2. 値札の付いた革命
バルカ下層区。
昼間であっても薄暗いスラムの中央広場は、いつになく騒がしかった。
酒場の呼び込み。
露店商の怒号。
喧嘩の前触れのような荒れた声。
その喧騒の中心に、人だかりができている。
「……なんだ?」
入江九一が足を止めた。
石壁に、真新しい羊皮紙が何枚も貼られている。
人々は指を差し、囁き、時に唾を吐きながら、それを食い入るように見つめていた。
嫌な予感に、アルテが先に割って入る。
「ちょっと……見せて――」
次の瞬間、彼女の顔色が一気に変わった。
⸻
羊皮紙の中央には、帝国の紋章。
その下に、簡潔すぎるほど簡潔な文言。
【帝国告示】
異邦反乱組織
維新団
帝国秩序攪乱の重罪につき
生死不問
懸賞金:一人につき金貨一万枚
下段には、粗い線で描かれた四つの似顔絵。
雷を纏い、狂笑する剣士。
眼鏡をかけた解析者。
輪郭の曖昧な影。
分厚い盾を構えた重装兵。
――四名。
⸻
「……一万……?」
アルテの声が、かすれる。
久坂が静かに首を振った。
「国家布告の“最高額”とは別枠です」
「これは下層区向け。即金で人を動かすための――実務用の値段ですね」
「……随分と、分かりやすいな」
入江が苦く言った。
久坂は続ける。
「“ばら撒き用”です。
英雄を狩らせる金ではない。
――数で殺すための数字だ」
人々の視線が、明らかに変わっていた。
恐怖ではない。
値踏みだ。
「四人で四万……」
「腕の立つ奴を集めりゃ……」
「帝国が保証してるってことだ」
「……もう、隠れられる段階ではありませんね」
久坂の言葉に、くつくつと笑い声が混じった。
高杉晋作だった。
「はは……」
小さな笑いは、やがて抑えきれなくなる。
「ははは……はははははは!!」
彼は腹を抱えて笑った。
「聞いたかお前ら!
俺たち、もう“維新団”なんだとよ!」
アルテが睨む。
「笑い事じゃない!」
「いや、最高だ」
晋作は告示を剥がし取り、ひらりと振った。
「名を付けられたってことはよ――
帝国が、俺たちを“思想”として見たってことだ」
雷光が、彼の瞳に宿る。
「ただの異邦人じゃない。
ただの暴徒でもない」
一歩、前に出る。
「革命者だ」
周囲が、ざわめいた。
稔麿が、影から静かに告げる。
「狩っても、正義になる。
そういう段階に入ったということです」
アルテが歯を噛みしめる。
「……街が、戦場になる……」
「なるさ」
晋作は即答した。
「名を落とした以上、
この街はもう無関係じゃない」
その瞬間だった。
酒場の扉が、内側から蹴破られる。
「いたぞ! 維新団だ!!」
剣、斧、魔導銃。
十数人の賞金稼ぎが、広場に雪崩れ込む。
「数が多い!」
アルテが叫ぶ。
「ちょうどいい」
晋作は刀の柄に手を置いた。
「なぁ聞けよ、名も知らねぇ連中」
雷が、彼の周囲に集まる。
「俺たちはな――
もう逃げるために集まったんじゃねぇ」
一歩、踏み出す。
「維新団って名を背負った以上、
ここが戦場だ」
雷鳴が、落ちた。
こうして――
“維新団”という名は、先に街へ落ちた。
だがまだ、
その名の下で戦う“軍”は、完成していない。
それを形にするのは――
次の戦いだった。




