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狼と7番目の子ヤギ

花ゆき様、ナツ様が合同で企画して下さった【童話パロ企画】参加作品です。








++++++++++++++++++++++++++++++







あるところに、狼と7人の子ヤギが暮らしていました。


狼は力持ちだけど口が悪くて、そのうえとんでもなく素直じゃない男でした。

子ヤギ達の両親が亡くなってすぐ引き取ったのは、彼の親友としての義理だったのに、「お前らをまるまる太らせて食っちまうためだぜ!」なんて言っちゃうくらい。


7人の子ヤギ達は、そんな狼と時々ぶつかりながらも元気にスクスクと育っていきました。




1番上の子ヤギは、賢くて何でも一人で出来る自立心の強い子でした。だから、大きくなると自分で結婚相手を見つけて家を出ていきました。「パパみたいな人と出会えた!」と。


2番目の子ヤギは、勉強は出来なかったけれど一生懸命働く子だったので、大工の親方である大鷲に弟子入りして家を出ました。「いつかパパがヨボヨボのお爺ちゃんになったら、段差のない家を作ってあげるからね!」と。


3番目の子ヤギは、料理の上手な子でした。食べるのも大好きだったので、世界中の料理を食べる旅に出ました。「パパの歯が無くなっても食べられる、美味しいものを見つけてくるからね!」と。

狼は地図の読めないその子のために、家の住所を書いた紙を持たせました。

「その紙だけは食うんじゃねぇ。

 もし食いやがったら、俺がお前を食っちまうからな!」

……と言い聞かせて。


4番目の子ヤギは、掃除の得意な子。だから、領主様のお屋敷に働きに出ました。もちろん住み込みですが、たまにお給料を少し家に入れるために帰ってきます。

だけど狼は「んなもん要らねぇ!」と言いながら、その子の持ってきたお金をコツコツ貯めてやっています。


5番目にもなると、ぼーっとしている子。年がら年じゅう想像の世界に浸っているのが良かったのか、絵本作家になりました。すてきな夢を創るから、子ども達……とくにバクの子ども達に人気があります。

「……パパのこと、絵本にしてもいい?」と、牛乳瓶の底のようなメガネを頭にかけ、古時計に向かって話しかけてしまうような子です。


6番目の子ヤギは、きれいな声で歌を唄います。その噂を聞きつけた王様ライオンに呼ばれて家を出たのが、昨日の話。

「せいぜい愛想を尽かされないようにしろよな!」

そう捨て台詞を吐きながらも、狼は喉に良いというハチミツだっぷりの飴をたくさん持たせてやりました。





さあ、残るは7番目。


「……で」

狼は言いました。ものすごく不機嫌そうに。

いえ、不機嫌なのではないのです。度を超えて賑やかだった家の中が、年を追うごとに静かになっていくのが悲しいのです。

この家、実はこんなに広いじゃねーか……なんて心の中で呟いてしまうくらい。

でもほら、この狼は素直じゃないから。


「なあに、パパ」

きょとん、とした顔で7番目の子ヤギが小首を傾げました。


この末っ子は何かあると姉達の背中に隠れていることが多くて、これまでに狼ときちんと話をしたことが少なかったように思います。

幼い頃の世話も何もかも、姉妹同士の間で完結していたのです。よく考えたら、狼がしてきたことといえば、お金を稼ぐことと安全で温かい寝床を守ってやることくらいのもの。

そんな空気同然だった末っ子にどう伝えたらいいものかと、狼は頭を捻りました。

……捻ったのですが。

「お前、いつまでいるんだ?」

オブラートなにそれ、な言い方しか出来ない男。それがこの狼なのです。


「……出てかなきゃ、ダメ?」

「それはお前……ほら……」

今まで子ヤギ達に占領されることの方が多かったソファに寝そべって寛いでいた狼は、初めて顔を突き合わせて会話する7番目の子ヤギにたじろいでしまいました。

真っ直ぐに目を見つめられては、なんだか落ち着きません。元来、人付き合いが得意な方じゃないのです。

「ふーん……」

凛とした佇まいをしたまま、7番目の子ヤギは呟きました。細めた瞳が、ランプの明かりに照らされて煌めいています。


艶やかな唇が、そっと言葉を紡ぎました。

「ねぇパパ、わたしの名前覚えてるよね?」


もちろん覚えています。姉達が寄ってたかって構いまくる時に連呼していましたから。

狼は頷きました。

「ナナ、だろ?」

自分の名前を耳にした瞬間に、ナナの華奢な角に電流が走りました。

思わず身震いしたいのを堪えた彼女は、息を飲んで一歩踏み出しました。

「パパ。

 あのね、実はわたし、ずっと聞きたいことが……」


狼は、近付いてくるナナを見上げて言います。

「なんだよ?」

深刻そうな表情を浮かべる娘が、寝そべる狼の目の前に立ちました。

「教えてほしいの」

そして、何を思ったのか――――


「えっ……はっ?

