ありふれたこと。
徹は電車を待っていた。
夕方、大抵この時間帯のプラットホームは、おもに帰宅途中のサラリーマン・中高生達でひしめき合っていて、その大勢と同じように、徹は、2列に並んで準急電車を待っていた。
「はーだるい。イライラする。」徹は思った。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったんだ。
小学生の頃、自分は将来サッカー選手になりたいと思っていた。
地域の子供サッカーチームにも所属していた。チームの中では足が速く、それなりにうまかった。
でもまぁ、所詮その程度だった。
中学に入学してからも部活動でサッカーを続けたが、どの大会に出場しても賞などもらえるはずのない弱い部だった。
その頃には、プロサッカー選手になるという夢なんかとっくに忘れて、当時流行っていたお笑いに乗じて、芸人になりたいなんて思っていた。
勉強そっちのけで、だらだらとお笑い番組を見ては、あのコンビの漫才は面白いとか、あの芸人はつまらないとか、偉そうに出演者を評価していた。
高校生になった頃にはその夢も心の中から消えていた。
勉強も運動もそこそこ、平日はイスに座ってだらだらと授業が終わるのを待ち、休日は友達と遊ぶか、家でゴロゴロして過ごし、それなりに恋愛もして、可もなく不可もなくな平穏な生活だった。
この頃には、特に夢など無かった。
それでも自分は何かすごい人間になるんじゃねーか。かっこよくて周りから憧れるような特別な人物になれるんじゃねーか。とひそかに思っていた。
大した努力もせず、将来を深く考えもせず、近くの大学に一般入学した。
大学の学生生活は適当なものだった。サークル仲間との飲み会・合コンなどなど…。考えたら真面目に勉強なんて一度もしていなかったし、就職のことも「めんどくせー。」「働きたくねー。」とギリギリまで後回しにしていた。(今考えるとなんて馬鹿だったんだと思う。)
サラリーマンにはなりたくなかった。何の面白みもない、企業の歯車になんてなりたくなかった。サラリーマンなんて、大体が働きアリみたいで、みじめな負け組だと中高生の頃思っていたし、今も思っている。
でも結局、俺はそのなりたくなかった職に就いた。
両親は、この不況の時期に、正社員として就職できてよかったと、喜んでくれた。
両親の笑顔を見ても、俺は、嬉しくなかった。
入社して、8か月がたった。
通勤ラッシュの人ごみにも、パソコンを見つめてのただただ単調で、だるい作業にも、上司の小言や多少理不尽な扱いや、つらい飲み会にも、慣れた。
つまらない。…こんなつまらない毎日が定年退職するまで繰り返されていくのか。嫌だ。
毎日、電車に乗っている背広姿の中年男達の目は、まるで死んだ魚の目のようだ。
きっと俺の姿も後十数年たてばそんな風に見えるようになるのだろう。
例えば今俺の隣に並んで電車を待っている50歳代くの男だってそうだ。
生気がなく長年の疲れが積もった肩。
少し気弱そうな顔だから、若い頃は上司に怒られてばかりで、へこへこしてて、頑張っても大した役職に就けなかったような人なんだよ、きっと。勝手にそんな事を考えた。
嫌だよ本当。もう辞めてぇなー仕事。
(大学の同級生の)カズとか確かフリーターしてたよな。金ねーけどバイト先の女の子とかとこの前カラオケ行ったとか言ってたし楽しそーだよなぁ。
仕事したくねー。遊んで暮らしたい。
つーかなんで続けられんの?仕事。
何にも楽しいこと無いじゃん。嫌もう。
そう投げやりな気持ちになっているとき、隣の男がカバンから二つ折りの携帯電話を取り出して、画面を開いた。
徹がちらっと見ると、男は、先ほどとは別人のような表情をしている。
幸せそうな横顔。
つい、気になって男の携帯をのぞいてしまった。
携帯の画面は、スヤスヤと眠っている赤ん坊の写真だった。
男が徹に気づいた。
徹は、慌てて「すみません。」と言って、顔を画面からそらした。
男は、「いえいえ。」と笑顔のまま答えた。
「これはねー。私の孫何ですよ。はは、今年の5月に産まれたばかりの初孫なんです。」
「へー、そうなんですか。可愛いですね。」徹は答えた。
男との会話はそれで途切れ、それから一分程で電車が駅に着いた。
徹は、すし詰めの電車の中で、自分の目から涙が出そうなのを必死でこらえていた。
なんで、こんな事で泣きそうになっているんだ…。
数分前まで俺は何を考えてた?
何にも楽しいこと無いとか考えて、あの男を馬鹿にしていたじゃないか!
あれが人並みの幸せとかいうやつなのか。
恋をして、結婚して、子供が出来て、子供の成長を見守って、子供が結婚して、孫が出来て…。
そんな、普通の日常が、あんな幸福な笑顔を浮かべさせるのか。
俺は、勝手にあの男を不幸な男と思って同情していた。
だけど、別に悪くないじゃないか。サラリーマンだって。仕事なんてほとんどの職業は楽しいものじゃないだろう。きっと。普通も案外悪くない。かもしれない。
もう少し続けてみよう、仕事。辞めようと思えばいつでも辞めれるんだから。
徹は、電車を降りて、夜道を足早に歩いていった。
初めて物語を書きました。
読みにくい小説だったかもしれません。
それでも読んでいただきありがとうございます!
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