表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/31

3. 血と笑いの、はじまり

スラムに朝は来ない。


夜の延長のような薄暗さの中、

悪臭と煤にまみれた路地で、十数人の影が息を潜めていた。


帝国の徴税官一行が、今日も来る。


――維新団と呼ばれ始めた者たちの、

だがまだ“軍”とは呼べぬ集団の、初陣だった。



「数は……六。魔導兵は一人だけだ」


屋根の影から、稔麿の声が落ちてくる。


「正面は避けろ。横道から挟めば――」


「いや」


晋作が、即座に遮った。


ざわ、と空気が揺れる。


「正面から行く」


「冗談だろ……?」

誰かが、思わず呟いた。


晋作は歯を見せて笑う。


「正面から殴らなきゃ、帝国は“敵”だと気づかねぇ」


「俺たちはな、

隠れて生き延びるために集まったんじゃない」


アルテは、胸の奥がざわつくのを感じていた。


(無茶……でも)


逃げない男だ。

それだけは、もう分かっていた。



突入は――派手だった。


「来たぞ!」

「維新団だ!」


怒号と同時に、雷光が路地を裂く。


帝国兵が怯む。

だが――


足並みが、揃っていない。


一人が突っ込みすぎ、

一人が合図を待ち、

一人が瓦礫に足を取られる。


「待て! まだ――」


魔導兵の詠唱が、間に合った。


眩い光。

爆風。


壁が砕け、

瓦礫が舞い、

誰かの悲鳴が上がる。


「――ッ!!」


倒れたのは、少年だった。


胸を押さえ、血を吐く。


「くそっ……!」


入江が即座に前に出る。


【不屈の金剛壁】が展開され、

追撃の魔力を弾く。


だが――


一瞬だけ、遅れた。



地面に倒れた男が、動かない。


片腕の用心棒だった。


「……冗談だろ」


誰かの声が、震えていた。


帝国兵は、撤退していた。

被害が出る前に引いた――それだけだ。


勝利。

だが、誰も喜ばなかった。


血の匂いが、路地に残る。


晋作は、動かない男の前に膝をついた。


「……悪い」


その声に、笑いはなかった。


「祭りだって言ったのに、な」


誰も、責めなかった。



「……もう街から逃げますか?」


アルテが、静かに問う。


未熟だ。

次は、生き残れないかもしれない。


晋作は立ち上がり、振り返った。


「逃げたい奴は、今だ」


沈黙。


誰も、動かない。


少年が、震える声で言った。


「……怖い。でも」


血に染まった手を、ぎゅっと握る。


「ここで逃げたら、

あの人の死が、ただの事故になる」


それで――

答えは出た。



夜明け前。


片腕の男は、簡素に弔われた。


晋作は、少年の前に立つ。


「お前……名前がないって言ってたな」


「……はい」


「今日からだ」


晋作は、刀を鞘に収める。


「お前は――八雲だ」


少年――八雲は、目を見開いた。


「嵐の前に集まる雲だ。

覚悟はあるか?」


八雲は、泣きながら頷いた。



維新団の名の下に集められた、

奇兵隊と呼ばれる者たちは、弱い。


訓練もない。

規律もない。


だが――


逃げなかった。


その事実だけが、残った。


この夜、

スラムの底で、

“戦うための集団”が生まれた。


後に、人はそれを――

奇兵隊と呼ぶ。



同じ頃。


監察官ヴァルターは、報告を受けていた。


「死者一名。

スラムで、武装集団が帝国兵と交戦」


「名は?」


「……維新団を名乗っているとのことです」


ヴァルターは、静かに指を組む。


「なるほど」


立ち上がり、剣を取る。


「やっと“実体”を持ったか」


彼は、感情の抜けた声で呟いた。


「雷の革命者……」


「次は、実験では済まん」


帝都の歯車が、

音を立てて回り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