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little by little  作者: ホタル
本編
21/42

20. ~warmth~

今日は、二話アップしています。

先に19話を読んでください。

* * *


「ちょ、今のもう一回やって!飛んでぴゅーって奴!」

「……なんだそれ」

 一緒に走り回った小学生達に、汗だくでしがみつかれながら寛人は応えた。要領を全く得ない発言に、彼の眉間の皺は深くなる。何とか説明しようとするものの、はっきり言葉が出てこない小学生の額を弾いて、寛人は顔を上げた。

 そして、いつも公園に来ていた頃、彼女――美哉が座っていた辺りを、見る。体育座りの美哉が、こちらを見ているのが分かった。その姿に、心が綻ぶのが分かる。けれど美哉は突然こちらから視線を外し、走り出してしまった。

 目を丸くして辺りを見回すと、そこから数メートル離れた場所で、小さな子供が転んでしまったのか、地べたに転がり、泣き声をあげていた。美哉は走り寄り、子供に視線を合わせるために、しゃがみ込む。着ているチュニックの裾は地面に着いてしまっていて、汚れてしまうはず。けれど彼女は気にする様子も無く、微笑んでいた。

 泣き声をあげ続ける子供の頭を撫でて、何事か言い聞かせている。それでも泣きじゃくる子供に根気よく話しかけ、ポケットから何かを取りだした。それが目に入った途端、子供は泣くのを止める。そして美哉に話しかけた。美哉は笑顔で応じ、その何かを子供の掌に乗せてやる。そしてもう一度頭を撫でてやると、子供は嬉しそうに笑って、美哉に抱き付いた。

 そのまま子供を抱き上げ、美哉は歩き出す。その先には、若い女性がいた。子供を渡してやり、女性と話す美哉。

 やがて女性が歩き出し、子供が大きく手を振ると、美哉は笑顔でそれに答える。


 ――その、微笑みは。

 遠目でも分かるほど、ひどく穏やかで、優しくて。


「……」

 寛人は、静かに頬を緩めた。


* * *


 しばらく待っていると、小学生達が寛人に手を振って、遊具の方へ走って行った。それに手を振り返し、寛人は真っ直ぐこちらへ歩いて来る。そしてシートに腰を下ろした途端、思い切り後ろへ身を投げ出した。

「え、ひ、寛人?」

「……疲れた」

 ぼそりと呟いた寛人の額からは汗が噴き出している。もちろん、本番の試合ならもっと長時間、もっと悪いコンディションでやるのだろう。でも、相手が違う。元気一杯の小学生達に囲まれていたら、自分の元気が吸い取られたのかもしれない。小さく笑いながら、バッグの中から取り出したタオルを、その頭に掛けて、ついでに冷えた麦茶を手渡す。小さく頭を下げてそれを受け取った寛人は、一気に麦茶を飲んで、タオルで顔や首の汗を拭っていた。

 それからしばらく、また、会話がなくなる。だけどそれは気まずい沈黙じゃなくて。

「……悪かったな」

 ぽつり、と落ちた寛人の言葉に、その顔を見る。彼もまた、こちらを見つめていた。その真っ直ぐな視線に、私は笑って、首を振る。

「ううん、別に。見てるだけでも楽しかったから、良いよ」

「……でも、腹減っただろ。今もう二時だし」

 寛人の言葉に、腕時計を覗くと、確かにもうお昼時は過ぎていた。言われれば、お腹が減って来た気がする。大きく息を吐いた寛人は、立ち上がり、私を振り返る。

「どっか、食いに行くか。駅の方まで行けば、ファミレスでもあるだろ」

「え、あ、待って」

 その言葉に、慌ててバッグの中に手を入れる。そして、大きな包みを取り出し、寛人に見せた。蓋を開けてみせると。

「……弁当?」

「うん。私の料理なんて食べ飽きてるかもしれないけれど、良ければ」

 中身を見て、寛人は目を丸くした。そして私の言葉に大きく首を振り、シートに座りこむ。素早いその動きにびっくりしつつ、二段重ねのお弁当を広げた。

 サンドイッチの具は、ハムに卵、昨日の残りのカツとかぼちゃサラダ。ママレードジャムとイチゴジャムなど、甘いものはロールサンドイッチにした。ベーグルサンドイッチは、ちょっと奮発して、スモークサーモンと玉ねぎにきゅうり、それからクリームチーズ。あとは寛人がくれたソーセージをたこさんにしてみた。デザートは、オレンジゼリー。保冷剤を一緒にいれておいたから、そんなに温くなっていないはず。

 と、説明しながら、寛人の顔を覗き込んで、苦笑した。

「……ていうか、ごめんね。重かったよね」

「……いや、大丈夫だ」

「でもこれ、かなりあるよ?やっぱりコンビニとかで買えば良かったね」

 持ってきたウェットティッシュを寛人に渡し、手を拭いてもらう。

 出掛ける時に何が必要か分からなくて、ついつい荷物が増えてしまうのは、私の悪い癖だ。自分が重いなら仕方ないけれど、寛人に持たせてしまうことは予想がついたんだから、やめておけばよかった。ちょっと後悔しながらサンドイッチに手を伸ばすと。

