第11話 影の将軍との死闘
夜の自由都市は、まだ酒場の灯が絶えない。
だがその喧騒の裏で、冷たい影が静かに忍び寄っていた。
「来る……」
ルシアが槍を構え、背を丸める。
「ただの刺客じゃない。……これは、戦場を歩んできた者の気配だ」
俺も肌を刺すような圧力を感じていた。
路地の闇が揺らぎ、そこから一人の男が姿を現す。
漆黒の甲冑に身を包み、顔の下半分を覆面で隠した壮年の戦士。
背に負う二振りの剣は、ただ置かれているだけで空気を切り裂くようだった。
「……“影の将軍”ヴァルドか」
ルシアが低く唸る。
「かつて王国軍を勝利に導いた名将が、リオネルに寝返ったと聞いたが……本当に来るとはな」
「殿下の命は絶対だ」
ヴァルドの声は低く響き、感情の色がなかった。
「アルト、お前の首をここで刎ねる」
背筋が凍りつく。
今までの刺客とは違う。本物の強者――その一歩は、まるで巨獣の咆哮のように重く響いた。
◇ ◇ ◇
「アルト殿、お願いします!」
セリシアが剣を抜き放つ。俺はすぐに補助を流した。
「【万能補助】!」
剣が光を帯び、彼女は一閃で斬りかかる。
だが――
「遅い」
ヴァルドは片手の剣で軽々と受け止め、反対の剣を振り下ろした。
「――っ!」
俺がセリシアを引き寄せなければ、その刃は彼女を真っ二つにしていただろう。
「何て速さだ……!」
セリシアが息を呑む。
◇ ◇ ◇
「俺の番だ!」
ジークが両手を掲げ、炎の奔流を放つ。
「紅蓮爆炎――!」
轟音と共に炎がヴァルドを飲み込む。だが、炎の中から男は歩み出てきた。
鎧に煤を纏いながらも、傷一つない。
「力は認める。だが未熟」
次の瞬間、ジークの首元に冷たい刃が迫っていた。
「ジーク!」
俺は咄嗟に補助を送り込む。
彼の動きが一瞬で加速し、辛うじて後退する。
「っぶねぇ……! まじで死ぬところだった!」
◇ ◇ ◇
「アルト様、私にも!」
エレノアが祈りを掲げる。補助を流した瞬間、彼女の光が強烈に輝き、聖なる矢となってヴァルドを撃ち抜いた。
「効いて……!」
だが、彼は最小限の動きで矢を弾き、踏み込んでくる。
聖女ですら狙いを外される――人間離れした剣技だった。
「くそっ!」
ルシアが突撃する。槍が雷を纏い、地を割って突き出される。
「おおおッ!」
ヴァルドは初めて両剣を交差させて受けた。
火花が散り、雷鳴が轟く。二人の巨人がぶつかり合ったような衝撃が広場を揺らす。
「強いな、竜騎士姫」
ヴァルドの声に、わずかに戦意が混じる。
「だが――足りぬ」
剣が唸り、ルシアは吹き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
「アルト殿!」
セリシアが俺を庇うように立つ。
「もう一度、皆に補助を!」
「分かってる!」
俺は必死で三人に触れ、力を流した。
だがヴァルドの剣圧はあまりにも速い。補助を与えるそばから切り崩されていく。
(俺だけじゃ……追いつかない!)
焦燥が胸を焼く。
――そのとき、不思議な感覚が走った。
仲間たちと心が繋がる。セリシアの気高い決意、エレノアの祈り、ルシアの闘志、ジークの炎……そのすべてが、俺の中へ流れ込んでくる。
「これは……!」
補助の力が変質する。俺から一方的に与えるのではない。
仲間の力を束ね、共鳴させ、全員を一つに結びつける。
「……【共鳴補助】!」
◇ ◇ ◇
セリシアの剣に炎が宿る。
エレノアの光に雷が混じる。
ルシアの槍に祈りの輝きが絡み、ジークの炎に剣の鋭さが加わる。
四人の力が重なり、爆発的に跳ね上がった。
「行けぇぇぇ!」
同時に放たれた攻撃がヴァルドを押し込み、ついに彼を後退させた。
甲冑が裂け、覆面の下から血が滲む。
「……見事だ」
ヴァルドは低く笑った。
「お前の力……確かに最強だ」
だが次の瞬間、影のように姿を消す。
残されたのは、黒い羽根のような破片だけ。
「……逃げたのか」
ルシアが槍を下ろす。
「いいえ」
エレノアが険しい顔で呟いた。
「これは退却ではありません。……次に来るときは、もっと恐ろしい戦が待っています」
俺は胸を押さえた。
――確かに俺は最強じゃない。仲間と繋がって初めて力を発揮できる。
でも、その力は確かに“戦場を変える”。
「……負けない。俺は皆と共に、必ずリオネルを止める」
夜空に誓った言葉は、炎のように胸を焦がしていた。