幕間 狩りが戦争になる時
帝都アストリア。
治安監察局本庁舎。
その建物は、威圧を目的としていない。
飾りも、象徴も、誇示もない。
ただ――
抵抗されることを想定していない構造だけが、そこにあった。
⸻
最上階。
窓のない執務室。
監察官ヴァルターは、報告書を一枚、机に置いた。
指は、震えない。
「……死者三」
淡々と読み上げる。
「魔導兵一名、戦闘不能」
「帝国兵二名、即死」
副官が、静かに補足する。
「現地証言より、
異邦由来の雷撃。
影による拘束。
加えて――」
一拍。
「スラム住民による、意図的な殺害が確認されました」
ヴァルターは、目を閉じた。
数秒。
それは、祈りではない。
計算だった。
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「……質が変わったな」
副官が、わずかに息を呑む。
「“維新団”そのものではありません」
「ですが――」
「分かっている」
ヴァルターは、静かに言った。
「異邦者がいるだけなら、珍しくもない」
「反乱思想も、珍しくない」
彼は、報告書を指で叩く。
「だが――」
一度だけ、言葉を切る。
「帝国民が、自分の意思で、帝国兵を殺した」
その一点で、
世界の意味が変わる。
「これはもう、鎮圧ではない」
副官が、問いかける。
「……では?」
ヴァルターは立ち上がり、壁際の剣に手を伸ばした。
鞘に触れただけで、空気が張り詰める。
「狩りだ」
⸻
魔導水晶が、一斉に起動する。
各地の監察補佐官。
魔導騎士団の連絡官。
治安局上層。
全員が、ヴァルターの顔を見て背筋を正す。
「通達する」
声は、低く、簡潔だった。
「異邦反乱組織・維新団」
「および、これに同調したスラム武装集団を――」
一拍。
「帝国に対する武装蜂起勢力と認定する」
ざわめき。
だが、反対意見は出ない。
「スラム地区は、以後――」
ヴァルターは、冷たく続けた。
「治安維持対象から外す」
沈黙。
それが、何を意味するか。
全員が理解していた。
「制圧権限は、私が預かる」
承認は、即座に返った。
⸻
通信が切れた後。
副官が、慎重に尋ねる。
「……即時包囲を?」
ヴァルターは、首を振った。
「急ぐな」
「逃がすのですか?」
「逃がす」
即答だった。
「彼らは、今が一番“増える”」
餌を撒く。
噂を流す。
英雄譚と恐怖を、同時に広げる。
「集まったところを、刈る」
ヴァルターは、淡く笑った。
「革命は、熱で死ぬ」
⸻
同時刻。
スラムの夜明け前。
奇兵隊の焚き火は、まだ消えていない。
彼らは知らない。
もう――
帝国は、スラムを“街”として扱っていないことを。
それが、
どれほど残酷で、
どれほど本気の宣告かを。
⸻
狩りは、終わった。
これから始まるのは――
戦争だ。




