第4話:共鳴連携《リンクコンボ》
朝の鐘が二つ。学園の作戦室には薄い緊張が漂っていた。
地図の上の硝子石は、王都の塔を示す点で淡く瞬き、昨夜のルーミスの修復ログが横に並ぶ。
「確認する。」教官イレーネが短く言う。
「ルーミスの偏向は逆相72°で補正、整流済み。ログ照合の結果――次座標は王都塔でほぼ確定だ。
ただし、偏向発生の観測窓は二夜後の子刻。残り四十八時間。」
塔管理院の使い、灰外套の若い監査官リスが前へ出る。
「本来なら正規の修復部隊を送るが、王都ではいま別件で人手が割かれている。
昨夜の連携ログは、少数精鋭での再現性を示した。君たち四名は予備部隊として王都へ。
ただし――」
「わかってる。」ライゼが頷いた。「観測対策が先だ。」
イレーネはうなずき、救護室を指差した。
「まずは輪痕の処置。こちらを見ている線を逆手に取れ。
戻ったら訓練場で連携のコンボ化、手数を定型に落とす。時間はない、最短で仕上げろ。」
「了解!」
* * *
救護室。昨夜救出した上級生は浅い眠りの中、腕の黒い輪痕だけが脈打っている。
鼓動とはずれた半拍で、内向きに。
「定期Pingだね。」ミラが時計を見て言う。「二分周期。」
ガレスが盾を壁にもたせかけて腕を組む。「切るだけで済めばいいが。」
ライゼはベッド脇に腰を下ろし、影を細い糸にした。
「輪は縫える。――結び目を探す。」
影の糸が輪痕の縁へ滑り込み、見えない結節に触れる。
エルフィナが掌に微光を灯した。
「生体負荷を分散する光。あなたの影、導くわ。」
「助かる。」ライゼは息を整え、糸をわずかに撚った。
結節がほどける感触――同時に、腕の輪痕が明滅を早める。
《今だ、受信位相を半拍ずらせ。》ノクトの声が影の底から響く。
「《ミラー・パルス》」
ライゼは影の糸を鏡面に変え、返送位相を半拍ずらして反射させた。
輪痕の光が外向きへ跳ね、脈動が途切れる。
「……切れた。」ガレスがほっと息をつく。
「外れた隙に囮を刺す。」ライゼは黒い微粒子を輪痕に置き、影の印で封じた。
「《ゴーストタグ》――偽座標を返すビーコン。追うなら、空振りしてもらう。」
上級生の呼吸は穏やかになった。
エルフィナがライゼの右手を見て眉を寄せる。
「あなたの指先、まだ冷たい。」
「ノードカットの後遺症だ。末端感覚が欠ける代わりに、細工は安定する。」
ライゼは苦く笑って手を握り直す。
「欠けたところは縫って使う。」
* * *
訓練場。床の魔法陣に淡い光、壁面に黒い面影。
ライゼは影を広げ、三人を見渡した。
「反復で最短手数に落とす。三つ作る。
一つ目――《リンクコンボ:縫合針(Suture)》。
二つ目――《弧刃リフレクタ》。
三つ目――《遮断壁(Firewall)》。」
ガレスが顎をさする。「名前は覚えやすい方が助かるな。」
ミラが笑う。「“針”“円”“壁”。了解。」
ライゼは床へ影で短い線を引いた。
「縫合針は一点縫合。俺が針路、エルフィナは微光連射、ミラは角度補正。
ガレスはアンカーで反動を分散。」
エルフィナの指先に光が点る。
「出力は低→中→高の段階リンクで。順番は視界→呼吸→魔力。」
「行く。」ライゼが影を糸に絞る。
「縫合針――刺入。」
糸のような影路へ、細い光が三連で走り、標的の小核(模擬標的)が正確に穿たれた。
ガレスがアンカーに重みを分け、ミラが上から「3°下げ」と短くコール。
