第6話 外の世界と最初のダンジョン
夜明けを迎えた頃、俺たちはついに王都の城壁を抜け出した。
地下水路を通り抜け、ひっそりと森へ出たとき、思わず大きく息を吐いた。
「……やっと、出られた」
重苦しい石壁の影から解放され、澄んだ朝の空気が肺に満ちていく。鳥の囀り、木々のざわめき……こんなにも清らかだったのかと思うほどに。
「油断はできないわ」
ルシアが冷ややかに言う。
「兄上の刺客は、きっとこれからも追ってくる」
「そうですね」
エレノアも頷く。
「ですが、王都から離れたことで、少しは動きやすくなります」
「アルト殿」
セリシアが振り返り、微笑んだ。
「外の世界を共に歩むのは、これが初めてですね」
「……ああ」
俺は少し照れくさく頷いた。
今まで従者として王城の中で過ごしてきた俺にとって、城外での旅は未知そのものだった。
◇ ◇ ◇
その日の昼、俺たちは近くの村に立ち寄った。
村人たちは王都からの追手を恐れ、最初は警戒したが、セリシアとエレノアの姿に安堵の色を浮かべた。
「殿下と聖女様が……! どうか、この村を守ってください!」
聞けば、村の近くにある古い洞窟――かつて鉱山として栄えたが、今は魔物が巣食い、ダンジョンと化した場所があるという。
村人たちはそこから現れる魔物に怯え、生活を脅かされていた。
「なるほどな」
ルシアが槍を手にした。
「外に出て最初の試練というわけだ」
「アルト殿、行きましょう」
セリシアの瞳は真剣だった。
「この村を救えば、私たちがただの逃亡者でなく、人々を守る存在だと示せます」
俺は強く頷いた。
「分かった。……やろう」
◇ ◇ ◇
洞窟の入口は冷気に包まれていた。
石壁には苔が生え、奥からは不気味な唸り声が響く。
「魔力が濃い……」
エレノアが眉をひそめる。
「ここは、ただの洞窟ではありませんね」
「気を抜くな。行くぞ」
ルシアが先頭に立つ。
俺は三人の背を追いながら、深呼吸した。
――ここで、俺の力が試される。
◇ ◇ ◇
奥へ進むと、すぐに魔物が現れた。牙を剥いた巨大コウモリ、鋭い爪を持つ洞窟オオカミ。
「アルト殿!」
セリシアの肩に触れる。剣が光を帯び、一閃で魔物を斬り裂く。
「アルト様!」
エレノアに補助を施す。祈りの声が強まり、聖なる光が群れを焼き払う。
「次は私だ!」
ルシアに手を置く。雷を纏った槍が突き出され、洞窟を揺るがす轟音と共に魔物が吹き飛ぶ。
――戦うたび、俺の力が仲間を変えていく。
最弱と笑われた俺のスキルは、この閉ざされた洞窟でこそ本領を発揮していた。
◇ ◇ ◇
奥へ進むほど、魔物は強くなる。
ついには、巨大な影が姿を現した。
「……ミノタウロス!」
ルシアが目を細める。
「上級魔獣だ。普通なら騎士団数十人規模で挑む相手だぞ!」
咆哮が響き、洞窟が震える。
分厚い筋肉、握りしめた戦斧。その一撃で岩壁すら粉砕する。
「アルト殿、お願いします!」
セリシアが剣を構える。
「任せて!」
俺は全力で補助を放った。
セリシアの斬撃が鋭さを増し、ルシアの槍が雷光を放ち、エレノアの祈りが仲間を守る。
三人が一体となって攻め立て、俺の補助が全てを底上げする。
「はあああッ!」
「光よ、敵を討て!」
「喰らえ、竜槍!」
三人の声が重なった瞬間、剣と光と槍がミノタウロスを貫き、巨体が轟音を立てて倒れ伏した。
◇ ◇ ◇
静寂。
荒い息をつきながら、俺は仲間たちを見た。
「……勝った、のか」
「ええ」
エレノアが微笑む。
「あなたのおかげです、アルト様」
「そうだな」
ルシアも槍を担ぎ、満足そうに言った。
「この力があれば、どんな敵にも負けん」
「アルト殿」
セリシアが真剣な表情で俺を見つめる。
「あなたは最弱どころか……私たちの希望です」
胸の奥が熱くなる。
俺は確かにここにいる。最弱と呼ばれた従者ではなく、仲間を支える存在として。
◇ ◇ ◇
だが、その頃。
王都の奥深くで、リオネルは新たな策を練っていた。
「ふん……刺客ごときでは足りぬか。ならば次は……」
彼の前に跪くのは、黒衣の魔導師。
「殿下の命令通り、禁忌の召喚を準備しております。アルトを必ず……」
「必ず、葬れ」
リオネルの瞳が暗く燃える。
――逃亡と冒険は、やがて王国全体を巻き込む戦いへと変わっていく。