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little by little  作者: ホタル
番外編
41/42

I give you all my love.


その全てを、愛するから。



 大晦日、夜の11時過ぎ。住宅街であるこの辺りは夜遅くに人影は少なく、だけど何処の家もまだ電灯が灯る。風は剥き出しの頬を切るように吹き、それを避けるようにマフラーに首を埋めた。

 一人暮らしを始めてから。紅白が終わった後はゆく年くる年を見て、一人こたつでぬくまる。友達からのお年賀メールは回線のパンクにより届くことはないと知っているから、それなりに正月特番を楽しんだら眠って。起きたら実家に戻り、近くの神社で家族とお参りし、夕飯を戴いて帰る。それはここ数年変わらない習慣だったけれど、年越し蕎麦を食べた後近くのお寺の話をしていたら、彼が甘酒が飲みたい、と言い出したのでお参りに行くことに決めたのだ。

 隣を歩く人に強く繋がれる手を意識しながらその顔を見上げると、甘さを含んだ瞳が私を見返して。何でもないと答えながらも、つくづくこんな住宅街が似合う人間じゃないよなあ、と思った。

 年末セールで一緒に買った黒のブルゾンは、安物だというのに彼が着ると一流ブランドのそれに見える。長い手足、高い身長、耳に少しだけ被さる黒髪と、前を見据える強い眼差しは端整なその顔を際立たせるもので。後姿だけでも分かる、磨き抜かれた男としての魅力を存分に持つ人。その経歴はインターハイ優勝後プロサッカー選手として活躍し、ワールドカップ代表に選出、今はドイツリーグ一位のチームに在籍している、という何とも華々しいものだ。それが今隣にいる、洒井寛人という男性だ。

 片や私、吉倉美哉は、普通の保育士だ。特筆して可愛いとか綺麗だとかということもないし、サッカーについて詳しい訳でもない。

 高校の卒業式に付き合いだし、別れて、再会してから今は婚約者という立場に落ち着いている。でも、やっぱり不意に私でいいのだろうか、と思う気持ちは去来した。

(思い返せば、付き合いだした頃から)

 高校でも一番モテていて、近隣の女子高生も彼に夢中で。そんな人の隣に並べる存在じゃないと自覚していたから、尚更苦しくて。別れてからは、テレビで見る度胸が痛んだ。彼とは世界が違ったのだ、と自分に言い聞かせて。


「美哉?」

「……ん?」

 繋いだ手を、ぐっと引っ張られる。少しかさついた彼の手に、帰ったらハンドクリームを塗ってあげよう、なんて思った。気付けば立ち止まっていたらしい私を不思議そうに振り返る寛人の目を真っ直ぐ見て、微笑んだ。

「あ、ごめんね」

「いや。……どうかしたか?」

 一歩近付いて、私の瞳を不安そうに覗き込む。柔らかな愛情を真っ直ぐ伝えられて、私の心は緩くほぐれる。

 その気持ちに促されるまま、私は口を開いた。

「今年は、ありがとう」

「……ああ、」

「これからもね。大好き」

 突然の言葉に目を瞠る彼に、少しだけ恥ずかしくなる。でも、止めようとは思わなかった。彼がいない間、考えたこと、そして知ったことを伝えたかったから。

「……あのね。私、寛人のことをずっと遠い人だと思ってた。高校の時も、再会してからも」

 『一人で抱え込まない』という約束の証明と、そして、これからの決意表明を。始まりの今年の内に。


 寛人がドイツに戻ってから。電話やメールは途切れないけれど、やっぱり距離って大きい。もしかしたら今頃他の女性と、って思うと止まらなくて、その不安を掻き消すように私を抱く腕は側になくて。

 テレビの中の彼、その活躍を知ると嬉しくて、美人な女優さんとかとのツーショットを見ると苦しくて。このまま、自分が置いていかれるっていう不安が胸を過ぎった。やっぱりいらない、と言われるんじゃないかと苦しくなる日も、何度も続いて。「何もないか」と電話越しに尋ねてくれる彼に、薄っぺらい「大丈夫」を繰り返した。

 ――だけど、そのもやもやは唐突に終わった。

 ある試合の前日。寛人から夜遅くにテレビ電話が来た。珍しいことにそれでも遅番だったからすぐ応じたけれど、いつもと違って寛人の様子がおかしかった。どことなく頼りなくて、不安そうだな、とすぐに分かる。だけど詳細を述べない彼に何も聞けず、電話はそのまま切れる。

 数日後、テレビで寛人の所属するチームの試合があったことを知った。しかも前年負けたチーム、リーグ優勝のために大事な一戦だったこと。寛人はPKを任され、見事勝利したこと。

 テレビのリポーターは『いつも通り淡々としたプレイで、動揺は全く見えません』と伝えていた。

 でも、すぐに分かった。PKのボールを蹴る直前。寛人の瞳が、不安に揺れていたこと。


 『何でもない。大丈夫だ』

 電話の向こう、強がる声。いつもと違う行動。

 気付かないふりをして、ずっと知っていたくせに。彼は無表情だけれど、その瞳に雄弁に映る感情を。


 どんな人間だって、強いばかりじゃない。だけど、弱さを出すことを許されない人もいる。洒井寛人、というサッカー選手は、落ち着いたメンタルが持ち味で、あんな場で不安そうな顔を見せることはチーム全体の士気にも係る。だけど、不安を感じないわけ、ないのだ。

