第3話 竜騎士姫の試練
「――見つけたぞ、アルト」
闇に潜む気配が、ずしりと重く響いた。
月明かりの中から姿を現したのは、一人の少女。煌めく竜鱗の鎧を纏い、背には巨大な槍を負っている。長い黒髪を後ろで束ね、その鋭い双眸は夜の闇すら裂くようだった。
「……あなたは」
セリシアが目を見開く。
「竜騎士団長――ルシア殿下!」
王国最強の戦力、竜騎士団。その頂点に立つのは、第二王女ルシア。戦場で百の敵をなぎ倒す“竜槍の姫”として、諸国に名を轟かせていた。
「アルト。噂は耳にしている。お前の力は、どんな武勇をも凌駕すると」
ルシアの眼差しは冷ややかだ。
「だが、王女や聖女に取り入る小賢しい術ではないのか――その真偽を、今ここで試させてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は別に……!」
抗議の声を上げる間もなく、ルシアは槍を構えた。
「掛かってこい。死なぬよう加減はしてやる」
――試練が始まった。
◇ ◇ ◇
ルシアの突きが、風を裂いて迫る。
俺はとっさにセリシアの肩へ手を置いた。
「【万能補助】!」
瞬間、彼女の剣筋が加速する。
「はッ!」
閃光のごとき斬撃がルシアの槍を弾き、火花が散った。
「ほう……!」
ルシアの唇が、わずかに笑みに歪む。
「確かに、ただの剣ではないな」
今度は俺はエレノアに触れる。
「力を貸して……!」
「神よ、彼を守り給え!」
祈りの光が奔流となり、俺たちを包む。ルシアの槍撃が迫るたび、光の壁が受け止め、はじき返す。
「……っ、すごい……!」
俺自身も思わず息を呑む。
確かにルシアは強い。だが、セリシアとエレノアが本来以上の力を発揮すれば――互角に渡り合えるのだ。
◇ ◇ ◇
十合、二十合。
槍と剣、祈りと光。激しい攻防が森を揺らす。
やがてルシアは槍を引き、笑みを浮かべた。
「……認めよう。お前の補助は、戦場を変える」
その瞳は、狩人が獲物を見定めるように鋭い。
「アルト。お前は私の竜騎士団に来い。そうすれば、王国の戦力は倍増する」
「なっ……!?」
セリシアとエレノアの声が重なった。
「アルト殿は私と共に歩む方です!」
「いいえ、教会こそが彼を活かせるのです!」
王女と聖女、そして竜騎士姫。
三人の高位の女性が、同時に俺を奪い合っている。
……どうしてこうなった。
◇ ◇ ◇
「俺は……俺はただ、役に立ちたいだけなんです」
気づけば、心の奥にある想いが口を突いていた。
「弱いって笑われて……何もできないって言われて……でも、俺だって、この国を守りたい」
三人の視線が俺に集まる。
その眼差しは、先ほどまでの火花ではなく、真剣な光を帯びていた。
「……アルト殿」
セリシアが柔らかく微笑む。
「あなたのその心があれば、きっと私たちは進めます」
「ええ。神も、あなたを選んでいます」
エレノアの声が温かい。
「ならば決まりだ」
ルシアは槍を肩に担ぎ、力強く言った。
「お前はもう“最弱”ではない。最強の従者だ」
胸の奥が熱くなる。
俺の冒険は――確かに今、始まったのだ。
◇ ◇ ◇
しかし、その背後で。
闇に潜む別の影が、冷ややかに俺たちを見つめていた。
「ふん……くだらぬ。奴がいなければ、私こそが次代の王だったものを」
嫉妬と憎悪に満ちたその瞳。
かつての主、リオネルの姿がそこにあった。
――因縁の火種は、すでに燃え始めている。