4. 雷の革命者
バルカ中央区・検問線。
白銀の外套が、朝靄の中を歩いていた。
帝国監察官――ヴァルター・クロウ。
彼の歩みは遅い。
だが、その背後では、
魔導騎士。
治安局狙撃兵。
封鎖結界展開班。
すべてが、無言で配置についていく。
「命令を復唱しろ」
クロウが言った。
「対象区域――スラム《泥街》
敵性組織――維新団および協力者
処置――見せしめを含む、完全制圧」
部下の声は、わずかに震えていた。
「よろしい」
クロウは微笑んだ。
「秩序は、恐怖によって最も効率よく保たれる」
⸻
泥街・市場跡。
奇兵隊の見張りが、息を詰めて報告する。
「……帝国が、本気です
封鎖、始まりました」
久坂が地図に視線を走らせる。
「四方向から包囲。
退路は――」
「ねぇな」
晋作が短く言った。
アルテが歯を噛みしめる。
「この街に残ってるのは……
逃げられない人たちばかりよ……」
その時だった。
ドンッ――。
市場の反対側で、爆音。
悲鳴。
煙。
そして――処刑。
⸻
市場広場。
三人の男が、広場の中央に跪かされていた。
「密告者です……」
兵士が報告する。
クロウは、首を横に振った。
「違う」
淡々と言う。
「協力者だ」
剣が振り下ろされる。
首が落ち、
血が、石畳を赤く染めた。
周囲の市民が、凍りつく。
クロウは声を張り上げた。
「異邦の革命者に関われば、こうなる」
沈黙。
「次は――
隠れ家を提供した者
情報を流した者
見て見ぬふりをした者だ」
アルテの顔が、蒼白になる。
「……このままじゃ、街が死ぬ」
⸻
奇兵隊・臨時会議。
「出る」
晋作が言った。
「俺が行く」
「正気ですか!?」
久坂が即座に否定する。
「相手は皇帝直属の監察官――」
「だからだ」
晋作は笑った。
「俺が出なきゃ、街が焼かれる」
入江が前に出る。
「なら、私も」
「いや」
晋作は首を振る。
「今回は――俺一人だ」
稔麿が低く言った。
「……影で援護します」
晋作は頷いた。
「死ぬなよ」
⸻
市場広場・対峙。
瓦礫の向こうから、雷光が走る。
帝国兵が吹き飛び、
どよめきが広がる。
クロウが、ゆっくりと振り返った。
「……ようやく、か」
瓦礫の上に立つ男。
高杉晋作。
「よう」
晋作は肩をすくめる。
「街を壊す趣味はねぇんだがな」
クロウは、まだ剣を抜かない。
「噂どおりだ。
雷を纏う異界の革命者」
左目の刻印が、赤く輝く。
「秩序破壊因子――
異邦の脅威」
晋作は鼻で笑った。
「長ぇ名前だな。
……“祭り男”でいい」
一瞬、空気が凍る。
次の瞬間――
クロウの背後から、不可視の刃。
だが。
ガキンッ!!
見えない壁が、稔麿の攻撃を弾いた。
「……影か」
クロウは微笑む。
「記録で知っている」
刻印が変化する。
「監察権限――抑止」
空間が歪む。
雷が、消えた。
「なに……?」
晋作の雷が、発動しない。
クロウは、初めて剣を抜いた。
「秩序はな、
“例外”を許さない」
一閃。
晋作の肩が裂け、
血が飛ぶ。
「晋作様!!」
影が動く。
煙幕。
久坂の符号が炸裂し、
入江の盾が、雷撃を受け止める。
混乱の中、晋作は引き戻された。
⸻
撤退。
路地裏。
晋作は壁にもたれ、荒く息を吐いた。
「……クソ。
想像以上だな、監察官」
久坂の表情は険しい。
「雷を封じる概念干渉……
通常の魔導ではありません」
アルテが呟く。
「監察官……
皇帝の“犬”よ」
晋作は血を拭い、笑った。
「噂どおりだぜ」
その目が、燃える。
「……本気で俺を殺しに来れる奴は」
彼は立ち上がり、奇兵隊を見回す。
「聞いたな、みんな」
「これからは――逃げるな」
「帝国が街を盾にするなら、
俺たちは――街そのものになる」
再び、雷が灯る。
⸻
遠くで、クロウが振り返った。
瓦礫の向こうで、
雷の残滓が、夜に溶けていく。
ヴァルターは、剣を振り下ろさなかった。
逃げる背を、あえて追わない。
「……なるほど」
小さく、息を吐く。
雷の出力。
間合いの取り方。
撤退の判断速度。
どれも即興ではない。
だが――完成でもない。
記録結晶は、正常に動いている。
数値は残る。
理論も成立する。
それでも、
雷だけが“再現できない”。
「……殺すには、まだ早い」
副官が、一瞬だけ目を見開く。
「追撃は?」
ヴァルターは、首を横に振った。
「記録は十分だ。
個体ではない。“構造”になり得る」
剣を、静かに鞘へ収める。
「名を持った時が、終わりだ」
夜空を見上げ、
ほんのわずかに、口角を上げた。
「――雷の革命者」
一拍。
「次は、逃がさん」




