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4.消えた監察官

帝都下層区。

地上の喧騒から切り離された、旧配給路の地下。


湿った石壁に、淡い魔導灯が揺れている。

晋作達は、そこにいた。


「……これで三か所目だな」


入江九一が、盾を肩から下ろしながら言った。


「配給停止、結界不全、住民の退避……

 どれも偶然にしちゃ出来すぎている」


「偶然じゃないわよ」


アルテは、壁際に残る魔力の痕跡を指でなぞった。


「“壊された”んじゃない。

 最初から、壊れるように作られてた」


晋作は、壁にもたれかかり、腕を組む。


「つまり、誰かが困るように

 街を設計し直したってわけか」


「はい」


答えたのは、久坂だった。


彼は、すでに周囲を見ていない。

視線は、空中の何もない一点に固定されている。


「問題は――

 それを“誰が、いつから”やっているかです」


稔麿が、低く唸る。


「……俺たちが動く前から、だな」


沈黙。


その事実は、

“罠に嵌った”という言葉よりも重かった。


「久坂」


晋作が声をかける。


「どこまで、見えてる?」


久坂は、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。


「……全体です」


アルテが、思わず息を呑む。


「全体、って……街?」


「いいえ」


久坂は、否定した。


「我々です」


その場の空気が、わずかに張り詰めた。


「動線、判断、優先順位……

 どれも、こちらの“善意”を前提に配置されています」


「助ければ、

 必ず次の問題に辿り着く」


「調べれば、

 必ず深部に触れる」


久坂の声は、淡々としていた。


「――これは、罠です」


「今さらだな」


晋作は、軽く肩をすくめる。


「問題は、どこで刃が飛んでくるか、だ」


久坂は、首を横に振った。


「刃は、来ません」


「……は?」


「敵は、現れない」


久坂は、はっきりと言った。


「この罠の目的は、

 捕まえることでも、殺すことでもない」


「――理解することです」


その瞬間。


空間が、わずかに“歪んだ”。


誰も動いていない。

誰も魔力を放っていない。


だが、久坂だけは気づいた。


(……終わった)


彼の【万理の解読者】が、

初めて“解析不能”を示した。


(観測……完了)


「久坂?」


アルテが、不安そうに呼ぶ。


「何か……起きたの?」


久坂は、しばらく黙っていた。

そして、静かに告げる。


「――見つかりました」


入江が、反射的に盾を構える。


「敵はどこだ!?」


「いません」


久坂は、即答した。


「もう、来る必要がない」


稔麿が、歯を食いしばる。


「……完全に、読まれたか」


「はい」


久坂は、否定しなかった。


「我々の思考パターン、

 行動原理、判断速度……

 必要な情報は、すべて揃いました」


アルテは、理解が追いつかず、首を振る。


「待って……

 戦ってもいないのに?」


「だから、です」


久坂は言った。


「革命家は、

 戦う前に“考える”」


「そして――」


彼は、地下の天井を見上げた。


「考える者は、

 理解される」


晋作は、ゆっくりと息を吐いた。


「なるほどな」


彼は笑った。

だが、その笑みはどこか苦い。


「俺たち、

 勝ったつもりでいたが――」


「ええ」


久坂が続ける。


「ここで一つ、負けました」


沈黙。


だが、それは絶望ではなかった。


晋作は、刀の柄に軽く触れる。


「……で?」


久坂は、彼を見た。


「次に来るのは、

 “対策された世界”です」


「0.003秒は、

 もう“秘密”ではない」


遠くで、雷が鳴った。

それは、嵐の前触れのように。


「……面白ぇ」


晋作は、低く呟いた。


「敵は、ようやく

 俺たちを“対等”だと思ったらしい」


その時。


帝国のどこかで、

一つの解析ログが確定した。


――異邦の脅威エキゾチック・ペリル

――行動原理、分類完了

――次段階へ移行


だが、誰も知らない。


この“理解”そのものが、

次の瞬間――

観測者を殺す引き金になることを。

25.12.16 内容修正

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