幕間 帝国記録/異常事象報告
魔導帝国アストリア
中央監察院・第七記録室
水晶板に、淡い光が走った。
「――再生を開始」
壁一面に展開された魔導映像に、白銀の街路が映し出される。
夜。巡回兵。規則的な配置。
次の瞬間――
空間が、歪んだ。
「……空間位相の反転?」
記録官の一人が、息を呑む。
本来存在しないはずの座標に、突如として“四つの質量”が出現する。
落下。着地。衝撃。
「召喚反応ではありません」
別の官が即座に否定した。
「術式痕跡なし。契約紋もなし。これは――」
映像が、拡大される。
白銀装甲の巡回兵が接近し、警告を発する。
次の瞬間、画面が白く焼き切れた。
「雷……?」
いや、違う。
それは自然現象ではない。
魔力反応でもない。
だが、確かに――エネルギーだ。
「測定不能……? 馬鹿な」
「帝国規格外です。既存の魔導工学体系に該当しません」
沈黙が落ちる。
やがて、上座に座る老監察官が、静かに口を開いた。
「対象を仮称する」
水晶板に、新たな文字列が刻まれる。
――異界由来個体群/雷属性反応確認
「単独ではない。四名。武装あり」
「言語は未解析。だが、意思疎通能力は高い」
「巡回兵一個分隊、行動不能」
記録官が、唾を飲み込む。
「……反乱分子、でしょうか」
老監察官は、首を振った。
「違う」
再生された映像の最後。
雷光の中心で、ひとりの男が笑っている。
恐怖でも、混乱でもない。
選択の顔だ。
「彼らは、逃げてきたのではない」
「来たのだ。意図的に」
そして、低く告げる。
「この都市に」
水晶板が暗転する。
「都市下層への潜伏を想定」
「民衆との接触確率、高」
「思想汚染の危険性――中」
老監察官は、しばし黙考したのち、命じた。
「監視を続行せよ」
「排除は、まだ早い」
誰かが問う。
「理由は?」
老監察官は、わずかに笑った。
「壊しに来た者が、
この帝国をどう見るのか――」
「それを知る価値はある」
記録は、そこで途切れていた。




