1. 泥街に灯る火
序章から幕間章までの12エピソード全てをブラッシュアップしました。大変恐縮ではございますが、その上で書き上がっていた3、4章は全削除し、新たに3章からスタートしますのでよろしくお願いします。
魔導帝国アストリア、下層区――
通称《泥街スラム》。
夜明け前だというのに、この区画だけは昼より騒がしかった。
魔導ランプの赤い光が濁った石畳を照らし、酒と汗と鉄錆の匂いが混じり合う。
怒号と笑い声が反響し、秩序という言葉は、最初からここには存在しない。
その路地の入口に、真新しい紙が一枚、乱暴に貼り付けられていた。
【指名手配】
異邦の脅威エキゾチック・ペリル
通称:維新団
高杉晋作(主犯)
久坂玄瑞(知識犯)
吉田稔麿(潜入犯)
入江九一(防壁犯)
懸賞金:金貨五万枚
――生死不問。
「……五万だとよ」
高杉晋作は貼り紙を見上げ、鼻で笑った。
「安いな。俺の命が屋敷一軒分か。
先生が聞いたら、“値切られた”って怒るぜ」
久坂玄瑞が、静かに眼鏡を押し上げる。
「上層で回っている額より、かなり低いですね。
……情報を削って、下に流している」
「なるほどな」
晋作は、紙を剥がし、ぐしゃりと丸めて路地に投げ捨てた。
「帝国様は、俺たちを英雄にも敵にもしたくねぇ。
“ちょっと高い獲物”くらいが、扱いやすい」
「笑っている場合ではありません」
入江九一が、周囲を見渡しながら低く言う。
「視線が多すぎる。
誰が賞金目当てで、誰がただの野次馬か……」
「全部敵でいい」
影の中から、吉田稔麿の声が落ちてきた。
「金で動く連中に、境界線はない」
その時だった。
「おい」
やけに陽気な声が、背後からかかった。
振り向くと、酒場の軒先に腰掛けた男が、ジョッキを掲げている。
古傷だらけの顔。帝国兵上がりの匂いを、隠そうともしない。
「兄ちゃんたち、いい顔してるじゃねぇか。
――命が高く売れる顔だ」
周囲の空気が、一斉に変わる。
値踏みする視線。逃げ道を測る目。
獣が獲物を見るときの、あの目だ。
入江が一歩踏み出しかけた瞬間、晋作が手を上げた。
「なぁ、お前ら」
晋作は、楽しそうに笑った。
「金が欲しけりゃ、帝国に尻尾振るのも悪くねぇ。
だがよ――」
路地全体を見回す。
「この街で、帝国に義理立てして、
最後まで生き残れた奴が、どれだけいた?」
沈黙。
誰もが、答えを知っている。
酒場の男が、ゆっくりと口角を上げた。
「……なるほどな。
命を売るか、世界をひっくり返すか、って面だ」
「話が早ぇ」
晋作は歩み寄る。
「名前は?」
「名乗るほどのもんじゃねぇ」
男は肩をすくめる。
「元密輸屋。元帝国兵。
今は――ただの、生き残りだ」
周囲から、くすくすと笑いが漏れる。
久坂が、淡々と告げた。
「晋作様。
この街には、“帝国に捨てられた才能”が、山ほどあります」
「だろうな」
晋作は大きく息を吸い、叫んだ。
「聞け、スラムの悪党ども!」
ざわめきが、止まる。
「俺たちは、帝国をぶっ壊しに来た。
金も、地位も、名誉も――全部だ」
剣呑な空気。
だが、誰一人として目を逸らさない。
「命が惜しい奴は、今すぐ消えろ。
だが――」
晋作の瞳に、雷光が宿る。
「どうせ最後は、帝国に殺される運命なら。
俺たちと一緒に、世界を燃やさねぇか?」
一瞬。
そして――
「……狂ってやがる」
誰かが呟いた。
次の瞬間、笑いが爆発した。
「ははははは!」
「久々に聞いたぜ、そんな台詞!」
「面白ぇ……!」
酒場の男が立ち上がり、ジョッキを高く掲げる。
「いいだろう、賞金首。
俺たちは金で動くが――」
一拍。
「祭りには、ただで参加してやる」
晋作は、満足そうに笑った。
「決まりだ」
こうして、維新団は知る。
この世界にもまた、
帝国に押し潰され、
それでも火を捨てなかった者たちがいることを。
革命は、
いつだって――
底から始まる。




