた理事長を発見した。
だが、かなり衰弱していて、もう長くはもたないだろう。
その残り少ない時間で、理事長は教えてくれた。
この学校の真実を。そして、テロリストどもの思惑を。
「――テロリストが狙っているのは、この学校の地下に眠る、失われし超古代科学文明の遺物だ。それを手に入れれば、この世界を思い通りに支配することも可能だと言われている。
この学校は、元々あれを封印するために作られた。あれは、人が手に入れて良いものではない。
頼む、あれを、奴らの手にだけは、渡らせないでくれ。購買の横の警報器の下の、なんかホースとか色々入っている扉が隠し扉になっている。私の足の裏のマメが鍵になっているから、切り取って持って行くといい。
君たちにこんなことを頼むなんて、本当に申し訳ないと思っている。不甲斐ない大人ですまない……。
どうか……私の頼みを……聞いて……くれ……。ああ……愛する妻と娘よ……そこにいるのだね……。今……私も……そっち、へ……」
がくん。
「理事長! 理事長おおおおおおぉぉ!」
そして今、私達は、購買の横の警報器の下の、なんかホースとか色々入っている扉の先の地下通路を抜けた先にある、最後の扉を前にしている。
ここまでくるのに、どれほどの血が流れただろう。
どれほどの犠牲を払っただろう。
どれほどの屍を踏み越えただろう。
どれほどの悲しみを乗り越えただろう。
どれほどの思いを背負っただろう。
たった三日間の出来事なのに、随分と長い間、戦い続けていたような気がする。
そしてそれも、もう終わる。
「じゃあ、開けるよ」
ロックを解除し、扉に手をかけ、皆の顔を確認した。
皆は、迷いなく頷いた。
当たり前だ。皆私が認めた、選りすぐりの戦士たちだ。この戦いを生き延びてきた強者たちだ。この期に及んで怖気づくなど、あるはずがない。
そしてついに、その扉は開かれた。
そこには、今まで見たこともないような、神々しい輝きがあった。
「きれい……」
何て、美しいのだろう。
こんな力、そのままにしておくなんてもったいない。
私は、それが欲しくなってしまった。さっきまでの覚悟はふっとんだ。
いいや、奪っちゃえ!
私は銃口を仲間たちに、いや、仲間だった奴らに向けた。
私はそいつらを殺した。
「これで、秘密を知っているのは私だけだねッ!」
私はそれに触れた。身体中にパワーがみなぎってきた。
凄い……これが世界を統べる力……。
全身を駆け巡る快感に私は恍惚とした。
よお~し! 私はこれから世界を征服するぞ!
まずは国境とか自治権とか、そういうめんどくさいものを取っ払っちゃって、生活とか技術の水準を改善して、あれもやってこれもやって……仕事は山積みだ。
でも、この力があれば何とかなる。
私は、世界最強の存在なのだ。私に勝てる者など、この世にいない。
いよぉ~し、がんばるぞぉ~!!
とりあえずこの学校にいるテロリストどもを一掃しよう。
私はデコピンをした。
街が吹き飛んだ。
「あはは~、ちょっと強くやりすぎたかなぁ~? 力の制御の仕方も覚えないとな~」
私は頭をぽりぽり掻いた。
こうして私は世界を統一し、新たなる国の王として世界に君臨した。
めでたしめでたしッ♪