「……俺は、嬉しいから」

 そっと、小声で寛人が零す。それに顔を上げると、寛人は、微笑んでいた。言葉の通り、とても嬉しそうな顔で。

「……」

 思わず言葉を失う私から視線を外し、寛人はサンドイッチに手を伸ばした。見ている内に、どんどん寛人の口の中に消えていく。でも私は、なかなか動くことが出来なかった。

「……っ」

 ――あんな顔、反則でしょう。

 どんな言葉よりも雄弁に感情を語った、あの笑顔。何度も何度も目の前にリフレインしては、私の思考を止めてしまう。思い出せば顔が熱くなり、心臓が跳ねて。それは何とも、甘い感覚だった。


 ご飯を食べた後、しばらくまったりして、腹ごなしに公園を一周した。そんなに大きいものじゃないから、三十分もすれば終わってしまう。だからそのまま駅に向かい、電車を待っている間に、ソフトクリームを食べた。私はストロベリー、寛人はバニラ。お金はちゃんと自分で払うと言ったのに、寛人は昼の礼だから、と言って譲らず、奢ってもらうことになる。

 その冷たさに、少々頭がキーンとしたけれど、とても美味しかった。寛人は食べ慣れていないからか、手に色々零していて、苦笑してしまった。

 電車に乗り込んでからは、何だかんだ歩き疲れていたのか、ずっとうとうとしていた。それでも何とか眠らないように堪えて、小倉塚に戻って来た時には、夕陽が半分を過ぎていた。

「あの子たち、やっぱり将来サッカー選手目指してるのかな?」

「そう言ってた」

「そっかぁ。未来のスターだね」

 家への道を一緒に歩きながら、今日のことを話す。

 本当に夢を叶えることを出来る子は一握りかもしれないけれど、本気でサッカー選手になりたいなら、その夢を持ち続けることが出来るなら、きっと可能性は出てくるはず。きらきら目を輝かせていた彼らを思い出しながら、私は、ひどく穏やかな気持ちになっていた。

 どこかで流れる、午後六時を知らせる歌。横を走り抜ける子供達に、夕飯の匂い。そして長く伸びる二つの影、時折腕を掠める温もり。

 ――今側にいる人は、寛人なのに。寛人だから。私はこんな風に、色んなものを、優しく感じるのかもしれない。

 家に着いて、寛人からバッグを渡された。お弁当を食べたから、もう大分軽い。お礼を言って受け取り、鍵を開けながら、寛人を振り返った。

「今日、ご飯何食べたい?鮭あるから、ちゃんちゃん焼きにしようか」

「……いや」

「別のにする?お肉の方が良い?」

「いや」

 寛人の好物をあげるも、何故か断られる。気分じゃないのかもしれない。確か豚肉が冷凍してあったから、そっちでも良いな、と思っていると、今度はさっきよりはっきりした否定が届いた。

 振り返ると、寛人が真剣な顔で私を見ていた。何が言いたいのか分からず、首を傾げると、寛人はしばらく黙った後苦笑した。

(え、な、何?)

 突然笑われる理由が分からず、ますます混乱する。そんな私を見て、寛人は一層、笑みを深くして。

「……今日上がったら、……我慢出来なくなりそうだから」

 ――囁かれた言葉は、私の耳に届く前に、風に舞って、消えてしまった。

 そして伸びてくる、彼の大きな手が、私の前髪を掻き上げる。突然触れた温もりに、思わず身を竦める私の耳に、小さな笑い声が届いて。

(……もしや、からかわれてる?)

 ちょっとむっとした私が、寛人を睨もうと顔を上げた瞬間。目の前に彼の顔があることに、死ぬほど驚いた。その広い背を屈めて、私を見つめる。その瞳には、小さな炎がちらつく。久々に見たような、初めて見たような。分からないけれど、私はその炎が醸し出す不思議な引力に、引き寄せられるように、動けなくなってしまって。

 ―チュ

 ……額に触れる柔らかい感触と、小さく響いた音に、私の脳味噌は、完全に動きを止めてしまったらしい。

「……じゃあ、帰るな。ちゃんと戸締りしろよ」

 優しく額を撫でられて、ゆっくりと、彼の指は離れる。その間も、彼の瞳は私を捉えて離さない。強く強く、まるで絡め取るように。その声も、とびきり優しくて。まるで私の耳までも、支配するみたい。

 やがて。その温もりも、気配も。私の目の前から、ゆっくりと消える。最後に、今にも溶けそうなくらい、甘ったるい微笑みを残して。


「……え……」

 少しだけ、動くようになった身体。そっと、額を撫でてみる。そこにはありえないのに、温もりが残っているような気がして。

「……え?」

 彼は今、……何をした?


 触れた指先、

 熱い瞳、

 響いた音。

 寛人が、顔を近付けた理由は。


「っええええええ!?」

 ――気付いた瞬間、自分の口から、勝手に絶叫が飛びだしていた。


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