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狂乱の志士、異世界を行く。 〜高杉晋作と雷電維新〜  作者: りょう
序章 : 狂気への招待状、あるいは魂の獄門
1/31

1.終わりの始まり

伝馬町牢屋敷は、真夜中にもかかわらず、異様な熱を孕んでいた。

無数の提灯が闇を照らし出しているが、その光は救いではない。

これから執行される残酷な儀式を、見せ物として余すところなく晒すための照明だった。


生温い風が吹き抜ける。

血の臭いが混じり、喉の奥を灼いた。

人の感情と視線が折り重なって生まれた熱が、場を満たしている。


高杉晋作は、屈強な幕府兵に四方を囲まれ、処刑台から数間の距離に立たされていた。

――師の最期を、見る以外の選択肢を奪われた位置だ。


縄で縛られた手首は、すでに感覚を失っている。

隣では久坂玄瑞が、唇を噛み締め、怒りと理不尽さに顔を蒼白にしていた。

その知性は必死に解答を探していたが、この状況を覆す策など、どこにも存在しなかった。


(……先生は、笑っていたな)


処刑を前にした吉田松陰は、恐怖も後悔も宿さぬ目で弟子たちを見つめていた。

晋作の胸元には、あの時、強く押し込まれた一冊の書――《留魂録》がある。


「私の命は、ここで終わるかもしれん」


静かな声だった。


「だが、諸君の志まで、ここで潰えてはならぬ。

日本という檻に囚われ、自らの熱を失ってはならない」


書物を握らされた瞬間、その表紙は紙とは思えぬほどの熱を帯びていた。

重さがあり、脈打つような感触。

魂の塊――そう表現するほかない。


「絶望するな。生きろ。狂え。

理解されようとするな。

そして――世界の方を、変えてしまえ」


その言葉だけが、今も晋作の精神を繋ぎ止めていた。


やがて、役人の重い足音が近づく。

冷酷な命令が下され、刃が提灯の光を反射して鈍く輝いた。


「先生……!」


久坂の掠れた声が、夜に溶けた。


その瞬間だった。


師の命が断たれた刹那――

四人の志士の魂が、同時に悲鳴を上げた。


晋作の中で、何かが壊れた。


怒りではない。悲しみでもない。

それらをすべて飲み込み、決して納得しないという意志だけが残った。

純粋な狂気だった。


(終わらせるものか……!

この理不尽も、時代も、師の死さえも――!)


胸元の《留魂録》が、轟音と共に白蒼い光を放った。

提灯の明かりは霞み、夜そのものが引き裂かれる。


電流が、晋作の体内を荒々しく駆け巡る。

骨が砕け、神経が焼かれるような痛み。

それでも――


「――う、あぁ……!」


叫びは言葉にならなかった。


晋作の肉体から、太い稲妻が噴き上がる。

志が具現化した雷電――既存の法に従わない、革命者の力。


処刑台は炭化し、石畳は砕け散り、幕府兵たちは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされた。

雷鳴は次元を裂く音へと変わり、戻る先を拒む漆黒の裂け目が、赤く灼けた縁を伴って出現する。


「……脱出路だ」


久坂玄瑞は、痛みと光の中で理解した。


「師は、最初からこれを――!」


稔麿と九一は、処刑台へ深く頭を下げる。

師の死を無駄にしないと、言葉なき誓いを胸に刻んで。


次の瞬間、光が四人を包み込み、世界が反転した。

日本という檻の外へと。


2025.12.14 内容修正しました。

2025.12.16 内容修正しました。

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