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2.知を奪う者、理を恐れる者

星窓の書庫の扉は、重々しい音を立てて開いた。


内部は、巨大な吹き抜けだった。

壁という壁に、無数の書架と発光する結晶体が並んでいる。

紙、羊皮紙、金属板、魔導クリスタル――

帝国の知、そのすべてが、ここに集積されていた。


「……これは……」


アルテは、言葉を失った。


「古代魔術、魔導兵器、帝国史、支配契約……

 私たちが命を懸けて探してきた情報が……

 全部、ここに……」


「感動しているところ悪いが」


晋作が、肩越しに言う。


「長居は無用だ。

 帝国様が、もうすぐ押し寄せてくる」


その瞬間。


久坂玄瑞は、誰よりも早く動いていた。


「――ここからは、私の時間です」


彼の眼鏡が、鈍く光る。


【万理の解読者コード・デサイファ

全開。


久坂は、本に触れない。

視界に入れた瞬間、文字列・数式・概念が分解され、再構築される。


「……なるほど。

 魔導炉の基礎理論は、こうなっていたのか」


空中に、無数の数式が浮かび上がる。


「支配層向けの魔力配給制度……

 名目は福祉、実態は搾取。

 うまい仕組みだ。だが――」


久坂の口元が、わずかに歪んだ。


「……この帝国は、よくもここまで世界を歪めたものです」


アルテは、呆然と久坂を見ていた。


「ちょ、ちょっと待って……

 それ、帝国が数百年かけて蓄えた知識よ?

 読んで理解するだけでも、人生が何百回あっても足りないのに……」


「“読む”必要はありません」


久坂は、淡々と言う。


「理解するだけでいい」


彼の脳内で、帝国の“理”が、音を立てて組み替えられていく。


その時。


一冊の、古びた日誌が視界に引っかかった。


『異界干渉記録・第一稿』


久坂の動きが、一瞬止まる。


「……これは」


彼は、その内容をスキャンした。


――異界より来たる者あり。

――彼らは、理の外側に立つ。

――世界法則を、道具として扱う。


――分類名は、すでに決められていた。


久坂は、静かに息を吐いた。


「なるほど……

 帝国は、知っていたのですね」


「何をだ?」晋作が訊く。


「我々のような存在が、

 いずれ必ず現れることを」


その瞬間。


外で、爆発音が響いた。


「晋作様!!」


入江九一の声が、通信越しに飛ぶ。


「帝国軍です!

 魔導騎士部隊、来ます!

 数……多い!!」


「撤収だな」


晋作は、即断した。


「久坂、欲しいモンは全部持ったか?」


久坂は、こめかみを指で叩いた。


「ええ。

 全部、ここに」


晋作たちは、風のように書庫を後にした。


残されたのは――

粉砕された防壁。

空になった知の要塞。


――その頃。


魔導帝国アストリア・中央監察庁。


巨大な円卓を囲み、帝国の高官たちが集まっていた。


「……星窓の書庫が、破られました」


報告官の声が、震える。


「侵入者は四名。

 障壁破壊を確認。

 知識データ……ほぼ全損」


ざわめき。


「馬鹿な……!」


「アーク・プロテクトが!?」


その時。


円卓の奥、玉座の影から、声が響いた。


「――静かに」


その一言で、場が凍る。


「騒ぐな。

 これは“事故”ではない」


姿は見えない。

だが、誰もが知っている。


皇帝の声だ。


「想定内だ。

 むしろ……

 やっと、来たか」


高官の一人が、恐る恐る問う。


「へ、陛下……

 侵入者は、レジスタンスでは……?」


「違う」


皇帝は、断言した。


「彼らは――

 理を壊す側の存在だ」


その時、通信水晶が光った。


『第七監察官、ヴァルター・クロウ』


低く、愉悦を含んだ声。


『解析ログ、拝見しました。

 実に美しい破壊です』


「感想はいい」


皇帝が言う。


「分類を」


『承知』


ヴァルターの声が、はっきりと告げた。


『侵入者を――

 異邦の脅威エキゾチック・ペリルとして正式認定』


空気が、凍りつく。


『追跡・殲滅権限、発動。

 私が、狩りましょう』


皇帝は、わずかに笑った。


「好きにしろ。

 だが――」


一拍。


「彼らは、殺すには惜しい。

 観測しろ。

 世界が、どう壊れるかを」


その夜。


地下の隠れ家で、アルテは呟いた。


「……私たち、

 本当に……

 とんでもない人たちを、

 仲間にしてしまったのね」


晋作は、楽しそうに笑った。


「今さらだろ?」


彼の瞳に、雷が宿る。


「さあて。

 帝国様が本気なら、

 こっちも派手にやらねぇとな」


「次は――」


久坂が、静かに続ける。


「世界の“支配装置”そのものを、壊します」


こうして。


革命は、もはや反乱ではなく――

世界規模の異常事態となった。


晋作たちは、正式に。


この世界の

“敵”になった。

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