5. 名を捨てた者たちの声
焚き火の音が、ぱちりと弾けた。
晋作は、炎を見ていた。
だが、見ているのはここではない。
血の匂いでもない。
スラムの夜でもない。
もっと昔――
国が、まだ重かった頃だ。
⸻
最初に蘇ったのは、
冷たい声だった。
情を含まず、慰めもなく、
ただ現実だけを叩きつけてくる声。
『国を変えたい言うた時点で、
そいつぁもう、国の人間やないがや』
焚き火が、揺れる。
『国に期待するな。
国は裏切らん代わりに、
最初から守っちゃあくれん』
低い、土佐訛り。
『腹ぁ据えちゅうがか。
名も、家も、明日も捨てる腹が』
『それが出来んがやったら、
最初から刃ぁ抜くな』
優しさはない。
だが――逃げ道もなかった。
晋作は、無意識に笑った。
(……ああ)
(あんたも、逃げん男やった)
⸻
次に思い出したのは、
重たい声だった。
低く、太く、
地を踏みしめるような響き。
『理想だけで国ぁ動かん』
『血ぃ流す覚悟がある奴だけが、
次の話をしてよか』
薩摩訛り。
荒いが、どこか実務的な声。
『正義は後から付いてくる』
『勝った方が、正義じゃ』
焚き火が、爆ぜる。
『負けた理想は、
ただの死体じゃ』
『生き残りたきゃ、
まず勝て』
厳しい言葉。
だが、嘘はなかった。
(……そうだな)
(勝たなきゃ、何も残らねぇ)
⸻
そして、最後に残ったのは――
声ではなかった。
倒れていった背中。
笑ったまま、戻らなかった顔。
名前を呼ばれることなく、
ただ「志」だけを残した連中。
(奇兵隊……)
胸の奥で、その言葉が沈む。
(また、作っちまったな)
異世界だろうが、
時代が違おうが、
やっていることは同じだ。
名を捨て、
国を捨て、
それでも前に進む連中を集める。
焚き火の向こうで、
誰かが寝返りを打つ。
今の仲間たちだ。
まだ弱い。
まだ揃っていない。
だが――
逃げてはいない。
晋作は、静かに立ち上がった。
「……大丈夫だ」
誰に向けた言葉でもない。
過去にか。
それとも――
これから死ぬかもしれない連中にか。
一瞬、言葉を選び、
そして、言い切る。
「今回は、負けねぇ」
焚き火が、強く燃え上がった。
⸻
翌朝。
奇兵隊は、再び動き出す。
名を捨てた者たちの声を、
背中に背負って。




