第4話 かつての主、暗躍す
夜明け前の王都は、まだ薄闇に包まれていた。
石畳を渡る冷たい風に、俺は外套をすぼめる。隣にはセリシアとエレノア、少し後ろにはルシアが歩いていた。
「……結局、三人一緒に行動することになるなんてな」
思わず漏れた俺の呟きに、セリシアがくすりと笑った。
「当然でしょう。アルト殿は、誰にも渡しませんから」
「いえ、それは私の台詞です」
「ふん。いずれにせよ、アルトは私の竜騎士団に迎える」
三方向から真剣な視線を向けられて、俺は胃が痛くなる。
……いや、正直に言えば嬉しくもあるのだが。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
王城の奥、冷たい石の広間に、第二王子リオネルの姿があった。
「……アルトめ。私の前から消えたと思えば、今度は王女や聖女に取り入るか」
彼の目は憎悪に濁っていた。
「許さん。私を支えるはずの力を、あの小僧が……!」
玉座の陰から、黒衣の男が現れる。
「殿下。命じられた通り、刺客の用意は整っております」
「よし。奴が王都を出る前に葬れ。……“最弱従者”などと笑いものにしたのは、私自身だ。だが、もう遅い。あいつを失えば、私の威光は揺らぐ」
リオネルの顔に、醜悪な笑みが浮かんだ。
「――奴を潰せ。必ずだ」
◇ ◇ ◇
その頃、俺たちは王都の市街に立ち寄っていた。
市場では人々の活気が溢れ、露店の香辛料や焼き菓子の匂いが鼻をくすぐる。
「アルト様、これをどうぞ!」
エレノアが差し出したのは、香ばしい焼きパン。
「断食続きだった私には、これがご馳走です」
「おい、勝手に買い食いして……」
ルシアが呆れ顔をする。だが、彼女も結局は串焼きを買ってきて俺に差し出した。
「食え。力をつけねば戦えん」
「ふふ。二人とも、アルト殿にばかり優しいですね」
セリシアが微笑む。その手には果実の籠。
「アルト殿、これもどうぞ」
三人同時に食べ物を差し出される俺。周囲の人々から「なんだあの幸運な男は……」とひそひそ声が飛ぶ。
俺は顔が真っ赤になりながら、必死に手を振った。
「ちょ、ちょっと待って! 一度に食べられないから!」
◇ ◇ ◇
――その平和な時間を破ったのは、不意の殺気だった。
「アルト、下がれ!」
ルシアの鋭い声が響いた瞬間、矢が空を裂き、俺の足元に突き刺さった。
「刺客!?」
セリシアが剣を抜く。エレノアは祈りを唱え、光の壁を張る。
暗がりから現れたのは、黒衣の集団。刃を構えた刺客たちが、無言で俺を狙って迫ってくる。
「まさか……俺が狙いなのか!?」
「当然です!」
セリシアが叫ぶ。
「あなたの力を恐れているのです、アルト殿!」
◇ ◇ ◇
刺客たちは熟練していた。だが――
「アルト殿、お願いします!」
セリシアの肩に手を置く。光が走り、彼女の剣が鋭さを増す。
「はああッ!」
一閃で敵を薙ぎ払う。
「私にも!」
エレノアの手を握る。彼女の祈りが広がり、仲間を癒やし、敵の動きを鈍らせる。
「補助をくれ!」
ルシアの背に触れる。瞬間、彼女の槍が雷鳴のように閃いた。
「おおおッ!」
一突きで三人の刺客が吹き飛ぶ。
――俺の力を借りた三人は、まさに無敵だった。
数十人いた刺客も、わずか数分で全滅した。
◇ ◇ ◇
荒い息をつく俺を、三人が囲む。
「アルト殿、無事ですか!?」
「怪我はありませんか、アルト様」
「……よく耐えたな」
俺は震える手を見つめた。
さっきまで「最弱」と笑われていた自分が、今は王女や聖女や竜騎士姫の中心にいて、命を狙われるほどの存在になっている。
「……俺は、本当に必要とされてるんだな」
呟くと、セリシアが優しく微笑んだ。
「ええ。あなたこそが、私たちの希望です」
エレノアもうなずき、ルシアも短く言った。
「もう迷うな。お前は最強だ」
胸の奥に熱がこみ上げる。
俺は、最弱従者なんかじゃない。
◇ ◇ ◇
だが、倒れた刺客の一人が最後の息で呟いた。
「……殿下……リオネル殿下、万歳……」
その言葉に、三人が同時に息を呑む。
「やはり……」
「リオネルが……!」
かつての主。
俺をクビにした男が、今度は俺を命ごと消そうとしている。
――俺は、逃げられない。
冒険は、ただ楽しいだけじゃない。
陰謀と戦いが、すでに背後に迫っている。