第5話 陰謀の影、王都脱出戦
夜が明けきる前の王都。
昨晩の刺客襲撃を経て、俺たちは宿を飛び出していた。
「……リオネルが黒幕か」
ルシアが低く唸る。
「自分の従者を追い出したくせに、今度は命まで狙うとは。もはや兄上ではない」
「殿下が……そんな」
セリシアの声は震えていた。実の兄であるリオネルが刺客を放ったと知り、信じたい気持ちと疑念が入り交じっているのだろう。
「でも、刺客が最後に“リオネル万歳”と叫んだのは事実です」
エレノアが静かに告げる。
「王国の混乱を避けるためにも、今は城を離れましょう。アルト様を守ることが最優先です」
俺は思わず口を開いた。
「でも……俺のせいで、皆まで危険に巻き込むのは……」
「アルト殿」
セリシアが真っ直ぐに俺を見た。
「勘違いしないでください。あなたがいるからこそ、私たちは戦えるのです」
「そうよ」
エレノアも頷く。
「アルト様の補助があれば、国は必ず救えます」
「無駄口を叩くな。来るぞ」
ルシアが鋭く言い放った瞬間、周囲の路地から一斉に黒装束の影が飛び出した。
「また刺客!?」
「いや……数が多すぎる」
ルシアが槍を構える。
「王都の兵まで動員している……! これはただの暗殺ではない。本格的に“追放”ではなく“抹殺”に動いている」
◇ ◇ ◇
数十、いや百を超える兵と刺客に包囲され、俺たちは路地へ追い込まれた。
普通なら絶望的だ。だが――俺にはできることがある。
「……【万能補助】!」
セリシアに触れる。剣が光を帯び、敵の槍を片端から弾く。
エレノアに力を流す。祈りの光が広がり、仲間の傷を瞬時に癒す。
ルシアの背に手を置く。槍が雷鳴のように轟き、数人まとめて吹き飛ばす。
「すごい……! どんどん強くなる……!」
「神の声が、こんなにもはっきりと……!」
「ははっ! 面白い! 槍が空を裂くぞ!」
三人の力が、俺の補助によって倍加し、戦場を蹂躙する。
だが、敵の数は減らない。後から後から押し寄せてくる。
「くっ、このままでは持たない!」
ルシアが歯を食いしばる。
「王都を脱出するしかない!」
「脱出口なら知っています!」
セリシアが叫ぶ。
「城下にある古い地下水路――そこを抜ければ外へ!」
「よし、突破する!」
俺は全身に力を込めた。
「三人とも、信じてくれ!」
◇ ◇ ◇
路地を駆け抜けながら、敵が追ってくる。
矢が雨のように降り注ぎ、剣戟の音が響き渡る。
「アルト殿!」
セリシアの肩を支え、剣速をさらに上げる。
「はあああッ!」
一振りで敵兵の壁を切り裂く。
「アルト様、こちらに!」
エレノアが光の壁を張り、矢の雨を遮る。
「今です!」
「おらあッ!」
ルシアの槍が地面を叩き割り、敵の足並みを崩す。
……三人の力を繋ぐのは俺の補助。
俺が弱ければ、誰一人抜けられない。
◇ ◇ ◇
やがて、古びた石畳の下に隠された鉄格子へと辿り着いた。
セリシアが鍵を差し込み、錆びついた扉を開く。
「ここです! 急いで!」
俺たちは地下水路へ飛び込んだ。背後で敵兵の怒号が響くが、すぐに暗闇が視界を覆った。
水の滴る音だけが響く狭い通路。
俺は荒い息をつきながら、壁に背を預けた。
「……はぁ……はぁ……助かったのか……?」
「まだです」
エレノアが神妙に言う。
「殿下の命令がある限り、刺客は何度でも差し向けられるでしょう」
「だが、確かに外へは出られる」
ルシアが頷く。
「アルト、覚悟を決めろ。これはもう、ただの逃避行ではない。王国そのものを巻き込む戦いになる」
俺は拳を握った。
「……分かってる。俺はもう逃げない。弱いって笑われたままじゃ終われない」
セリシアが微笑む。
「ならば共に参りましょう。王国の未来を、私たちで切り拓くのです」
「ええ。神もきっと導いてくださいます」
「戦場でこそ真価は問われる。楽しみにしているぞ」
三人の視線が俺に重なる。
かつて“最弱従者”と呼ばれた俺は、今――王女と聖女と竜騎士姫に囲まれて、王都を脱出しようとしている。
そして背後では、リオネルが暗闇の中で嗤っていた。
「逃げろ、アルト。逃げ切れるものならな」
陰謀の影は、まだ始まったばかりだった。