表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/31

幕間 裁きの沈黙


――聖王国リュミエル


聖都リュミエル。

白亜の大聖堂を中心に広がる広場は、異様な熱を帯びていた。


「裁け――!」


誰かが叫ぶ。

その声に呼応するように、群衆が続いた。


「神敵を断て!」

「異界の冒涜者を滅ぼせ!」

「神の秩序を汚す者に、裁きを!」


松明の火が揺れ、聖印が掲げられる。

怒りと恐怖と、そして――信仰が、混ざり合って渦を巻いていた。


噂は、すでに“教義”に近い速度で広がっている。


星窓の書庫が破られたこと。

神の秩序が、異界の者によって踏み越えられたこと。

そして、その名が――

**異邦の脅威エキゾチック・ペリル**であること。


群衆は確信していた。

裁きは、下されるべきだと。



一方――

聖都中枢、聖務枢機院・最深部。


円形の評議室には、祈りの声も、怒号もなかった。

あるのは、張り詰めた静寂だけ。


中央に浮かぶ聖晶水晶には、

粉砕された星窓の書庫の映像が、無言で映し出されている。


枢機たちは席に着いたまま、誰一人として口を開かない。

誰もが知っていた。


ここで発せられる一言が、

“聖戦”にも、“赦免”にもなり得ることを。


やがて、玉座に座す聖王が、わずかに指を動かした。


それだけだった。


命令はない。

裁定もない。

断罪の言葉も、赦しの宣言もない。


沈黙。


それは迷いではない。

躊躇でもない。


選択だった。


――裁かない、という選択。


聖王国は、剣を抜かなかった。

代わりに、民の信仰が先に刃を持つことを許した。



その夜。


聖都の路地で、誰かが囁く。


「……まだ、裁かれないのか?」


別の声が、答える。


「神は、沈黙なさっている」


だが、沈黙は空白ではない。

それは、溜め込まれた圧力だ。


信仰は、答えを待てない。

疑問は、やがて憎悪に変わる。



こうして。


聖王国リュミエルは、

剣を振るうことなく、裁きを始めた。


それは命令ではなく、誘導。

処刑ではなく、期待。


そして誰も気づいていない。


この世界で最も脆いものが、

神の秩序そのものであることを。


沈黙のまま積み上げられた信仰が、

やがて――

神すら守れぬ炎になることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