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処刑回避を目指して未来の私と共に清楚系令嬢の仮面を剥ぎとります  作者: 宗像 凪


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エピローグ

【大陸暦一二二九年四月】


 大聖堂の鐘が、春の空に高らかに響き渡っていた。

 王都の広場は人で埋め尽くされ、祝祭の熱気が街全体を包み込んでいる。新国王ヴィクトールの即位式、そして新王妃リリアナの戴冠式。この日、王国は正式に新たな時代を迎えた。


 大聖堂の中は、息を呑むような厳粛な雰囲気に満ちていた。祭壇の前にはルドルフ陛下が立ち、その隣には跪いたヴィクトール様の姿がある。

 ルドルフ陛下の手によって、ヴィクトール様の頭上に黄金の王冠が授けられた。


「我が子、ヴィクトール。汝、この王国を治める覚悟はあるか」

「はい、父上」


 迷いのないその声が、聖堂の隅々にまで響き渡る。


「その覚悟、信じよう。この王冠を授ける」


 その瞬間、聖堂内に轟くような歓声が沸き起こった。

 次に、ヴィクトール陛下が立ち上がり、私の前に立った。その手には、白金に優美な宝石が散りばめられた王妃の冠がある。


 私は静かに跪いた。ヴィクトール陛下が、慈しむような眼差しで語りかける。


「リリアナ。共に歩んでくれるか」

「はい。――共に」


 冠が、私の頭上に優しく置かれた。ヴィクトール陛下が私の手を取り、立ち上がらせる。その手に彼が静かに口づけると、歓声はさらに一段と大きくなった。


    ◇


 祝宴は夜遅くまで続いた。王宮の大広間は王国中から集まった貴族たちで賑わい、新国王夫妻を祝福する声が絶え間なく寄せられる。

 私はその華やかな輪の中に、懐かしい顔をいくつも見つけた。


「リリィ、おめでとう。立派な王妃になったな」


 エリオット兄様が、誇らしげな笑みを浮かべて近づいてきた。兄様はエスターク公爵位を継ぐ準備を本格化させており、今は公爵代理として領地と王都を奔走している。領地は順調で、領民からも深く慕われているという。


「よくやった、リリアナ。お前の母も、きっと誇りに思っているだろう」


 お父様が、かつてないほど優しい声で言った。お父様は宮廷の主要な役職を退き、王妃の外戚として余計な詮索を受けぬよう、後進へ道を譲ることを決めていた。その表情には、憑き物が落ちたような穏やかさがあった。


 侍女として控えるマリアの目は、喜びでキラキラと輝いている。主従の枠を超えた絆が、今も私たちを結んでいた。


 遠くにはローゼンタール伯爵の姿もあった。謹慎を解かれた彼は、本物のセシリアを偲ぶ慈善活動を続けている。事故で家族を失った孤児たちへの援助。贖罪の道を、彼は自らの意志で静かに歩んでいた。


    ◇


 祝宴が一段落した頃、私はそっと広間を抜け出し、バルコニーへ出た。

 夜風が火照った頬を撫でる。眼下には祝祭の明かりで輝く王都の街並みが広がり、見上げれば満天の星が美しく瞬いていた。


(アナ、見てる? 私、幸せよ)


 心の中で、もう一人の自分に語りかける。融合してから八ヶ月。アナの人格は私の一部となったが、今でも時折、心の奥底で彼女の声が聞こえる気がする。


『当然でしょ。これがあなたの、いえ、私たちの未来よ。よくやったわ、リリィ。あなたは本当に強くなった』


 アナの声が、誇らしげに響いた気がした。

 ありがとう、もう一人の私。

 処刑されるはずだった未来は、もうどこにも存在しない。今ここにあるのは、アナと共に掴み取った、輝かしい現実だ。


    ◇


「誰と話しているんだ?」


 背後から声をかけられ振り返ると、ヴィクトール様が不思議そうな顔で立っていた。


「……内緒ですわ」


 私が悪戯っぽく笑うと、彼は首を傾げたが、それ以上は追求しなかった。私の隣に立ち、共に夜景を見渡す。


「父上は予定通り明日、南の離宮へ向かわれる。母上も同行されるそうだ」

「寂しくなりますけれど……あの穏やかな環境が、お二人には合っているのでしょうね」


 アデライーデ元王妃は即位に伴い幽閉を解かれた。ヴィクトール様との親子関係が完全に修復されるにはまだ時間がかかるだろうが、静かな地で、かつての野心を捨てて穏やかに暮らす道を選んだ。


「エドワード様はお元気かしら?」

「まあ、それなりに上手くやっているらしい」


 ヴィクトール様が素っ気なく答えた。彼はやや、異母兄には辛口になる。


 元王太子は、辺境の領主として新しい人生を歩み始めたばかりだ。意外なことに、王都の政治と異なり領民と直接触れ合う生活を楽しんでいるらしい。とはいえ、相変わらず思いつきで周囲を困らせることもあるらしいが。


「ダミアンは、教師になったそうですわね」


「ああ。恩赦で釈放され、平民の学校で教鞭をとっている。急進的な政治思想ではなく、実用的な知識を与えることで平民の底上げを図りたいそうだ」


 クロウ侯爵家との縁組は解消され、実家とも縁を切られて平民となったダミアンだが、自身の教養を生かして新たな職を得た。まだ教師になって数ヶ月だが、真面目に働いているという。


「フェリックス様は?」


「文官見習いとして、真面目に働いている。地道に信用を積み上げているようだ。いずれは有能な貴族として活躍するだろう」


 ヴィクトール様の言葉に、私は安堵の息を吐いた。

 かつて私を裏切り、あるいは敵対した者たちも、それぞれの場所で新しい人生を歩み、成長しようとしている。

 誰一人として、絶望の中に置き去りにされていない。


『相変わらず甘いんだから』


 そんなアナの皮肉が聞こえた気がして、私はふっと微笑んだ。



「ノルヴェリアとの関係も、改善に向かっている」


 ヴィクトール様が話題を変えた。


「あなたの外交手腕のおかげですわ」

「だが、これからも慎重に関係を築いていく必要がある」

「ええ」


 ナターシャの件を「無かったことにする」というヴィクトール様の政治判断は、当初は弱腰すぎると一部の貴族の反感を買った。しかし結果としてノルヴェリアに大きな貸しを作ることになり、関税などの面で大幅な譲歩を引き出すことに成功した。


 新国王の巧みな外交により、両国の関係は確実に改善している。未来は、希望に満ちていた。


    ◇


「リリアナ。これからどんな困難があっても、二人で乗り越えていこう」


 ヴィクトール様が私の手を取り、真摯な眼差しで言った。


「ええ、共に。国王と王妃として。そして――あなたを愛する妻として」


 夜空を一筋の流れ星が走り、私は静かに目を閉じて願いを込める。この幸せが、ずっと続きますように。そして、全ての人がそれぞれの幸せを見つけられますように。


『その願い、きっと叶うわ。だってあなたは、未来を変えてみせた強い子だもの』


 心の奥底で、アナが優しく笑った。

 ありがとう、アナ。


 私は目を開け、隣にいるヴィクトール様の温もりを感じながら、新しい人生の一歩を踏み出す。希望に満ちた、光り輝く未来へ。


 ――これは、処刑されるはずだった悪役令嬢が運命を変え、幸せを掴んだ物語。

 そして、これからも続いていく、新しい物語の始まり。


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