第15話 影の将軍との再戦、決着前夜
黒き竜が大地に沈んだ戦場に、なおも冷たい気配が漂っていた。
その中心に立つ影の将軍ヴァルドは、静かに剣を抜き放つ。二振りの黒剣が月光を弾き、空気を切り裂いた。
「……竜を討つとは、大したものだ」
ヴァルドの声は低く、だが確かな戦意がこもっていた。
「だが、私の使命は変わらぬ。殿下の命を受け、アルト――お前を討つ」
俺は荒い息を吐きながら立ち上がった。
体中が悲鳴を上げている。魔力も限界に近い。
それでも、仲間たちを背にして退くことはできない。
「……来るなら来い。俺はもう“最弱従者”じゃない」
◇ ◇ ◇
「アルト殿、無理はなさらないで!」
セリシアが俺の腕を支える。
「今のあなたは疲弊しすぎています!」
「でも……俺が立たなきゃ、みんなが倒れる」
俺は微笑んで首を振った。
「アルト様、どうか……」
エレノアが祈りを掲げる。だがその手も震えている。
「大丈夫だ」
ルシアが槍を担ぎ、前へ出る。
「私たちがいる。お前は一人じゃない」
「そうだぜ」
ジークが拳を握りしめる。
「一緒にぶっ倒すんだ。あの化け物を!」
四人の声に、胸が熱くなった。
俺は彼らと繋がっている。それが、俺の力だ。
◇ ◇ ◇
ヴァルドが地を蹴った。
影のような速さ。黒剣が交差し、セリシアへと迫る。
「――っ!」
セリシアが防御するが、剣圧の重さに押し込まれる。
「【万能補助】!」
俺が力を送った瞬間、彼女の剣が輝きを増し、何とか踏みとどまった。
「ありがと、アルト殿!」
セリシアが反撃に転じるが、ヴァルドは軽やかに後退し、すぐに次の一撃を繰り出す。
「はっ!」
ルシアが槍で迎え撃つ。雷光が迸り、剣とぶつかり合う。
火花と轟音。だがヴァルドはびくともせず、逆に槍を弾き返した。
「……強い!」
ルシアが後退しながら舌打ちする。
「炎よ、穿て!」
ジークが火球を放つ。しかしヴァルドは剣を振るい、炎を両断した。
「……化け物め」
ジークが歯噛みする。
「光よ、我らを守れ!」
エレノアの祈りが仲間を包むが、それでも防ぎきれない。
――補助だけじゃ足りない。
このままじゃ押し潰される。
◇ ◇ ◇
「アルト……お前の力は確かに驚異だ」
ヴァルドが黒剣を構えたまま言った。
「だが、支えるだけでは戦場を制せぬ。お前自身が“核”とならねばならん」
「核……?」
「力を繋ぐだけではない。己もまた、その力の一部とせよ」
ヴァルドの言葉は冷たくも、どこか試すようだった。
(……そうか。俺はずっと“皆を支えるだけ”だと思ってた。でも――俺自身も、この輪の中に入らなきゃいけないんだ)
胸の奥に熱が走った。
仲間と繋がるだけでなく、自分もその中心に。
「……やってみる」
◇ ◇ ◇
俺は両手を広げ、全員の名を呼んだ。
「セリシア! エレノア! ルシア! ジーク!」
仲間の声が返る。
「アルト殿!」
「アルト様!」
「アルト!」
「アルトォ!」
その瞬間、光が迸った。
今までの補助とは違う。俺自身の意志が力となり、仲間と混じり合う。
「……【絆共鳴】!」
セリシアの剣が俺の意志を宿し、ルシアの槍に俺の闘志が重なる。
エレノアの祈りに俺の願いが響き、ジークの炎に俺の激情が燃え上がる。
「行くぞ――!」
四人と俺、五つの力が重なり、一斉にヴァルドへと襲いかかった。
◇ ◇ ◇
激しい剣戟。光と炎と雷と祈りが交差し、戦場を照らす。
ヴァルドは剣を振るい、すべてを受け止める。しかし――
「ぐっ……!」
初めて彼の膝が沈んだ。黒剣が軋む。
「……見事だ」
ヴァルドの声に、わずかな笑みが混じる。
「だが、次で決着をつける」
空気が張り詰めた。
仲間たちも俺も、息を合わせて構える。
――明日。
次の一撃で、すべてが決まる。
◇ ◇ ◇
夜。
戦いは一時休戦となり、俺たちは自由都市の砦で息を整えていた。
「アルト殿……」
セリシアがそっと俺の手を握る。
「あなたと共に戦えることを、誇りに思います」
「私もです」
エレノアが祈りを結び、微笑む。
「明日は全力で戦おう」
ルシアが低く言い、
「燃やし尽くしてやるさ!」
ジークが拳を突き出した。
俺は頷いた。
「明日で終わらせる。リオネルも、影の将軍も」
焚き火の炎が夜空を照らす。
――決着の時は、すぐそこまで来ていた。