幕間 秤
帝国治安局・非公式分析室。
白い壁。
無音の空間。
机の上に、淡く光る魔導結晶が浮かんでいた。
表示されているのは、簡素な記録。
・密告組織、壊滅
・死者二名(内一名、未成年)
・維新団、直接関与
分析官は、感情のない声で読み上げる。
「……暴力の統制率、低下」
別の声が続く。
「しかし、撤退判断は迅速。
指揮系統は崩れていない」
結晶が、淡く脈動する。
「――結論」
分析官は、淡々と告げた。
「彼らは、反乱者ではない」
一拍。
「革命者だ」
誰も、少年の死に言及しなかった。
それは“誤差”だった。
犠牲が出たことで、
暴力は、もはや思想だけのものではなくなった。
「……ようやく“現実”に入ったな」
記録官の一人が、興味深そうに呟く。
「理想だけの反乱は、長くは保たない」
結晶に、赤い評価符号が刻まれる。
【脅威度:上昇】
【観測継続】
⸻
同じ夜。
スラム、酒場《黒犬亭》。
二階の薄暗い部屋で、
ガザは、一枚の報告書を握り潰していた。
文字は、滲んで読めない。
だが、内容は分かっている。
――子どもが死んだ。
ガザは、椅子に深く腰を沈め、
片目を閉じた。
「……早ぇな」
誰に向けた言葉でもない。
守ると言った。
選ばせると言った。
だが――
選ばなかった者が、死んだ。
部下が、恐る恐る口を開く。
「王……
このまま、維新団に関わるのは……」
ガザは、首を振った。
「もう遅い」
声は、低く、乾いていた。
「血が流れた時点で、
街は、秤に乗った」
帝国の秤。
革命者の秤。
そして――街自身の秤。
「正しいかどうかは、関係ない」
ガザは、立ち上がる。
「残るか、消えるかだ」
窓の外では、
夜明け前のスラムが、息を潜めていた。
「……雷の男」
小さく、名を呼ぶ。
「お前は、まだ迷っている」
片目を、ゆっくりと開く。
「だがな。
迷ううちは――まだ、人だ」
ガザは、灯りを落とした。
この夜、
帝国は“数値”を上げ、
街は“覚悟”を失った。
革命だけが、
静かに、前へ進んでいた。