 気付いた瞬間、――涙が零れた。

 テレビの向こうに映る彼のすごさと、強さと。そしてひっそりと誰にも言わなかった弱さと。隠しきれず、私に零された、彼の不安。それらすべてが、どうしようもなく愛おしく感じた。


「ドイツでサッカーして、テレビに映る、私の目の前にはいない寛人はやっぱり遠く感じるよ。私の助けなんていらないのかな、って思う」

 同じ一人の人間なのに。私は、サッカーをしている寛人と、目の前にいる寛人を全く別の存在として感じていた気がする。だから寛人が側にいると安心出来るのに、離れて『洒井選手』という存在だけを見ていると、不安が胸に募ったのだ。こんな強く美しい人の側にいていいのだろうか、って。

「でも、違うんだよね。どっちも寛人で、私を求めてくれてるんだよね」

 あの『洒井選手』と寛人は、同じ人物だ。寝癖を作り、ソファから足をはみ出して寝こけ、私が好きだと泣いてくれた彼と。

「それが分かったらね、好きだなって思ったの。

 ――今までも、これからも、全部の寛人が、大好きだよ」


 私の言葉を聞いて、目を丸くして聞いた寛人は、しばらくして大きくため息を吐いた。やや暗い外灯の下でも、その白さははっきりと目で捉えられて、私は首を傾げる。何故、このタイミングでため息を吐かれるのだろう、と。

 だけど、不意に。

「っ……」

 繋いだ手は離され、替わりに手首を握りこまれる。そのまま強い力で引き寄せられ、気付けば私は、寛人の広い胸の中にいた。

「ひ、寛人?」

 ひんやりと冷たいブルゾンの感触が頬に触れる。まだ遠くでは鐘の音が鳴るけれど、私はただ目の前の人の鼓動に耳を澄ませるばかりで。とくん、とくん、と徐々に早くなるその鼓動に、私のリズムもかき乱される。

「……いきなり、何てこと言う」

「え、あ、ごめ、」

「謝らなくていい」

 ぼそりと呟かれた言葉に謝れば、すぐさま否定され。

「……すぐに、返してもらうから」

 近付いた温もりはまたすぐ離れ、手に温もりが戻った。何となくほっとするものの、寛人が歩き出したのはお寺と反対方向で。

「ひ、寛人?逆だよ?」

 妙に早足の彼に息を切らしながら訴えるものの、寛人の歩みは止まらない。僅かに積もった雪に滑りそうになるのを堪えながら、必死に歩く。

 やがて、数分前に出た我が家が見えた。今日はどこのお家も実家に帰るか旅行に行っているかしているみたいで、出る前に点けっぱなしにしたうちの明かりしか見えない。真っ直ぐにそこへ向かい、ポケットから出した鍵を寛人は乱暴に鍵穴に突っ込む。音を立てて鍵を開けると。

「ひゃ、わ!?」

 腰を抱かれ、玄関先に座らされ。履いていたスニーカーは、何故か寛人によって脱がされる。想定外のことが続きすぎてパニックになる私に構わず、寛人は私を抱き上げて階段を昇った。

 電気も点けないままリビングを抜け、寝室に踏み入る。暖房を消したばかりだからまだほんのりと暖かさの残る部屋は、でも窓際だと少し寒くて。ふるりと身体を震わせると、それに気付いた寛人は私をベッドの上に下ろし、暖房のスイッチを入れた。ついでに電気のスイッチも入れようとする私の手は彼に縫いとめられ、気付けば、そのまま、天井を眺めていた。

「……あ。れ?」

 上に圧し掛かる彼の表情は、外灯でほんのり見える。余裕なさげに歪められた眉間、その下の瞳は真っ直ぐに私を射抜いて。性急に自分の着ていたブルゾンを脱ぎ、次は私のマフラー、コートと順に剥がれる。

 間抜けにも、冷たい指先がセーターの下から潜り込んだ時、やっと私は状況を理解した。

「え、な、なんで!?」

「美哉が悪い」

 淡々と零しながら、熱い唇が私の喉を吸い上げた。甘い感触に、小さく声を漏らすと満足そうに微笑む。その顔があんまり幸せそうなものだから、何と言ったらいいか、分からなくなって。

「なんでわた、」

 それでも反論しようとする私の唇を、寛人は塞いでしまう。まだ暖房が掛かり始めたこの部屋では、それが一番、暖かくて。徐々に体の力は抜け、その腕に身を預けてしまう。

 くったりと力の抜けた私の身体をベッドに押し付けながら、一度上体を起こす。寛人は自身が着ていたカットソーを、床に乱暴に投げ捨てた。

 キスのせいで潤んだ瞳でそのしなやかな肢体を眺めると、もう一つ、キスが落ちる。今度は、さっきよりずっと深い。底なし沼に溺れるような甘さに、怖くなって彼の背中にしがみついた。

「……あんな風に告白されて、我慢できるかよ……」

 唇が離れた瞬間囁かれた言葉に耳を傾ける余裕は、身体中を這いまわる指先に溶かされて。


「俺は、もっとずっと、美哉を――愛してる」


 甘く狂おしく囁かれた彼の告白を、私はもう、聞き取ることは出来なかった――。


 年末年始ということで、急に思いついた!割には特にその要素を絡まず……脳内の寛人より文の寛人はケダモノでした(笑)

 久々の文章のため、ごちゃごちゃになってしまい晒すのすら恥ずかしいですが一応出しますw

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