次の一射で損失がさらに減り、標的は静かに崩れる。
「二つ目、弧刃リフレクタ。」
ライゼは三面鏡を立てた。面比は1:φ:φ²。
「黄金比で整流、エルフィナは逆相で投入。ミラは面クリアを見て半円弧の外縁を呼んで。」
「了解。」エルフィナの光が多層で流れ、半円の刃が面を掃く。
標的群がまとめて削がれ、空気が軽くなる。
「三つ目、遮断壁。」
影面を二重化し、前へ押し出す。
押し返し(逆流)が乗る瞬間、ガレスが二点アンカーで固定。
ぶ厚い壁が前進し、逆流が霧散する。
「……いいわ。」エルフィナが汗を拭った。「寄りかかれる。あなたの影は、寄りかかっても折れない。」
「折れないように、縫ってあるから。」ライゼは短く返した。
その時だ。壁際の水晶盤が甲高い音を立て、赤い符号が弾けた。
ミラが振り返る。「侵入反応。――偽座標に追跡線が刺さった!」
* * *
薄暮の講義棟回廊。風がカーテンを揺らし、床の影が伸びる。
回廊の中央で、半仮面の術者が外套を翻した。足元に紙片――式紙が散らばり、塔の図形を組もうとしている。
「ログ奪取と再タグが目的。」ライゼは即座に影を幕へ変えた。
「《シャドウノイズ》――観測線を乱反射!」
回廊に黒い微粒が舞い、術者の符が空転する。
ミラの矢が式紙の要を穿ち、ガレスの盾が遮断壁の一部を受け止めて押し返す。
「逃がさない。」ライゼは影糸を針にして床影へ走らせた。
「縫合針――縫留。」
針は術者の外套の裾を床影に縫い付け、半仮面が身をよじる。
が、次の瞬間、外套だけが脱ぎ捨てられ、身軽な影が階段へ滑った。
「外套置いて逃げた……!」ミラが追おうとした肩を、ライゼが制す。
「追うな。収穫は十分だ。」
外套の裏、黒環ノッチが刻まれていた。
角度は――+144°。
「二点目の座標。王都塔から対角に何かがある。」ライゼがノッチを写し取る。
エルフィナが息を整え、ふとライゼの右手を見た。
「……さっきより、少し温かい。」
「訓練の反復で戻ってきた。まだ端が欠けてるが、使える。」
ライゼは外套を封に入れ、ノイズの幕を消した。
* * *
夜。馬車待機所には、塔管理院の黒箱と工具が積まれている。
イレーネが最後の点検表に署名し、四人へ小包を渡した。
「アンカー杭・改。軽量合金で二点同時打ちが可能。
それと――影粉。観測線を可視化する粉だ。
通行許可証は監査官リスが持つ。二夜後の子刻までに、王都塔の偏向を抑えろ。」
「任せてください。」ガレスが懐に杭をしまう。
ミラは短弓の弦を指で弾いた。「塔は高いよ。先に上を押さえる。」
エルフィナは小声で囁いた。
「あなたの指、温もりが戻ったら……もう一度、繋いで確かめたい。」
ライゼは短く笑う。
「その頃には、観測線も断ち切れてる。」
馬車が出る。学園の尖塔が遠ざかり、夜風が頬を撫でた。
* * *
丘を越えると、王都が闇に浮かんだ。
高くそびえる塔。その頂で、封印紋が一瞬、白く点った。
その白に、黒い環の薄い輪郭が重なる――まるで、夜空に描かれた目がこちらを覗くように。
《輪は回り続ける。だが輪は――縫える。》
ノクトの声が、静かな誓いのように胸に落ちた。
ライゼは右手を握り、影を指先に通した。
「縫って、閉じる。――そのために行く。」
馬車の車輪が石畳を叩く。王都の明かりが近づく。
四人の影が重なり、ひとつの線になって、夜の底へ伸びていった。