 おま、ちょっ……?!」

慌てる狼をよそに、娘は言いました。

彼のお腹の上に腰を下ろして。その両手を、彼の顔の両側について。

上から覗き込む瞳に浮かぶのは、ほのかな熱。

息を吸い込んだナナは、意を決して口を開きました。


「パパは、わたしを食べちゃうのよね?」






「……は?」

痛いほどの沈黙のあと、狼は目を点にして言いました。

情けなくも、掠れた声で。


すると、ナナは一気に捲し立てました。

「姉さん達が言ってたもん。

 “パパは、ナナを太らせて食べちゃう気なのよ”って。

 ……だからわたし、言ってやったの。

 パパのお嫁さんになれないくらいなら、食べられたいって!

 そしたら姉さん達、邪魔ばっかり……!」


狼は慌てました。

なんかもうよくわかんない。わかんないけどキケンな香りしかしない!

「言ってることが全然理解出来ねぇ!」

「パパのお嫁さんになるって言ったら、姉さん達がダメだって言うんだもん!

 なんでダメなの、って聞いたら、食べられちゃうから、って!

 それならそれで」

「わーっ、言うなーっ」

興奮したナナの言葉をかき消すように、狼は力の限りに叫びました。


あいつらが寄ってたかって構いまくって、背中に隠してたのはこういうことだったのか!

こいつが暴走しないようにしてたのか!

そういえばコイツ、よく口を塞がれてた気がする!

「とにかくどけ!

 いいいいいますぐあっち行け!

 お前アホか!

 ほんとの親が草葉の陰で泣いてるだろーが!」


頭に血が昇った狼が言い放つと、ナナはにっこり笑いました。

しかも、狼の言葉はまるっと無視。

「……まるまる太ることは出来なかったけど、体はツヤツヤに磨いたし。

 髪の毛の一本まで美味しいように、栄養もたっぷりとっておいたし。

 パパにあげたいものを詰め込んで、15歳……もう待てないの!」

空恐ろしいを通り越して、狼は呆然としてしまいました。


コイツ、俺に食われるためにそこまでしてたんか。そういえば風呂の時間が長かった気がする。菓子の類はよく残してた。

……そりゃ姉さん達が必死で隠そうとするはずだ。

なんかもう、立派な痴女に育ててしまってゴメン親友。




「ああんもうっ、パパ!

 早く食べてったら!」

圧し掛かってくる娘を押しのけようと、狼は彼女の腰を掴みました。親友への懺悔は、ひとまずこの危機を回避してからです。


その時、思い切り勢いよく誰かが入ってきました。

合鍵を持っているのは、巣立っていった子ヤギ達だけです。

そこに思い至った狼は、助けが来た、と期待に胸を膨らませました。


「――――パパ、家の設計図持ってき……」

ところが、ソファに転がった狼を見つけた瞬間、やってきた姉ヤギは目をぱちぱちさせて固まってしまいました。

そして、しばらくの沈黙を破って、ナナが言いました。

「ララ姉さん、今いいとこなの」

「……お、っけぇ……」

たまたまやって来た姉ヤギは、末っ子ヤギの本気の目を見て頷くしかありませんでした。

だってあのパパが真っ赤な顔をして、末っ子ヤギの腰に手を当てているんですもの。


末っ子ヤギが「わたち、パパとケコンすゆー!」と泣きじゃくって以来、姉ヤギ達は一致団結したのです。

狼が彼女のことを、ただの娘として見ていたら絶対に叶わない夢だと分かっていました。だからその存在をなるべく消すため、自分達の背中に隠して。

そうして何かとパパに突進したがる末っ子を宥めすかし、自分達が巣立ってふたりきりになったら「当たって砕けろ!」「ダメだったら家を出て自立しろ!」と言い聞かせて。


もちろんそんな姉ヤギ達の思いやりなんて、狼は知りません。

「おまっ、ちょっ……ララっ?!」

むしろ悲痛とも感じる声を上げた父親に、姉ヤギは両手をぱちんと合わせました。

「ごめんパパ!

 ナナのこと、よろしくね!」





ドアが再び施錠される音を聞いたナナが、小首を傾げました。

「ねぇパパ。キセイジジツ、ってなあに?

 ララ姉さんやリリ姉さんが、“キセイジジツって手段もある”って……」


狼は絶句しました。そして心の底から親友に詫びました。

……子ヤギ達をまるっと斜め上に成長させてほんとごめん、と。






それから狼が根負けするまで、約2年。

にまにまする姉ヤギ達の祝福には素直じゃない言葉を投げつけ、真っ白なドレスに包まれた7番目の子ヤギの唇を掠め取るように奪い、狼は末長く幸せに暮らしたとか。









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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いパパ [気になる点] 良い痴女 [一言] 初めまして。 短い童話風の物語の中で、ツンデレパパににまにましていましたら、最後の最後で最大級の爆弾が投下されました。 きっと毎日親友に詫びて…
[一言] 我慢出来ずに短編に浮気してしまいました♪(/ω\*) ひねくれてると見せかけて、結構うぶな狼パパが可愛かったです! ナナちゃんは最初からずっとパパのお嫁さん狙いなんて、逃げ道どこにもなかっ…
[一言] たった今、渡り廊下~の方に感想突撃してしまったのですが、我慢できずにこちらにも失礼しますっ!!ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ 不器用な狼パパ、素敵いいい~~♡♡ そして、痴女なナナちゃん(笑) …
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