2.狂気への賭け
歓楽街の喧騒の中で、事件は起きた。
笑い声。
酒の匂い。
魔導灯に照らされた、歪な平和。
その片隅で――
数人のゴロツキに囲まれた、ひとりの少女がいた。
ボロ切れ同然の服装。だが、その瞳だけは、まだ折れていない。
「――アルテ」
彼女は、帝国に滅ぼされた亡国貴族の末裔。
そして、地下で息を潜めるレジスタンスの一員だった。
入江九一が、迷いなく一歩踏み出す。
「女子供に手を上げるとは……武士の風上にも置けん!」
剣が振り下ろされる。
だが――
ガキン、と甲高い音が響いた。
「なっ……!?」
【不屈の金剛壁】
刃は、入江の肌を、傷一つ付けることなく弾かれていた。
ゴロツキたちが、一瞬、たじろぐ。
「失せろ」
高杉晋作が、指を鳴らした。
「でなきゃ――黒焦げだ」
バヂヂヂッ――!
威嚇の雷撃が石畳を焼き、空気を震わせる。
ゴロツキたちは悲鳴を上げ、我先にと逃げ散った。
残されたアルテは、震えながらも、三人を睨み据える。
恐怖よりも、先に出てきたのは警戒だった。
「……あなたたち、何者?」
久坂玄瑞が、一歩前に出る。
「敵ではありません」
「我々の目的は、あなたと同じです」
「帝国の打倒――です」
アルテは、冷たく笑った。
「理想論ね」
「帝国は、知識も力も、すべて独占している」
視線が、久坂の目を射抜く。
「あなたたちの暴力で、どうにかなる相手じゃない」
「違う」
久坂は、即座に言い切った。
「我々は、帝国の《知識の壁》を破壊できます」
晋作が、肩をすくめる。
「俺たちは、この世界のルールを知らねぇ」
「だから――」
一歩、前に出る。
「ルールの外で、暴れられる」
沈黙が落ちた。
やがてアルテは、短く息を吐く。
「……来なさい」
「私たちの隠れ家へ」
「あなたたちの“本質”を、見極める」
薄暗い地下の隠れ家で、帝国の実情が語られる。
絶対防御。
魔導船。
魔力搾取システム。
「勝てないのよ……」
絞り出すような声。
その言葉に、晋作は、笑った。
「夢を見るな、ってか?」
「違うな」
彼は、刀を抜き、天井を指した。
「夢しか見ねぇから、俺たちはここまで来た」
「壁があるなら、壊す」
「道がないなら、作る」
雷光が、室内を震わせる。
「――それが、俺たち長州のやり方だ」
アルテは、言葉を失った。
久坂が、静かに続ける。
「最初の標的は《星窓の書庫》」
「帝国の知識の要塞です」
「潜入は任せてください」
稔麿が、微笑む。
「守りは、私が」
入江が、胸を叩いた。
根拠はない。
だが、否定できない説得力があった。
アルテは、拳を握りしめる。
そして、決意とともに言った。
「……賭けるわ」
「あなたたちの、その狂気に」
最初の標的は、難攻不落の知識の要塞。
この瞬間、
彼女は帝国に戻る道を、完全に失った。
狂乱の維新は、
静かに――だが確実に、動き出していた。




