幕間 裁きの沈黙
――聖王国リュミエル
聖都リュミエル。
白亜の大聖堂を中心に広がる広場は、異様な熱を帯びていた。
「裁け――!」
誰かが叫ぶ。
その声に呼応するように、群衆が続いた。
「神敵を断て!」
「異界の冒涜者を滅ぼせ!」
「神の秩序を汚す者に、裁きを!」
松明の火が揺れ、聖印が掲げられる。
怒りと恐怖と、そして――信仰が、混ざり合って渦を巻いていた。
噂は、すでに“教義”に近い速度で広がっている。
星窓の書庫が破られたこと。
神の秩序が、異界の者によって踏み越えられたこと。
そして、その名が――
**異邦の脅威**であること。
群衆は確信していた。
裁きは、下されるべきだと。
⸻
一方――
聖都中枢、聖務枢機院・最深部。
円形の評議室には、祈りの声も、怒号もなかった。
あるのは、張り詰めた静寂だけ。
中央に浮かぶ聖晶水晶には、
粉砕された星窓の書庫の映像が、無言で映し出されている。
枢機たちは席に着いたまま、誰一人として口を開かない。
誰もが知っていた。
ここで発せられる一言が、
“聖戦”にも、“赦免”にもなり得ることを。
やがて、玉座に座す聖王が、わずかに指を動かした。
それだけだった。
命令はない。
裁定もない。
断罪の言葉も、赦しの宣言もない。
沈黙。
それは迷いではない。
躊躇でもない。
選択だった。
――裁かない、という選択。
聖王国は、剣を抜かなかった。
代わりに、民の信仰が先に刃を持つことを許した。
⸻
その夜。
聖都の路地で、誰かが囁く。
「……まだ、裁かれないのか?」
別の声が、答える。
「神は、沈黙なさっている」
だが、沈黙は空白ではない。
それは、溜め込まれた圧力だ。
信仰は、答えを待てない。
疑問は、やがて憎悪に変わる。
⸻
こうして。
聖王国リュミエルは、
剣を振るうことなく、裁きを始めた。
それは命令ではなく、誘導。
処刑ではなく、期待。
そして誰も気づいていない。
この世界で最も脆いものが、
神の秩序そのものであることを。
沈黙のまま積み上げられた信仰が、
やがて――
神すら守れぬ炎になることを。




