13 王都の流行
王都では奇妙な症状に悩む人が出てきた。
昼間はそれほどでもない。だが夜になると、急に咳がひどくなる。
寝台に入る。体を横にする。
すると喉が焼けるようになり、咳が止まらない。
眠れない。
起き上がる。水を飲む。しばらくすると落ち着く。
だが、また横になると咳が出る。
そんな症状だった。
そのため王都の薬屋には、連日客が押し寄せていた。
ポイード薬局でも咳止めを大量に作っていたが、どうにも評判がよくない。効く者もいるが、効かない者も多い。
店内には薬を求める客が並んでいた。
その中の一人の男が瓶を持ち上げて言った。
「前に買った咳止めは飲んで一週間ほど楽だったんだが、この間買ったのは一晩しか効かなかった。薬が悪くなったんじゃないのか?」
その言葉に、周囲の客が一斉にこちらを見る。
咳の薬を買いに来ている者ばかりだ。
みんな同じことを思っているのだろう。
カウンターの向こうに立つアーチーが静かに答える。
「薬は同じ処方です。効き目が弱くなったと感じるなら、症状が進んだのかもしれません。お医者様には診てもらいましたか?」
男は肩をすくめた。
「医者もわからんみたいだ。とにかく咳止めを飲めとさ」
そう言った途端、男は激しく咳き込んだ。
「ごほっ……ごほっ……!」
体を折り曲げるようにして咳をする。
近くの客が少し離れる。
咳は長く続いた。
やっと息を整えた男が、涙を拭きながら言う。
「夜がきついんだ。横になると止まらん」
アーチーは黙って薬瓶を差し出した。
「まずはこれを。水は多めに飲んでください」
男が瓶を受け取る。
その時、アーチーも小さく咳をした。
「こほっ」
本人も一瞬だけ眉をひそめた。
店の空気が、少しだけ重くなる。
並んでいる客の一人が小声で言った。
「これ……この店の薬の効き目が落ちてるんじゃないよね」
誰も答えなかった。
◇◆◇◆◇
トチュウ村。
わたしの店の扉が、ぎい、と開いた。
普段着に剣を差した男が顔を出す。いつも来てくれる冒険者だ。
「やあ、ダイアナ」
「いらっしゃいませ」
わたしは、お菓子を切っていた手を止めて挨拶した。
「おや、元気そうだね」
祖母も挨拶した。
「今日は休みなんだ。王都の噂話でも」
その言葉に、わたしは少し手を止める。
「王都の話?」
男は頷いた。
「なんでも、すごい咳が流行ってるんだってさ」
「咳?」
思わず聞き返した。
「それは辛いわね」
祖母がゆっくり椅子に座る。
その顔は、少し遠くを見るようだった。
「咳かい? もう三十年になるかね。そんなことがあったよ」
「そんなことがあったの?」
祖母はうなずいた。
「あの時はひどかった。夜になると皆眠れなくてね」
冒険者が身を乗り出す。
「同じだ。横になると咳が止まらないって」
祖母はゆっくり続けた。
「その時は、この店で薬を作って王都に送ったよ。わたしの祖母の薬だよ」
「おばあちゃんの、おばあちゃん?」
祖母はくすりと笑う。
「そうさ。昔からこの家は薬屋だったからね」
冒険者が腕を組む。
「今は咳をしすぎて、喉から血が出る人もいるって聞いたぞ」
祖母の顔が少しだけ真剣になる。
「似ているね」
やかんの湯気がゆっくり立ち上っている。
祖母はそれを見ながら言った。
「鍋とかやかんで湯気を立てると喉が楽になるんだ。昔はみんなやっていた」
「でも今は誰も知らないの?」
祖母は肩をすくめた。
「年寄の知恵は馬鹿にされるからね」
冒険者は真面目な顔で聞いている。
「咳を楽にするお茶の準備をしておくかね」
わたしはうなずいた。
「うん。多めに作っておこう」
やかんの湯気が静かに立ちのぼる。
王都で広がる咳。
そういうのは、流行り始めたら早いと講習会で習った。
だから、準備しておこう。
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