2. 未定の革命
スラムの夜は、酒と喧騒だけで終わらない。
必ず、血の匂いが混ざる。
維新団が腰を落ち着けたのは、《泥街》でも特に治安が悪いと名高い酒場だった。
看板はない。
ただ、鉄扉に無数の刃傷が刻まれているだけの建物。
中は満員だった。
だが、誰一人として彼らを追い出そうとはしない。
理由は単純だ。
ここにいる全員が――帝国に恨みを持っている。
「まずは、自己紹介だな」
晋作は樽をひっくり返し、その上に腰を下ろした。
「俺たちは“維新団”。
帝国を倒す。それ以外は未定だ」
「未定かよ!」
誰かが吹き出す。
「細かいことは後で決めりゃいい」
晋作は肩をすくめた。
「長州でも、最初はそうだった」
久坂が一歩前に出る。
「条件を提示します」
場の空気が、静かに締まる。
「我々は、皆さんに金を約束しません。
安全も、地位も保証しない」
ざわめき。
「代わりに――」
久坂は、淡々と言葉を続けた。
「帝国の仕組みを壊す“方法”を教えます。
徴税の抜け道。
魔導兵の弱点。
監視結界の死角」
酒場が、ぴたりと静まり返る。
「生き残るための“知識”は、すべて共有する」
知識。
この街で、最も価値があり、最も奪われてきたもの。
「そして」
久坂は眼鏡を押し上げる。
「成功した暁には、皆さん自身が“新しい秩序の担い手”になります」
「支配者になるってことか?」
密輸屋が笑う。
「いいえ」
久坂は即答した。
「支配されない側になる、ということです」
その言葉が、深く刺さった。
「……俺はやる」
最初に名乗り出たのは、片腕を失った男だった。
「帝国軍で盾役をやってた。
使い潰されて、捨てられた」
入江が、じっと男を見る。
「その腕で?」
「残った腕で十分だ」
男は笑った。
「守る側に、戻りたい」
「合格だ」
入江は、迷いなく頷いた。
次に、女が前へ出る。
「元結界技師。
横領の罪を着せられて追い出された」
久坂の目が、わずかに細まる。
「……興味深い。ぜひ話を」
それを皮切りに、次々と名乗りが上がった。
爆薬職人。
情報屋。
魔導具修理工。
追放された下級魔導士。
どれも、帝国に切り捨てられた存在だった。
晋作は、その光景を眺めながら、ぽつりと呟く。
「先生……
やっぱり、国を動かすのは“はみ出し者”ですね」
――その時だった。
ドンッ!!
鉄扉が、内側から吹き飛んだ。
「帝国治安局だ!!
全員、動くな!!」
魔導兵がなだれ込む。
……早すぎる。
まるで、最初から見られていたかのように。
一瞬の静寂。
「……やっぱ来たか」
晋作は立ち上がる。
「じゃあ、入団試験だ」
入江が前に出た。
「私の後ろに!」
金剛壁が展開され、銃撃と魔法を弾き返す。
「今だ!」
稔麿の声と共に、影が伸びる。
兵士たちの視界が、闇に沈む。
「初陣だ!」
晋作が叫ぶ。
雷光が走った。
だが――殺さない。
気絶。破壊。混乱。
「左の符号を逆転!」
久坂の指示が飛ぶ。
「爆薬職人、柱の基部! 建物は崩すな!」
混沌の中で、秩序が生まれていく。
数分後。
酒場に残っていたのは、動けなくなった帝国兵だけだった。
「……勝った?」
誰かが呟く。
晋作は、首を振る。
「違う」
刀を掲げる。
「始まったんだ」
集まったならず者たちを、見渡す。
「今日からお前らは――
名もなき悪党じゃねぇ」
雷光が、天井を照らした。
「奇兵隊だ」
その名を聞いた瞬間、
誰かの喉が、無意識に鳴った。
――後戻りできない名だと、理解したからだ。
歓声が、スラムの夜を揺らす。
その喧騒の中で、
久坂だけが、ふと視線を上げた。
どこかで――
数を数えられている気がした。
帝国の知らぬところで、
革命の“軍”が、産声を上げた。




