第4話:罠の糸口
薄明かりの宮廷の廊下を、私はゆっくりと歩いた。
冷たい空気が頬を撫でる。月はまだ高く、後宮の静寂を照らしていた。
(今夜が勝負だわ)
私が仕掛けた罠は、静かに、だが確実に動き始めていた。
数日前、宮廷の薬草調合室に置いた特殊な白薬の壺。
その中には、わずかに違う調合の薬が混入されていた。
狙いは明確だった。
犯人がその薬を使用しようとすれば、必ず私の罠にかかる。
私が準備したのは、微量の薬草成分を変えた解毒剤の試作品。
本物の解毒剤と似せてあるが、摂取するとわずかに異変を起こす。
それを犯人が使えば、確かな痕跡を残すはず。
「凌澄華様、夜分に何をしているのです?」
背後から声がした。
振り返ると、月影のように白い顔の女性薬師、詩琳が立っていた。
「あなたもこの件に関心があるのね」
「ええ、あなたの観察はいつも鋭いから」
二人の間に、静かな協力関係が芽生えた。
深夜、私は調合室の陰で息を潜める。
何度も音が近づき、遠ざかる足音。
やがて、鍵のかかった扉がゆっくりと開いた。
暗い影が忍び込む。
私は息を殺す。
犯人はゆっくりと白薬の壺に手を伸ばした。
その指先には、最近私が注目した痣があった。
影は壺を手に取り、そっと蓋を開けた。
そして、用意していた解毒剤の試作品を静かに混ぜ始めた。
「やったわ……」
私は心の中でつぶやいた。
犯人が罠にかかった。
だが、事件は思わぬ展開を迎える。
その後、調合室から毒物が盗まれる。
犯人は私の罠を察知し、行動を変えたのだ。
「まだ油断はできない」
私はさらに調査を進める決意を固めた。
翌日、詩琳と共に荷物の搬入記録を詳しく調べた。
そこにある異変を見つける。
犯人は、荷物の入れ替えを調合室の外でも行っていた。
つまり、調合室以外にも隠れた秘密の場所がある。
その場所の手がかりを探しに、私は後宮の廃棄物置き場へ向かった。
誰も寄り付かぬ薄暗い場所に、私は一筋の細い糸を見つける。
それは微かに薬草の香りを帯びていた。
(これは……犯人の痕跡かもしれない)
私は廃棄物の中から、小さな紙片を見つけた。
それは、調合時に使われる特別な計量器のメモだった。
そこに書かれた数字は、入荷記録の数字と微妙に食い違っている。
つまり、記録は意図的に改ざんされていたのだ。
「これが真実への糸口」
私は詩琳に報告した。
「これで犯人の行動範囲が特定できるわ」
二人の目は、固い決意で輝いていた。
夜、再び調合室に忍び込んだ私たちは、今度は侵入者を待ち伏せる。
冷たい空気の中で、足音が近づく。
「来た……」
闇の中から、背の高い影が現れた。
彼の手には、再び白薬の壺があった。
私は静かに問いかけた。
「あなたが、この宮廷を毒で満たす者ね?」
影は一瞬怯えたが、すぐに冷笑を浮かべる。
「あなたごときに、この私を止められると思うか?」
その声は、低く、冷たく、威圧的だった。
私の心は凍りついたが、揺らぐことはなかった。
「証拠は積み重なっている。逃げ場はないわ」
影はそのまま闇に消えた。
だが、私は知っていた。
この闘いは、まだ終わっていない。