幕間 聖王国リュミエル
聖王国リュミエル、中央行政区。
白銀の尖塔が天へと伸びる聖都の中心。
聖務枢機院・最深部に設けられた円形の会議室には、
祈りの声すら存在しなかった。
そこは、本来ならば賛歌と祝福に満ちるべき場所だ。
だが今夜に限って、
神の名は一度も呼ばれていない。
中央に浮かぶ巨大な聖晶水晶。
その表面に映し出されているのは、ただ一つの光景。
――粉砕された星窓の書庫。
――砕け散った防護聖紋。
――瓦礫の中に立ち尽くす兵たち。
神の秩序が、
「破られた」という事実そのもの。
その映像を見下ろすのは、
玉座に座す聖王――
レグナス・リュミエル=アウレリウス。
黄金の仮面に覆われたその顔を、
誰一人として見たことはない。
聖王の瞳の色は、
神に最も近い者にのみ許された秘匿だった。
沈黙を破ったのは、
枢機院筆頭・大枢機卿だった。
「……確認されました」
声は低く、抑制されている。
だが、そこに迷いはない。
「星窓の書庫、完全侵入。
聖律理論、神代魔導、禁忌黙示録――
すべて、奪取されたと判断されます」
それは、報告ではなく宣告だった。
星窓の書庫は、
破られぬことそのものが、
神の正しさの証明だった。
破られた瞬間、
それは奇跡ではなく、
冒涜へと変わる。
「侵入者は?」
聖王の声は、静かだった。
怒りも、驚愕も含まれていない。
「四名」
大枢機卿は即答する。
「雷を纏う異界の剣士。
万理を解す知の異端者。
影に潜む処刑者。
絶対防御を担う守護者」
「すべて、異界より来た者と推定されます」
会議室に、
わずかなざわめきが走る。
「……異界」
枢機の一人が、
無意識に胸元の聖印を握った。
「古聖典に記される存在です」
大枢機卿は続ける。
「異邦の脅威」
「神の秩序を理解せず、
それでもなお、破壊できてしまう存在」
聖王は、わずかに顎を引いた。
「――なるほど」
その一言で、
場の空気が凍りつく。
「神敵、という理解でよいか」
「……はい」
大枢機卿は否定しなかった。
「彼らは意図せずとも、
神の秩序を否定する“現象”です」
沈黙。
やがて、聖王が口を開いた。
「帝国は、彼らをどう扱っている」
「……観測し、分類し、
理解しようとしているようです」
その言葉に、
聖王は初めて、わずかに笑った。
嘲りでも、怒りでもない。
憐れみだった。
「理解、か」
「神話を理解しようとする者は、
必ず神話に呑まれる」
聖王は、玉座の肘掛けに指を置く。
「我らは、違う」
「彼らを理解するな。
赦すな。
交渉するな」
静かに、だが断固として告げる。
「裁け」
「信仰を揺らす存在は、
存在してはならない」
「民に疑問を与える前に、
神の正しさを示せ」
枢機たちが、一斉に跪く。
「御意」
こうして。
聖王国リュミエルは、
剣を抜かなかった。
代わりに、
信仰そのものを研ぎ始めた。
帝国が
「理解しようとした存在」を、
聖王国は
「赦されぬ神敵」と定めた。
だが、彼らはまだ知らない。
この世界で、
最も脆いものが、
神の秩序そのものであることを。
そして――
それを壊す者たちは、
すでに、
雷と共に歩き始めているということを。




