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5. 名を持つ者たち

夜明け前の泥街は、異様な静けさに包まれていた。


帝国の検問線は、なお維持されたまま。

だが――燃やされるはずだった街は、まだ息をしている。


スラム・地下水路

奇兵隊は、もはや「隠れて」はいなかった。


地下水路。

屋根裏。

崩れた礼拝堂。


街の影という影に、人が集まり始めていた。


「……来ちまったな」


晋作が、ぽつりと呟く。


集まってきたのは、


腕の立つ盗賊。

仕事を奪われた鍛冶屋。

帝国に弟を殺された少年。

何も持たないが、怒りだけを持つ者たち。


武器も、装備も、立場もばらばらだ。


だが――

目だけは、同じ色をしていた。


一人の老婆が、震える足取りで前に出る。


「……あんたが、雷の人かい」


「ああ」


晋作は、短く答えた。


「帝国が来たら、

どうせ私らは死ぬ」


老婆は、ゆっくりと周囲を見渡した。


「だったら――

立って死ぬ方が、マシだろうさ」


沈黙。


次の瞬間。


誰かが、地面に武器を叩きつけた。


ガンッ。


それが合図だった。


鉄。

木。

拳。


音が、次々と重なる。


久坂玄瑞が、一歩前に出た。


「我々は、帝国を救いません」


ざわめき。


「正義も、秩序も、掲げません」


さらに、ざわめきが広がる。


「ただ――

奪われたものを、取り返す」


久坂は、はっきりと言い切った。


「それが、維新団です」


稔麿が、低く呟く。


「……組織が要る」


入江が頷く。


「命令系統も」


アルテが続けた。


「守る対象を、明確に」


晋作は、集まった者たちを見回した。


「じゃあ、決まりだ」


刀を抜き、地面に突き立てる。


「この街を守る連中を――

奇兵隊って呼ぶ」


ざわり、と空気が震えた。


「身分は関係ねぇ。

金もいらねぇ。

命令が気に入らなきゃ、従わなくていい」


晋作は、笑う。


「ただし――

退くな」


雷が、静かに走った。


帝国治安局・詰所

報告官が、青ざめた顔で叫ぶ。


「監察官殿!

住民が……逃げていません!」


ヴァルター・クロウは、紅茶を置いた。


「ほう」


「武装化を開始しています。

統率……あり」


一瞬。


ヴァルターの口角が、わずかに上がる。


「“街が敵になる”か」


立ち上がり、外套を整える。


「予測はしていた。

……だが、歓迎すべき事態ではない」


次の報告が、空気を変えた。


「彼らが、自称しています」


「何と?」


「――奇兵隊と」


沈黙。


「……名を得たか」


ヴァルターは、剣を取る。


「ならば次は――

殲滅ではない」


目が、冷たく光る。


「狩りだ」


夜明け

太陽が、瓦礫の向こうから昇る。


泥街に、初めての朝が訪れる。


晋作は、空を見上げた。


「先生……」


小さく笑う。


「どうやら俺たち、

まともじゃいられなくなったみたいだ」


街のあちこちで、火が灯る。


それは、破壊の炎ではない。


――抵抗の合図だった。


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