1.理を斬る者
星窓の書庫・正門前。
月が二つ浮かぶ夜空の下、巨大な石造ドームは静かに佇んでいた。
だが、その静謐は偽りだ。
建物全体を覆う、半透明の青い光膜。
触れるものすべてを拒絶する、絶対防御――
アーク・プロテクト。
近づくだけで、皮膚が焼けるように痛む。
空気そのものが、侵入を拒んでいた。
「……やっぱり、無理よ」
アルテの声は、震えていた。
「近づくだけで魔力を吸われる。
これが帝国の“理”よ。
壊せるはずがない……」
入江九一が、一歩前に出た。
「ならば、私が盾になる」
彼の全身に、金色の紋様が走る。
不屈の金剛壁。
見えない壁が展開され、仲間たちを包み込んだ。
「晋作様。久坂先生。
私の盾が保つのは――十分が限界です」
「十分もありゃ、上出来だ」
高杉晋作は、笑った。
その瞬間。
久坂玄瑞の視界では、世界が“剥がれて”いた。
アーク・プロテクトを構成する、無数のルーン。
魔力循環式。
修復プロトコル。
世界法則と同期した、防御の論理。
(完璧だ……)
普通なら、そう結論づけて終わる。
だが――
(……待て)
久坂の思考が、わずかな違和感を捉えた。
循環。
入力。
出力。
同時に行われている“はず”の処理。
(いいや……違う)
数式の流れが、ほんの一瞬、入れ替わる。
(見つけた……!)
久坂は叫んだ。
「晋作様!!」
晋作は、すでに目を閉じていた。
体内の血流が、雷のように加速している。
「聞こえてる」
久坂の声が、震える。
「この障壁は……
エネルギーを循環させる際、
入力と出力が切り替わる瞬間があります!」
アルテが、息を呑む。
「そ、それって……」
「その間――
防御力が、ゼロになる」
沈黙。
「……時間は?」
「0.003秒」
アルテは、思わず叫んだ。
「む、無理よ!!
そんな一瞬で、しかも一点を狙って!?
人間にできるわけがない!!」
それは、事実だった。
だが――
晋作は、にやりと笑った。
「人間の話か?」
雷光が、彼の身体を包む。
石畳が、浮き上がる。
「俺たちはな、
世界を壊しに来た狂人だ」
久坂が、歯を食いしばる。
「狙う点は一点!
障壁中央、ルーン配列の接合部!
直径――二センチ!!」
「了解だ」
晋作は、刀の柄を握った。
世界が、静止する。
久坂のカウント。
「――三」
雷が、収束する。
「――二」
空気が、裂ける。
「――一」
久坂の声が、裏返った。
「――今だッ!!」
抜刀。
「雷電の革命者ヴォルト・レボリューション
――型破り・黒船割り」
それは、斬撃ではなかった。
一点に収束された、破壊の概念。
青白い光が、二センチの“理の継ぎ目”を正確に撃ち抜く。
――0.003秒。
世界が、理解するより先に。
カッ――――――――――――ンッ!!!!
時間が、砕けた。
次の瞬間。
パリン、と。
世界中のガラスが割れたような音が響き、
絶対防御・アーク・プロテクトは、
粉々に崩壊した。
金色の紋様が、音もなく消える。
「……あり得ない……」
アルテは、その場に座り込んだ。
晋作は、刀を鞘に納め、肩を回す。
「ふぅ。
硬ぇ板だったな。
手が痺れたぜ」
久坂は、呆然と砕け散る光の残骸を見つめ、呟いた。
「……理は、壊せる」
その瞬間。
星窓の書庫の奥で、警報が一斉に鳴り響いた。
だが――
もう、遅い。




