2.雷電の覚醒と異世界の邂逅
世界が、裏返った。
爆音も悲鳴もない。
ただ、全身を内側から押し潰されるような衝撃だけがあった。
次の瞬間、四人の身体は硬質な石畳へと叩きつけられる。
「――ぐっ……!」
高杉晋作は、反射的に身を起こしていた。
全身が軋み、内臓が本来あるべき位置からずれている感覚がある。それでも刀の鯉口を切っていたのは、意識ではない。本能だ。
――空気が、違う。
湿り気はない。
乾ききった、冷たい空気が肺を刺す。
鼻を突くのは、血でも土でもない。
硫黄と鉄、そして煤が混じった、人工的な異臭。
耳を打つのは雷鳴ではなかった。
巨大な獣が、眠りながら地の底で唸っているかのような、低く、重い振動音。
「……ここは、日本ではないな」
久坂玄瑞が呟いた。
恐怖よりも、先に思考が走っている声だった。
晋作は、顔を上げる。
そこに広がっていたのは、常識の外側。
木造ではない。
石と白銀の合金で組み上げられた巨大建築が林立し、その高さは五重塔を優に超える。壁面には見たこともない紋様――いや、文字か。規則性を持ったルーンが、淡く脈打つように光を放って刻まれている。
そして、夜空。
闇を切り裂くように、魔法陣を纏った巨大な鉄の船が、悠然と空を航行していた。
黒船など、比較にすらならない。
あれは船ではない。
空を支配するための、兵器だ。
「魔法……いや、違う」
久坂の視線が、貪欲に情報を拾っていく。
「科学と融合している。体系化された技術だ。文明水準は……幕府どころか、欧米すら凌駕している」
一拍、置いて。
「――ここは、異世界だ」
その言葉を聞いた瞬間、晋作は腹の底から笑った。
「はは……!」
乾いた笑いが、石の街に響く。
「なるほどな。黒船が可愛く見えるわけだ」
地面に手を突き、立ち上がる。
その動きに合わせ、体内を雷の残滓が走った。
制御されきっていない力が、血管の中で唸っている。
――力が、ある。
理不尽に殺されるだけの世界じゃない。
殴り返せる場所に、来た。
稔麿と九一も立ち上がり、周囲を警戒する。
その時だった。
「……来るぞ」
久坂の声が、低く鋭くなる。
通りの奥から、規則正しい足音。
白銀の装甲に身を包んだ人影が、数体、こちらへ向かってくる。
動きに迷いがない。
感情の抜け落ちた、機械のような歩調。
手にした槍の穂先には、魔法陣が浮かび、淡く光を帯びていた。
異世界の兵士。
そして――敵。
「止まれ! 貴様ら、何者だ!」
言葉は理解できない。
だが、排除の意思だけは、嫌というほど伝わってくる。
晋作は、一歩、前に出た。
「久坂」
「……分かっています。交渉は成立しません」
槍先が、完全に光を帯びた。
――来る。
高杉晋作は、口角を吊り上げた。
「よし」
留魂録が、胸元で脈打つ。
「じゃあ――挨拶だ」
次の瞬間、青白い雷光が、晋作の全身を包んだ。
雷鳴が、空気そのものを引き裂く。
踏み込む。
雷電が爆ぜ、石畳が砕け散る。
「――志ってのはな」
雷の中心で、晋作は静かに言った。
「落ちてくるもんじゃねぇ。落とすもんだ」
異世界での最初の一撃は、
逃走でも、防衛でもない。
それは――
宣戦布告だった。
2025.12.14内容修正しました。
2025.12.16内容修正しました。




