第5話:光と影の果てに
冷たい朝霧が後宮の石畳を湿らせる中、私はひとり、深く息を吐いた。
(もう、後戻りはできない)
昨夜の出会い――影の人物との対峙は、私の心に凛とした覚悟を刻み込んでいた。
日中、私は詩琳と共に、犯人の行動範囲を絞り込むため、宮廷内の薬草庫と調合室の細部を再度検証した。
見落としていた点は、実は数多くあった。
まず、調合室の計量器のメモに記された数字の誤差は、単なる改ざんではなく、暗号のように配置されていた。
「これが意味するのは、誰かが計量器の微細な調整で薬草の量を操作し、毒の強度を自在に変えていたということ」
詩琳が呟いた。
私はそれをもとに、過去数ヶ月分の薬草入荷記録と被害者の薬の処方箋を照合し、驚くべき事実を突き止めた。
被害者の配合は、どれも計量器の微妙な誤差と対応していたのだ。
つまり、毒は被害者ごとに微調整され、命を奪うまでの時間も巧みに操作されていた。
(これは計画的な殺人。しかも、緻密に練られた手口だわ)
だが、その犯人は薬草庫の管理者にしかできない作業を複数こなしていた。
私は薬草庫に立つ女官たちの間で聞き込みを始める。
ある者は怯え、またある者は嘘をつく。
しかし、ひとりの若い女官の視線だけは、私を見逃さなかった。
その女官、名は芙蓉。
彼女は口数少なく、物静かに見えたが、後宮の闇をよく知っていた。
「私が見たのは、白薬の袋をこっそり持ち出す者です」
私は彼女に目を細めた。
「それは誰?」
芙蓉は震える声で答えた。
「薬草庫の管理を任されている女官、蓮花です」
蓮花は後宮でも評判の美貌と聡明さを持ち、皇后に近い立場にあった。
だが、彼女がなぜ?
私は芙蓉の言葉を元に、蓮花の動きを密かに追った。
すると、彼女が夜中にこっそりと調合室を訪れ、白薬の調合器に細工をしているのを確認した。
その時、後ろから冷たい声が響いた。
「よくここまでたどり着いたわね」
振り返ると、そこには蓮花が立っていた。
彼女の瞳は冷たく輝き、微笑みは残酷だった。
「あなたの推理は鋭い。でも、私の計画は完璧よ」
蓮花は、後宮内の権力闘争の渦中にあり、地位を奪われる恐怖から殺意に走ったのだった。
彼女は毒を巧妙に調合し、被害者ごとに異なる強度で注入。
調合記録の暗号も自作自演のカムフラージュだった。
「誰も私を止められない。あなたも同じ運命よ」
だが、私は冷静に言い返した。
「あなたは自分の首を絞めている。解毒剤の試作品は、あなたの体にも効果がある」
「それは……」
蓮花の表情が変わった瞬間、私は彼女の袖口に隠された小瓶を見つけた。
「これが最後の証拠よ」
蓮花は抵抗したが、やがて力尽きた。
私は彼女を後宮の衛士に引き渡し、事件の全貌を皇后に報告した。
事件が終わり、静けさが戻った後宮で、私はふと思った。
(毒は消えたけれど、権力の毒は消えないわね)
だが、私にはもう迷いはなかった。
薬と知識を武器に、真実を追い続ける覚悟。
それが、私の使命だと――。
書き溜めた話の掲載が終わったので、一度完結済みにします。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。