3. 名を狩る者
翌朝。
バルカの街は、昨日までとは明らかに空気が違っていた。
原因は一目で分かる。
街の至る所――掲示板、酒場の壁、ギルドの入口。
そこに、同じ紙が貼られていた。
【特級指名手配】
異邦の革命組織
――維新団
首領格:
雷を操る異邦人(男)
異常な知識を持つ眼鏡の男
影に溶ける暗殺者
鉄壁の防御を持つ重装兵
懸賞金:
構成員一名につき 金貨五万枚
生死不問
協力者・匿った者も同罪とする
「……倍どころじゃねぇな」
晋作は貼り紙を見上げ、鼻で笑った。
「五万だと?
安すぎて腹が立つ」
「笑い事ではありません」
久坂が低く言う。
「この金額設定は、見せ金です。
個人を釣るためではない」
彼は、手配書の文面を指でなぞる。
「“組織”を、街ごと潰すための額です」
周囲の空気が、ひりついた。
通りの向こう。
酒場の影。
屋根の上。
無数の視線が、値踏みするように彼らを追っている。
傭兵。
賞金稼ぎ。
情報屋。
そして――裏切りを生業にする者たち。
「それに……」
久坂は、静かに続けた。
「名前が消されています」
「名前?」
アルテが眉をひそめる。
「英雄を作らせないためです」
久坂は淡々と言った。
「名を与えれば、人は集まる。
帝国は、それを一度学習した」
晋作は、口元だけで笑った。
「なるほどな。
賢くなりやがった」
その直後だった。
「……っ!」
路地の奥から、鈍い音が響いた。
駆け寄ると、奇兵隊の一人が倒れていた。
腹を押さえ、血が石畳に広がっている。
「やられました……」
男は、歯を食いしばりながら言う。
久坂が即座に屈み込む。
「追跡型の魔導弾です。
帝国正規ではない……賞金稼ぎ」
入江が、拳を握りしめた。
「……もう、始まっている」
晋作は、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと立ち上がる。
革命は、名を持った瞬間から血を吸う。
それは、避けられない。
――その頃。帝国治安局・特別執務室。
重厚な扉の内側で、空間が唐突に“裏返った”。
音もなく、光もなく。空席だった椅子に、最初からそこにいたかのように、男の姿が浮かび上がる。
衣服の乱れも、疲労もない。ただ、世界法則への再適合を示す微かな魔力光が、霧散していくだけだ。
「……ふむ。こちらの座標は、やはり空気が重い」
男――帝国監察官ヴァルター・クロウは、何事もなかったかのように紅茶のカップを手に取り、机上の報告書に目を落とした。
「星窓の書庫、破壊」
「魔導障壁、突破」
「異邦人による知識流出」
彼は、静かに紙を置いた。
「……なるほど」
部下が、慎重に言葉を選ぶ。
「監察官閣下。
現地では、偶発的な――」
「違う」
クロウは、淡々と否定した。
「これは“革命”だ」
刻印が、赤く脈動する。
「秩序を壊す意思を持った存在。
最も危険な異物だ」
彼は立ち上がった。
「狩りの時間だ」
――再び、スラム。
奇兵隊の仮アジトには、沈痛な空気が漂っていた。
「……俺のせいです」
負傷した隊員が、俯いた。
「外を歩いたから……」
「違う」
晋作は即答した。
「悪いのは、お前じゃねぇ」
彼は、全員を見渡す。
「俺たちが、名を上げすぎた」
久坂が、静かに続ける。
「今のままでは、いずれ全滅します。
賞金首とは、“守る仕組み”がなければ成立しない」
「仕組み……?」
アルテが問う。
晋作は、地図を広げた。
「街だ」
スラム全域を、指で叩く。
「情報屋、宿屋、物売り、浮浪者。
全員が俺たちの“目”で、“盾”になる」
「帝国が金で首を買うなら」
晋作の目が、獣のように光る。
「俺たちは、“誇り”で仲間を増やす」
入江が、静かに頷いた。
「守る対象が必要です。
奇兵隊は、剣だけでは続かない」
稔麿が、影から呟く。
「……この街、まだ死んでません」
晋作は、満足そうに笑った。
「よし。決まりだ」
刀を、床に突き立てる。
「次はな――
逃げる革命じゃねぇ」
一拍。
「根を張る革命だ」
その瞬間。
遠くで、低く重い鐘の音が鳴った。
帝国治安局、非常動員の合図。
――監察官ヴァルター・クロウが、
この街に足を踏み入れた証だった。




